第36話『桜の閃き』
合宿最終日前夜。
毎晩夜這いされたり、お風呂でやたら洗おうとされたり、サッカー以外では散々だったよ…。
でも、まぁ、楽しかったから許しちゃう…。うーん。甘やかし過ぎ?
トイレから戻ってくる途中、部屋から香里奈ちゃんが出てくると直ぐに声をかけられたよ。
「桜せんぱーい!トランプしましょー!」
「うん!」
呼ばれて部屋に行くと、全員集まっていた。
「ババ抜きやるみたいですよ。」
福ちゃんの隣に座る。反対側は藍ちゃんだ。2人の間なら変なちょっかいとかなさそうで安心だね。
「例えトランプだって、俺は勝ちにこだわるぜ。」
天龍ちゃんはやる気満々だ。
「私だって負けないわよ。だいたい、ババ抜きなんてババ持っているのが顔に出るかどうかでしょ?天龍大丈夫なの?」
「俺様のポーカーフェイスに期待しておけ!」
とは言ったものの、配った途端モロに顔に出ているよ…。皆に指摘されていたけど、ババは天龍ちゃんのところにあった。
彼女からカードを取るのがいおりんということもあって、全然勝負にならないの。そうこうしているうちに、全員の手持ちがどんどん減っていく。天龍ちゃんは何かを閃いたかのように、カードを自分も見れないようにしてシャッフルしていおりんにカードを引かせた。まぁ、これならポーカーフェイスも何もないよね。
いおりんはカードを見たけど、ババかどうかは分からない。さすがいおりんね。
ゲームが進んでいき、私が福ちゃんからカードを引くとババだった。
あらら。上手くごまかせたかな?となりの藍ちゃんは、多分気づいてないかな?
ババは手持ちに残ったまま、一人抜けて、二人抜けて、あっという間に私と藍ちゃんだけになっちゃった。
「桜ちゃん、勝負よ!」
私はババを含めて二枚、藍ちゃんは一枚。つまり正解を引けば藍ちゃんの勝ちで、ババを引けば私にも勝つ可能性が回ってくるよ。
私は藍ちゃんの目をジッと見つめた。
「桜ちゃん真剣過ぎ!」
そう言って藍ちゃんが引いたカードはババだった。ふぅ~。取り敢えずこのターンでの負けはないよ。
藍ちゃんはたった二枚しかないカードを念入りに混ぜて、サッと目の前に出した。ずっと彼女の顔を見ていた私は、迷うこと無く右のカードを引いた。
「あちゃ~。負けちゃった…。」
見事当たりカードを引けたよ。
「桜迷わなかったネー。」
「うん。こういう時は瞬間的に判断しちゃう。」
「サッカーと同じネ~。」
「そうかな…?」
言われてみればプレーで迷うこともないかな。
「そうかも。」
「勝負強いはずだ…。」
藍ちゃんはがっくりと肩を落とした。
「だったらよ、全員がそんなプレーしたら最強じゃね?」
「天龍よ…。それが出来るなら誰も苦労しないだろ…。」
天龍ちゃんの意見に部長が突っ込んだ。確かにそうだよね。でも…。
「試しにやってみない?」
「はぁ~?」
「えぇ…?」
「そんなの無理ですよー。」
否定的な意見で埋め尽くされたよ…。
「だいたい、どうやるのさ?」
いおりんの意見はもっともだよね。
「例えばツータッチ以下で、パスを前線へ送っていくとか…かな?」
「いやいや、結構ハードル高いぞ?」
部長は、それは難しいと首を振った。
「ツータッチでパスを出すとなると、最初に誰が出すかにもよりますけど、その時にはポジショニングが終わってないといけませんよね?」
福ちゃんの意見だ。
「走りこんだり、スルーパスの要領でもいいと思うよ。」
「それを何人でやるかってのもありますけど、増えれば増えるほど大変ですよ…。」
「うーん、無理かかなぁ。」
やっぱ無理かな。無茶振りだったかも。
「私はやってみる価値はあると思います。」
意外な人から賛成の意見が出た。キーパーのミーナちゃんだ。
「いやいや、おめーはGKだろ?だからそんな事言えるんだ。」
天龍ちゃんが否定するけど、ミーナちゃんは珍しく前のめりになってきた。
「後ろから見ているからわかるのです。何だかそういうパスのリレーが出来るんじゃないかって。バレーでもサイン外の咄嗟のプレーがピタッと決まる時もあります。それはやっぱり練習によってって事も大きいでしょうけど、やはり信頼関係ってのも大きいと思うのです。」
「だからってよぉ…。」
「まずは明日、やってみましょうよ!私達のチームは、とても絆の深いチームだと思うのです。」
皆は顔を見渡しながら、疑心暗鬼だった。無理はないよね。
「頭で考えるよりも、その時にピンッと来たらやればいいと思うよ。それに途中で止めてもいいと思うし、その辺は臨機応変でね。」
「まぁ、桜がそこまで言うなら試してみるか。」
「いきなり実戦だが、習うより慣れろだな。」
「決まれば凄いですね。格好良いです。」
「私達なら出来る…。」
「いえ、私達だからこそ出来る…。」
「そんな気がする…。」
天龍ちゃんも部長も福ちゃんも渡辺三姉妹も、何だかやる気になってくれたみたい。
ふふふ、明日が楽しみだよ。
