第33話『天龍の覚悟/いおりんの覚悟』
「実は私も師匠より聞いたぞ。」
深夜。
桜ヶ丘高校用にと8人部屋を二つ借りている。桜が寝た事を確認すると、俺はチームメイト全員を起こして、桜の居ない方の部屋に集めた。
そして、昼間に海で遊んでいる時に、田中さんから聞いた桜の決意を全員に伝える。
百舌鳥高に破れたらサッカーを辞めるという決意を…。
部長も聞いていたようだが、他の奴らは聞いていないようだ。
「桜先輩が…。そんな決意を…。」
フクが驚いている。顔が真っ青だぜ。
他の面々もフクと同じように驚くと共に、プレッシャーを感じているだろう。かくいう俺も気が気ではない。
こうなる事は分かっていたが、敢えて全員に伝えた。
もしも百舌鳥高戦に敗れたり、そもそも戦えずに負けた場合、桜が突然引退を決意した事がわかれば全員に悔いが残ると思ったからだ。
その事を伝えると全員が俺の意見に賛同してくれた。
「もちろん聞いておいた方がいいよ。後から知ったら、私だってサッカーをまともに見られなくなるよ。」
いおりんの意見だ。大袈裟に聞こえるかもしれねーが、俺達からすれば当たり前の感情かもしれない。
桜のサッカー好きは普通の好きじゃねぇ。それは誰もが実感していることだ。それを辞めるだなんて…。
「私…、今までの練習で良かったのか、急に不安になってきました…。」
ミーナがビビってやがる。気持ちは分かるが、今はそんな時じゃねーよな。
「まて。過去の事は悔やんでも仕方ねぇ。俺達に残された時間は少ない。それをどう有効活用するかを考えようぜ。」
「天龍の意見はGoodネー。ネガティブよりポジティブに考えましょ。」
「だけど、そんな簡単に割り切れるもんでもねーよな。」
ジェニーが賛同してくれたが、部長が言うように、確かにどうすれば良いかは難しいところだ。
誰もが黙っちまった…。
重い空気が流れる。
「でもよ、俺らやることやるしかねーじゃん。特別に背伸びしたってよ、急に上手くなる訳じゃねーしな。」
「そうよ。」
ん?誰だ?
「師匠!」
部長がうっかり大きな声で叫んでしまって、皆で口を押さえる。
「部長、静かに…。」
「田中さん、なんで…。」
「何だかコソコソ作戦練ってるのかと思って覗いてみたら、どうやら桜ちゃんの事みたいじゃん?」
「あぁ、そうだ。」
俺は隠す必要はないと思った。
「で、彼女の為になにか出来ないか…。そんなの、腹をくくってやるしかないのよ~。でもね、やり方によっては差が出ると思うわよ。」
「た…、例えばどんなことでしょうか?」
フクは桜の事を尊敬している節がある。そんな桜の為に何かしてやりたいという思いは強い。
「一歩先でボールを受け取る、一瞬早く走り出す、一秒先を読む。どんなプレーでも、今までよりも一つ先をいくプレー。これが皆の実力をどんどん上げていくわ。」
なるほど…。でもそれってさ…。
「難しくね?」
俺は素直に聞いてみた。
「話しを聞くよりかなり大変よ。今までギリギリ届いていた距離よりも、更に先を望み、繋ぎ、勝ちへ導く。ギリギリの更に先ってことね。」
「でもよ、やるしかねーだろ!俺はやるぜ!」
俺が真っ先に立ち上がった。
「そうだ、桜のために、そしてそれは全員の為になる!」
部長も立ち上がる。
「先輩方、やりましょう!」
フクも立ち上がった。
「そうね、後輩の為にもなるよね。」
いおりんも立ち上がる。そして全員が次々に立ち上がった。
「やろう!ギリギリの先を目指して!」
「オォォォォォォォォォ!!!」
全員の想いが一つになった。今までの俺では無縁の空気を確かに感じられた。
そんな時だ。
ガラガラッ…。
誰かが入ってきた。桜だ!まずい!聞かれたか?
