第38話『桜の覚悟』
スクリーンには、遠望からだんだん近づいていきながら、辛うじてサッカーコートを映し出す。そしてブレながらも、ボールをなるべく追うような動きを見せていた。
「酔いそう…。」
誰かが小さい声で言った。確かに手ブレが激しいけど、隠れて撮影していたなら仕方ないかな。
映像では、撮影者がグラウンドに近づき選手たちの声も聞こえ始めた。
そして誰が誰だか判別がつくぐらいの大きさとなった。
「百舌鳥高の中央ライン上の選手に注目。」
田中さんが一言付け足した。
中央ライン上とは、真ん中にいる選手のことで、GKからCB、CMF、CFWと縦のラインを言っているよ。
ちなみに桜ヶ丘も中央ラインに配置する選手には気を付けたよ。
最近ますますセンスを増すGKのミーナちゃん、守備の要として実力を発揮しているCBの部長、ボランチとして全幅の信頼を寄せているDMFのジェニー、そして攻撃の基点となる私のCMF、FWとして縦横無尽に得点チャンスを伺う天龍ちゃん。この5人による軸がしっかりしていれば、攻撃も守備も安定すると考えたの。
もちろんこれは百舌鳥高時代の考え方を継承したもので、独自の考えとかではないかな。
それと、だからといって左右のポジションを、疎かにする必要はないよね。
桜ヶ丘はレギュラーを入れ替えたり、戦況によって選手を変えたりといったことは出来ないよ。ベンチ入り選手がマネージャーの可憐ちゃんと、1年生で部長の妹さんの香里奈ちゃんしかいないからね。
でも、とても個性的な選手が集まったと思っている。
対する百舌鳥高は、どのポジションもハイレベルで隙がないよ。当然、対戦相手に合わせて選手の入れ替えも可能。
そんな熾烈なポジション争いは、私生活にまで及ぶほど。
だけど去年、一昨年と全国大会を制した先輩方は、進学もプロも選びたい放題だったよ。
皆はソレを羨ましかったみたいだし、当然のようにそこを目指した。
今思えば、私だけが何だか違う空間でプレーしていたみたい。
そして今回、改めて百舌鳥高のプレーを見た。
久しぶりに味わう、身を削られるようなプレー。吐き気がするほどの緊張感。
どんな些細な動きも全力で取り組み、完璧にこなしていくその姿は圧倒的であり圧巻。むしろ恐怖すら感じるかもしれない。
「なんだこれ…。」
天龍ちゃんはポカーンとしながら、百舌鳥高のプレーを見ている。
画面には唯一知らない選手、私の背番号だった11番を付けた選手を映しだした。
これは…。
サッカーには見えないほどトリッキーな動き。
どちらかというと7人制ラグビーみたいな感じ。ドリブルもパスも変幻自在。もちろんシュートも。
例えばダイビングヘッドでシュートをしようと飛び込んだのだけど、ヘディングしないでボールの軌道をくぐり抜けて、背中側に曲げた足の踵でシュートを決めていたよ。
このシュート自体どこかで見たことがある。もちろんプロの試合で…。
キーパーの動きを見ながら、あんなのを簡単に決められる柔軟さ、対応力は、いままでの百舌鳥高にない自由気ままなプレーだけども、基本的な技術自体はしっかり備わっているみたい。
そして翼ちゃん含め、他の選手は相変わらずの巧さだった。
プレーの一つ一つに意味があって失敗もしない。百舌鳥高でのワンミスは、すなわちレギュラーから外されるぐらいの意味があるの。
彼女達はそんなとんでもないプレッシャーの中で闘っている。
そして15分ほどで映像が切れると、カーテンが自動で開き照明が点灯した。スクリーンも自動で天井の中へ巻き上がっていく。
「以上だ。13時より練習再開とする。解散。」
つぐは大選手達は感想を言いながら引き上げていった。
「おい…、アレを倒すのが最終目標だよな?」
天龍ちゃんが真剣な表情で聞いてきた。
「もちろん。」
私は笑顔で答えた。もしかして、事の重大さに気づいたとかかな…。気後れしちゃうと勝てる試合も勝てなくなっちゃうよ…。
「ますます気合が入ってきたぜ。」
ほっ…。良かった。
「俺はあのGKがすげー気に入ったわ。あいつからハットトリック決めてやる。そのぐれーの気持ちで挑んでやるぜ。」
「GKは若森さんね。彼女は公式戦無失点継続中だよ。U-17でも最少失点で最優秀GKに選ばれているの。」
「そんなの関係ねー。俺があいつを上回ればいいだけだ。」
さすが天龍ちゃん。そうでなくっちゃ!
