第31話『いおりんの成長』
東北方面への遠征は順調に行われていったよ。
「ねぇ、桜~。私達が最終目標にしている選手権っていつだっけ?」
「えっと、決勝は1月3日から開始だよ。確か、10日が決勝かな。」
「もうあんまり時間ないよね。」
「そうだねー。関東予選は10月末頃だったはず。」
「えっ?そんなに早いの?」
「そうだよー。もう3ヶ月もしたら本番だね。でも、いおりんも凄く頑張ってくれているし、成果も出ているから大丈夫だよ!」
私は案外時間がないことに焦りを覚えた。まだまだ本番までにやらなければならないことは沢山あると思っている。
「予選始まれば封印解除だろ?」
「いや?予選ではよっぽどのことがない限りこのままだよ。」
「は!?」
「おいおい!マジかよ?」
「予選通過しなきゃ決勝いけないぞ?百舌鳥高と闘うことも出来ないぞ?」
「もちろんそうなんだけど、予選で皆の力を見せつける訳にはいかないよ。それに、関東大会は7位まで決勝いけるから、最悪はその中に入れば十分だよ。」
「ちょっとまて、関東って言っても、かなりの女子サッカー部あるだろ。」
「あぁ、そうだったね。ちょっと待って。」
桜はスマホで何かを確認している。
「茨城県の予選は9月末頃にあるよ。上位2チームが関東大会にいけるね。」
「それじゃぁ、後2ヶ月ありませんね…。」
福ちゃんの言葉に全員が言葉を失う。
「大丈夫!私だって勝ちたいから。それに、皆は少し自信を持った方がいいよ。」
でた。桜の口癖の「大丈夫」。
「まぁ、つぐは大と試合した時に自分達の実力っていうか、そういうのが何となく見えたけどさ、あれからどれだけ成長したかは実感ないよね。」
藍ちゃんの言葉はもっともだし、大会が近いとわかると不安にもなるよね。
「そう?まぁ、東北遠征が終わればつぐは大との合宿だから、そこで嫌でもわかると思うけど…。例えば部長。ずっと横移動の練習繰り返して弱点は克服しちゃっているし、田中さん直伝のディフェンス術はとても頼りになるくらい。ね?ジェニー。」
「そうネー。正直百舌鳥高のセンターバックと部長がゴール前に居たら簡単には突破出来ないと思うネー。」
「お世辞だとしても嬉しいな。うん。」
部長は珍しく照れていた。
「お世辞じゃないネー。高さもパワーもテクニックもある。それにFWの嫌なことを的確にやるようになってきたネー。」
「それと、渡辺三姉妹。3人は個性がとても出てきたよ。リクちゃんの俊足とドリブルも、ソラちゃんの空中戦や守備力、そしてウミちゃんのタックルとマンツーマンマークはかなり上達したよ。その代わりそれぞれ抱えていた弱点も克服しつつあって、かなりのレベルになってきたしね。
部長を含めた4人のオフサイドトラップは、もう日本トップクラスだよ。三姉妹の息の合ったタイミングが効いている。
これは大きな武器になるし、それに加えて前にはジェニーと後ろにはミーナちゃんもいる。私は守備陣が本気出したら簡単に点を取れないことを身に沁みて分かっているよ。大丈夫!」
ニシシーと笑う桜は、時々ペテン師なんじゃないかと思うぐらい、信じられないことを平気で言う。
そりゃぁ、攻撃陣から見ればうちのチームの守備陣はかなり安定してきていると思う。攻めづらいし、失敗も多いからね。
だけど、日本トップクラスとか、それはないっしょ、いくらなんでも。
「ジェニーは左足の変な癖とか苦手意識が無くなったよね。」
「これだけ集中的に左足だけ練習したことないよー。流石に慣れてきたし、上手くやれる自信も出来たネー。」
「うんうん。そしてミーナちゃんは才能が現れ出してる。茨城予選からはミーナちゃんだけは本気でやってもらうよ。」
「え?私だけ?」