「ふぇぇぇん…。誰もいないよぉ…。」
「Oh…。Great Cute…。」
目を擦りながら半べそかいてやがった…。今まさに桜の為にチームが一丸となった時なのに…、お、おまえってやつは…。
「パンダのパジャマ可愛い~。」
田中さんが、まったく関係ないところに突っ込んだ。
「ぶっ…」
「オーマイガッ!」
それを見た部長とジェニーが悶絶中…。
「はっ!桜先輩が危ない!」
フクが飛び出して桜の前に立った。
「ここから先は通しません!」
襲いかかろうとしていた輩に立ちふさがった。まるで牛若丸を守る弁慶だぜ…。
ぼふっ!
そこへ突如枕が飛んできた。
「隙あり!」
田中さんだ。それにつられてフクも投げ返す。
「大先輩と言えども負けません!桜先輩は僕が守り…。ぬぉ!?」
更に枕が飛ぶ。
「ハハハッ、ざまぁねぇな!」
そうこうしていると、あちらこちらから枕が飛び交い、ついには枕投げが始まっちまった。
あの渡辺三姉妹まで参加してやがる。こりゃぁ、いいわ。
おっと、夜もおせーしな。そろそろお開きだ。
「はいはい、お前らそこまでに…。」
ボフッ
「誰だ…、俺様に枕投げてきた度胸のいい奴は…?」
キレちまったぜ…。久々によ…。
静まり返る部屋。
「あんた達、そろそろ静かにしなよ。桜が起きちゃう。」
いおりんは、部屋の片隅で横になっている。布団の中には桜が小さくなって寝ていた。
「なんだ、寝ちまったのか。」
スヤスヤ寝ていた。ピッチの中では魔術師のような桜だが、こう言っちゃぁ悪いが、寝顔は小学生だ…。
「まず田中さんは自分の部屋に戻ってください!部長とジェニーは隣の部屋!フクと天龍は2人を見張っててちょうだい。あ、あと渡辺三姉妹も見張りお願い。」
「分かった…。」
「絶対にこっちに…。」
「こさせない…。」
俺も部長の首根っこを捕まえて退散することにしよう。
桜!いい夢見ろよ!
――――――――――
「急に静かになりましたね。」
「そうね。ささ、皆も寝ましょ。」
藍ちゃんの言葉に、やっと騒ぎが収まったと実感出来るね。
「いおりん先輩。桜先輩って本当にサッカー以外何も知らないような人なんですね。」
ミーナの質問にスヤスヤ眠る桜を見ながら答えた。
「そうね。どっちが幸せなんだろうね。」
「難しいですね…。」
香里奈ちゃんが神妙な顔で答えた。大好きなサッカーで活躍出来るスキルと、サッカー以外も楽しみを知っている普通の高校生。
「いおりんはどう思う?」
可憐からの質問だった。
「私は自分で選んだ方が、自分にとって幸せだと思うよ。」
「あぁ、なるほど…。」
「でもね、中には三度のご飯より好きなことに全てを捧げる人もいる。活躍出来るかどうかは別だけど、そういった人にとっては、さっきの質問は通用しないかもね。」
「そうですねぇ。」
「さ、本当に寝よ。明日からは今までより激しい練習になるからね。」
「はーい。」
自分も布団に入りながらミーナの質問が頭から離れなかった。
桜を見ていると思う。サッカー以外は不器用な事の方が多い桜。でも彼女は何事にも全力で自分が許せないことには全力で立ち向かって、でも笑顔は耐えないしいつも大丈夫って仲間を励ます。
普通じゃできないよ。
芯の強い桜だからこそ出来る芸当かな。
そこに私は惹かれるけど、真似しようとは思わなかった。だって、大変過ぎるよ…。
私も寝よう。
私の腕の中で眠る桜を見ながら。
彼女の為だけじゃない、自分の可能性も信じて、明日からはいつもよりも激しい練習にしよう。
私は見てみたいと思った。
桜が泣きながら喜ぶ顔を。
体験してみたいと思った。
勝利を分かち合う瞬間を。
成し遂げてみたいと思った。
優勝という偉大なる栄光を…。