第41話『桜の予選開始/桜パパの応援』
9月上旬。
全日本高校女子サッカー選手権大会がついに始まったよ。
まずは茨城県代表決定戦から。大会の説明や予選トーナメントくじ引きが行われた。
桜ヶ丘は実績も何もないので予選からの出場になるよ。
参加チームは全部で4つ。
抽選の結果、最初に対戦するのは土浦4高となったの。この高校は初めて練習試合したところだね。
9月中旬になり、いよいよ試合が始まる。会場は茨城県北部にある笠間運動公園。桜ヶ丘学園からは高速道路を利用して、1時間ちょっとぐらいかかるかな。結構大きなスタジアムで2万2千人ぐらい収容出来るみたい。
陸上競技場としても使えるし、昔はJリーグの試合もしたことがあるらしいよ。
「でけぇー。」
天龍ちゃんは遠くを見渡しながら広々としたグラウンドに立つ。
「何だか緊張しますね。」
福ちゃんは雰囲気にのまれちゃってる。
「まぁ、ここから私達の伝説が始まると思えば、丁度いいだろ。」
部長はいつも通りで安心したよ。
「そうだよ。雰囲気に負けないようにね。これからどんどん大きなスタジアムで試合することになるし、観客の人も増えていくからね。」
そう言いながらスタンドを見ると、皆の家族がきているのが分かった。私のお父さんも来ているよ。
いつものように小さく手を振ると、右手を軽く上げて答えてくれた。
その後父兄の方々は何やら話しをしているようだった。
いったい何を話しているのだろう?
――――――――――
スタンドには全員の親御さんがきているようだ。
俺は愛娘が小さく手を振るのを見つけ、軽く右手を上げて答えた。
あいつはグラウンドに立つといつも楽しそうにしている。その笑顔は幼稚園のお遊戯会の時から変わらない純粋な笑顔だ。
さて、その純粋な笑顔を守る為、私も娘の為に一仕事するとしよう。その為にわざわざ一番前に座っている。
立ち上がると振り返り、少し声を張り上げた。
「あのー、桜ヶ丘学園の父兄の皆さん。」
十数人の視線が集まった。
「私は岬 桜の父です。いつも娘がお世話になっております。」
そして深めに一礼する。
「何言ってんだい。桜ちゃんのお陰で、チームらしくなってきたじゃない。」
天谷さんとこのお袋さんからだ。相変わらずぶっちゃけた雰囲気の人だな。
「いえいえ、とんでもない。うちのサッカー馬鹿に振り回されて、皆さん大変だったこともあったかと思います。」
「そんな事無いわよ。うちの美稲なんか毎日サッカーの話しを楽しそうにしているわ。バレーボールを辞めた時はどうなるかと思ったけど…。」
あの人がGKの子の市原さんちのお袋さんか。厳しそうな人だが、今日の試合を楽しみにしている感じだ。
「今回の大会の前に、一つ言っておきたいことがあります。」
俺は全員に聞こえるように、声を張り上げた
「ほほぉ。出来たばかりのチームだから、初戦で敗退しても気にするなってことかな?だったら妹の香里奈にも出番が欲しいところだな。」
どうやら彼は戸塚部長さんと、その妹さんの親父さんのようだ。部長さんと違って知的な感じの人だ。たぶんお袋さんの方は部長さんのような人なのだろう…。
「いえ、その逆です。」
「はぁ~。おいおい岬さんよぉ。うちの三姉妹からは、そのー、確か100連敗以上してるって聞いてるぞ?」
三姉妹…。渡辺さんとこの親父さんだ。確か工務店の社長さんだったな。いかにもガテン系で職人さんって感じの人だ。
「そうですよ。今日は唯一の晴れ舞台だし、だからこうして仕事休んで見にきたのですから。陸上部の時はしょっちゅう大会あったのにねぇ。」
あぁ、元陸上部の神埼さんちのお袋さんだな。優しい雰囲気の人だが、プライドが高そうな感じがした。