「うん!」
「しかし、11番も凄かったな。何だアレ?サッカーか?」
部長はちょっとうんざりしている様子。それもそうね。あんなトリッキーな動きじゃ守る方は大変だよね。
「私も緊張しちゃいました。あんなシュート、本当に止められるのでしょうか?」
ミーナちゃんまで…。
「大丈夫!そろそろ部長もミーナちゃんは自信を持ってもいいよ。つぐは大チームの攻撃だってシュートだって、高確率で止めているんだから。」
「そうなんでしょうか…?」
「うん、大丈夫!私はね、百舌鳥高を倒せれば優勝も目指せると思うの。そして、得点王と最少失点記録と両方共欲しいの。」
「あらら。珍しく欲張りね。」
可憐ちゃんの感想だよ。確かに私にしては欲張りかもね。でも…。
「私達のチームが全てにおいて百舌鳥高の上だと証明したいの。もちろん夢や希望じゃなくて。実力としてね。」
「あんなチームの上?」
「本気なの?」
藍ちゃんもいおりんも、流石にそれは無理があるといった感じ。まぁ、あの映像を見せられた後じゃ無理はないよね。
「もちろん。百舌鳥高になくて、私達が持っているものがあるよ。」
「そんなのあるんですか?」
福ちゃんも疑っている。
「それは、皆との『絆』。たったコレだけなのだけど、もっとも百舌鳥高を倒せる可能性のある力だよ。」
「そんなわけ無いだろ…。」
「だって、絆を深めた延長線上に『桜吹雪』があるんだよ。」
私の言葉に誰もが思い出した。
午前中で見せた速攻は、成功させたこと自体が信じられない程のものだった。
「そんなもんでしょうか?」
「皆は、さっきの映像を見て気後れしちゃっているけど、私達だって十分実力はついてきたよ。それにね、百舌鳥高は選手同士の交流なんて全然ないの。チームメイトもポジション争いをする敵みたいな感じ。だって私、翼ちゃんの誕生日や血液型も知らないよ?」
「えぇー!?」
「マジか…。」
「だから、誰もが自分のためだけにプレーしているの。他の人を蹴落としてまでもね。だけど私達は違う。選手層が薄いからとか、そんなの関係ないよ。絆の深さによって、自分だけじゃなくて仲間の為にもって思ってプレーしている。チームの為にって思いは、絶対に最後の最後に強さが発揮されると思っている。だから大丈夫!勝つチャンスは絶対にあるよ!」
「俺は何だかんだ言ってゴールを決めることしか考えてねぇ。そうすれば勝つと信じている。部長らがしっかり守ってくれてるからな。」
そう天龍ちゃんが言うと他の選手も思い出した。
技術や戦術だけがサッカーじゃない。絆から生まれた『桜吹雪』はそれを証明し、桜ヶ丘の強さを知らしめてくれるはずだと。
「まぁ、やるしかないわね。」
「そうですね。」
皆は完全にではないけど、何となくは納得してくれたみたい。
技術では負けても、チーム力では絶対に上だと断言出来る。だから…。
「私は皆と見たいの。」
「何を見たいの?」
「『奇跡の桜』が咲くところを。」
全員、直ぐに何のことか理解した。
半信半疑なところはあるけど、無茶な事に挑戦していることはわかっている。
小細工もいっぱい使うことも知っている。
私がシュートを打てれば、もっと勝ちに近づけるのも知ってる。
そんな事は全員知ってる。
だけど誰も、そんな愚痴を言わないの。
信じられる?
だから私も皆に愚痴も不安なことも絶対に口にしないことに決めている。
それは結果がどうであれ一生言わないつもり。
そしてどんな結果でも、最後にこう言いたい。
『ありがとう』って。
真夏の合宿は、蝉の鳴き声と共に終わりを告げた。