そして合宿最終日。
午前中は最後の練習試合で、午後は個人練習しながら15時には帰り支度が始まる予定になっているよ。
「んじゃ、試合いくよー。」
田中さんが試合が始まることを告げる。
お互い円陣を組む。
「今日は合宿の集大成になります。だけど、いつも通りにいきましょう。そして、昨日言ったツータッチパスやってみましょう。今、桜ヶ丘に何かが産まれようとしているかもしれないよ。」
「よし!」
「やるぞ!」
「舞い散れ桜ヶ丘!!!」
「ファイッ!オオオォォォォォ!!!」
選手が散らばっていく。
ほどよい緊張感が漂うピッチ上。
真夏の暑さも重なって、いつもより余計に汗が滴り落ちる気がする。
ピッーーーーーーーー
試合開始の笛がピッチに響く。
つぐは大からボールが出され、徐々に試合が動き出す。
二日目の試合から見ると、ちぐはぐさがかなり改善されているのが体感出来る。
例えばジェニーからのパスも、ここにボールが来るって直感出来る時もあるよ。
他の仲間も、私が出した突拍子もないパスにも反応出来ることもあるしね。
ずっとモヤモヤしているけど、何かが出来そうなそんな予感というか感触はあるけど、それが何か掴めないでずっときたの。
きっと皆似たような感じだと思う。
だからリズムがいまいち合わなかったりして、初日以外はずっと負けているよ。
それでも、今まで築いてきた連携や得意なプレーは、キラリと光るものがあるかな。
左サイドの藍ちゃんのドリブル突破を何回か仕掛けておいて、不意に逆サイドのいおりんから攻める。まったく攻撃パターンが違うから、つぐは大が対応しきる前にキラーパスでチャンスが生まれてたりする。
守備陣のオーバーラップも効果的だね。
右サイドは、リクちゃんからいおりんと連携しつつ崩してみたり、最近は左サイドのウミちゃんも攻撃参加しているよ。
もちろん中央のジェニーもね。彼女が上がれば、私がゴール前に行ける。そうなると敵もマーク対象が増えて、他の攻撃陣の負担が減ったりするよね。
ギリギリの先を目指したパスは、より連携が求められるし体力も吸い取られちゃう。
色んなことを試しながらも、少しずつものにしてきているんじゃないかな。そう思う時もある。
守備に関してはかなり安定してきたと思うよ。
なにせオフサイドトラップが高品質でいけるのが強みだね。ミーナちゃんもキーパーとしてハイレベルな感じになってきたよ。元々バレー部だったのだけれど、ボールに飛びつく、食らいつくってのが性に合っているのかも。バネもあるし反応も早いしセンスもあるよ。
ディフェンスに関しては私はもちろん、両サイドMFの2人も上達していて、守備陣に相手攻撃が届く前にチェックに入って楽に仕事をさせないようにしている。
もちろんフォワードの2人も敵の深いところでしつこく守備をするから、そこから崩しつつ簡単に攻撃されないようにしているの。
それに、つぐは大の高度なカウンターを何度も受けたことにより、ロングボールへの守備対策も上達しちゃった。これは本当に運が良かったかも。
まぁ、普通に攻撃してきても十分強い相手ではあるのだけどね。
サッカーは守備より攻撃が難しいと言われていて、ゴールが量産されるようなケースは実力差がある時ぐらいじゃないかな。
なので更に固い守備が敷ければ、それはもう一つのチームカラーになるよ。
ただ攻撃の方は、より多彩になってきていて、各メンバーの対応が難しくなってきているのも事実。
そう言った意味でも、試合を多数こなしたのは良かったのかも。短い期間で圧倒的な経験値を得たと思う。
守備が安定していることによって、攻撃をしかけるチャンスも増えてきたよ。
だからこそ、格上のつぐは大と一進一退でやりあえている。
つぐは大も守備力の高いチームだから、こちらの攻撃は何度も跳ね返されている。高さもフィジカルも強い守備陣を崩すのは本当に難しい。
隙や油断、後はトリッキーなプレーでなんとか得点を重ねてきてはいるけど、何度も対戦するうちに、向こうもこちらのパターンや選手の癖、得意、不得意なんかを覚えてきて増々やり辛い状況。
結局見どころもないまま前半は0-0の同点で終えた。
最後、かなりの猛攻をしかけられたけど防げたのは大きいと思う。私も守備陣に混じったぐらい凄い攻撃だった。
結局、昨日の夜に話したツータッチパスは試せるチャンスがなかったけども、後半に期待したいところ。
調子自体は凄くいいの。
ミーティングで試合を振り返りながら、積極的に仕掛けてみようと提案してみた。
もう後半しか試せる機会がないからね。
「当たって砕けろだ。」
天龍ちゃんはそんなことを言いながらも、自分がラストを飾ると自覚している。
桜ヶ丘のゴールは、あなたのセンスにかなり頼っているのも事実だからね。
「任せたよ!天龍ちゃん!」
「おう!」
桜ヶ丘女子サッカー部を爽やかな風が吹き抜けた。
何かが始まる、そんな予感はどんどん近づいてきていた。