「今日は、絶対に勝ちます。断言します。だけど、とても歯がゆい内容になると思います。」
俺はそう説明した。
桜からは毎晩部活の話しを聞いていている。娘が何をやろうとしているのか分かっている。ただ、大人には少し理解しづらいというか、納得のいかない部分がある。これは桜にはわかるまい。だから俺が説明しておくことにした。こういうのは苦手なんだがな…。
「うちの子も二年生なのにレギュラーで、しかも絶対に勝つからっていうけど、今までどれだけ負けてきたのって聞いても笑うばかりで教えてくれないのよ。」
2年生とうことは福田さんちのお袋さんだ。気の弱そうな感じで、しかも心配性な印象を受けた。
「うちのいおりんも同じで、教えてくれないのですよ。岬さんちは教えてもらったのですか?」
娘をアダ名で呼ぶのか伊藤さんちは…。親父さんは娘を激愛する真面目なサラリーマンっていった雰囲気だった。
「まぁ、うちの子はマネージャーだから出番はないけどねぇ。だけど娘が毎日部活の話しをするから見に来たのよ。」
つまり三杉さんちのお袋さんだ。半信半疑というか、勝敗には拘ってないらしい。話し好きな感じがする。あまり長引かせない方がいいだろう。
「桜ヶ丘女子サッカー部の最終目標は、冗談や夢とかではなく、この選手権大会での全国優勝です。」
「いやぁ、それは耳にタコが出来るぐらい毎日聞いてるよ。」
「あー、無理無理。確かに娘共はいつも言ってるけどな。世の中そんなに甘くねぇ。」
「そりゃぁ優勝なんてしたら凄いことですけど…、ねぇ…。」
思った通りの反応だった。
まぁ、信じろって方が無理な状況だしな。
恐らく実際に戦う選手達もこんな反応だっただろう。我が娘ながら、よくもまぁ、この状態からまとめあげたもんだ。
「もちろんいきなり信じろとは言いません。でも、そこは理解してやってください。そして、今日の試合、先ほど歯がゆい内容になると言いました。それは彼女らが本当の実力を隠して闘うからです。」
「おいおい、100連敗以上しておいて、そりゃーねーだろ。だったら最初から本気でやれってもんだっぺよ。」
渡辺さんちの親父さんは職人さんらしく、まどろっこしいやり方は好きじゃないようだ。
他の人達も疑問に思っている。まぁ、そう思うわな。
子供達も親への説明が面倒というか、納得してもらうまでが大変だろう。
だからこそ、俺が今のうちに説得しておく。
「先ほど言ったように、優勝が目標だからです。ただし、彼女達には時間がありませんでした。何か策を練る必要があると考えたようなのです。」
「だから本性を隠して戦うということですか…。やろうとしていることは分からなくもないけど、正々堂々とやって負けた方がいいと思います。」
伊藤さんちの親父さんの意見だ。頷く父兄も少なくない。
「彼女達は、この選手権以外の公式戦は全てキャンセルしました。それは弱いからではありません。今回の冬の選手権に全てを賭けているんです。この大会での優勝に向けて、2月から動き出していたのです。練習試合で負けることも、やる前から言っていました。今は勝てなくていいと。それよりも試合慣れし、苦手な部分を試合を通じて克服し、長所は練習で伸ばし、その成果は格上の大学生相手に試してきたんです。」
「えっ…、だって、そんな前からこの大会に向けて頑張っていたと言うのです?」
「だからつぐは大と試合したのですか…」
俺はゆっくりとうなずいた。
「全国大会で2年連続で優勝しているチームは、うちの娘が以前に通っていた学校のチームです。そのやり方はプロ顔負けでした。強豪校の偵察はもちろん、ビデオ撮影による分析、弱点を見つけ出してそこを突く戦術と、それを完璧に実行出来る実力が選手たちにはあります。」
「あら、やだ…。」
「だからこそ優勝出来るんだっぺよ。」
「この大会に出る選手達の中には、将来大学チームやプロに入って、ゆくゆくはなでしこジャパンを目指している子も沢山いるのです。部活と言えども、真剣なのです。私達の娘は、そんな人達と戦わなくてはならないのです。2年ものブランクがある状態から優勝を目指す…。それは傍から見れば冗談にしか聞こえないでしょう。理想が高すぎる、現実を見ろと言いたくなる気持ちも分かります。でも彼女達は真剣に考えて、大きな夢に向かって実戦してきたのです。私達も、その想いを信じて、手伝ってやりたいじゃないですか。」
俺の言葉に誰もが顔を見合わせ考えているようだった。
「実は俺んとこの三姉妹は、元々大人しくて口答えなんかしねー奴らなんだが、優勝なんて言ってやがったから、馬鹿野郎、日本一なんてのは3年間真剣にやったやつらがなるもんだって言ったら、滅茶苦茶怒ってきやがってよ…。1年間しかチャンスがなかったからって、勝つことを諦めたくないって言ってきやがって…。そっかぁ。本気だったんだなぁ。俺ぁ、もう少し信じてやれば良かったなぁ。」
「渡辺さん。まだ間に合います。試合は今からですから。確かに優勝出来るかどうかはわかりません。だけど、彼女達を信じてあげましょう。私達が信じてやらなくて、誰が信じてやるのでしょうか?むしろ私達しか信じてあげられないじゃないですか!」
「そーね。確かにそうね。」
「応援するぐらいしか出来ないしね。」
「さすが桜パパ。いいこと言うじゃん。」
反応は悪くなかった。後は徐々に慣れていくだろう。
「そういう訳で、今日はいまいちな試合かも知れませんが、精一杯応援して、勝って帰ってきたら思いっきり褒めてやってください。やっぱり親に褒められれば嬉しいし励みになると思うのです。」
「あらあら…。忙しくなるわねぇ。」
「もちろん勝ってほしいわよね。」
どうやら趣旨を分かってもらえたようだ。やれやれ。娘のためとはいえ大変だったぞ…。
「あっ、一つ言い忘れました。」
全員が再び注目した。
「全国大会は正月開けの3日から始まります。年末年始は実家に帰ったり旅行の予定は入れないでくださいね。」
俺の言葉に誰もがびっくりし、そして笑い出した。
これが冗談にならないことを、後は娘を信じるだけだ。
大会らしく、出場する4高が1列に並び何やら大会委員らしき人からの話しを聞いていた。桜ヶ丘学園だけ列が極端に短いな。
いよいよ始まる。
桜達の一世一代の挑戦が。
俺はいつも通り遠いところから見守ることになる。何も助言することはない。
百舌鳥高からの転校も、何も言わずに俺が決めた。
あんなに辛そうにサッカーをやっている娘を見るに耐えなかったからだ。
だけど今は違う。
毎日目を輝かせて帰ってくる。
そんな顔を見ることを、きっとあいつも願っている。
一番高いところから見ているあいつも…。
香澄…。俺達の子は、今、大きく羽ばたこうとしている。
もしも高く飛べなかったら、おまえの持っている羽を貸してやってくれ。
これからのサッカー人生を賭けた闘いに勝つ為に…。
俺も願っている。
桜がシュートを決められる日を…。
だから、桜が倒れそうな時は、香澄があの子を守ってやってくれ…。
いよいよ1回戦が始まる。
コイントスが終わり選手たちが円陣を組んでいるのが見えた。
全員の緊張が高まっていくのが分かる。
俺がやれることは全部やったつもりだ。
いや、一つ残っているが、これはおまえが百舌鳥高と戦えるようになったら伝えよう。
頑張れ桜…。
奇跡の桜、咲かせてみせろ!
桜ヶ丘女子サッカー部の…、いや、高校女子サッカー界で永遠と語り継がれる伝説が、今、始まろうとしていた。