「そそ。キーパーが上手いから何とか勝ち上がってこれた。これが予選突破の最高の状態かな。そうすれば決勝トーナメントで最初にうちらと当たるチームも、ミーナちゃんだけに注目して、他の人の目をそらせられるからね。」
「はぁ。そんなもんでしょうか?」
「そうだよー。出来たばかりのチームで、練習試合では歯ごたえがなくて、1年生キーパーが実力つけて運で勝てた。そう思ってくれればシメたもの。というか、百舌鳥高に当たるまで無失点でいくから。」
「は~!?」
「おいおい。今の話しだと、ディフェンス陣はいままで通り縛りプレーなんだろ?ミーナだけに負担が大きすぎないか?」
「そこは相手の実力を見ながらね。でも、ぶっちゃけ本気でやっても負けそうなチームっていた?」
皆は顔を見合わせながら考えていた。確かにそうね。何とかなりそうって実感はあったかも。
「茨城県内にはユースとかの日本代表選手もいないしね。というか私がその立場だったけど、対戦相手はそれほどでもないって思っている節があるよ。だからやり方もあるし、いろんなチームと何回も戦って戦略も練ってあるから、大丈夫。私を信じて欲しい。」
桜は真剣にお願いしていた。
「攻撃陣はどうなのさ?」
部長が質問してきた。守備がいいのは分かったけど、そうね、気になるところね。
「そうだね、藍ちゃんはドリブル封印中だけど、速度にテクニックが備わってきてかなりの突破力になったよ。今度のつぐは大戦で思いっきり試して欲しいかな。いおりんはね…。」
ドキッとした。私は自分が大きく成長しているとは思えない。何というか、冷めている部分が自分の中にあって、自分で成長を否定していることも知っている。
私は直ぐに勘違いして、怠けたりしちゃうのも知ってる。だから冷静に自分を見てきたつもりだけど、それでも成長なんて…。
「いおりんはね、凄い武器を身につけたよ。私にもなかなか出来ない完璧なキラーパス。たった一本のパスが敵陣を崩しちゃう。」
「お、大げさだよ。それに何回も成功したことないし…。」
「私はそのキラーパスを封印していないよね。もうすぐ自分のものに出来ると思っているの。これは誰もが欲しい力だと言っても大げさじゃないものだよ。それに、元々守備はいいし、後はドリブルや決定力だけど、それもかなり良くなってきた。そろそろドリブルかシュートも封印したいくらい。」
「もう、やめてよ。これ以上封印されたら身動き取れないよ…。」
「ふふふ。それはつぐは大戦次第かな~。」
桜ったら、本当に容赦ないよ…。
「ねぇ、桜ちゃん。私のドリブルは本当に通用する?」
藍ちゃんが話に割ってきた。彼女にとってはそこが自分の存在価値を示せる境界線だと思っているみたい。
「もちろん。もっともっと自信を持っていいよ。ゴールデンウィーク後からの上達ぶりは、本当に凄いんだから。きっとつぐは大チームの人達も驚くと思うよ。」
「ふ、ふーん。」
ちょっと嬉しそうだけど、自信過剰にならないように戒めているような感じがする。だよね、今、うぬぼれたら駄目だよね。
「福ちゃんは決定力もついてきたし、トリックプレーやポストプレーは、もう十分なものがあるよ。後は気持ちの問題かな。」
「気持ち…ですか?」
「そう。自分でこの場面を切り抜けるんだ、シュートまでするんだ、ゴールを決めるんだっていう強い意志みたいなものね。そこが欠けたらフォワードとしては落第点だからね。」
「分かっています…。でも、どこかで遠慮しちゃっているというか…。分かってはいるのですけど…。」
「うん、分かっていれば大丈夫。予選が始まったら遠慮だとか言ってられないからね。」
「はい!」
「天龍ちゃんはね…。」
「ん?」
「私に持ってないもの、ぜーんぶ持ってるの。」
「なんだよそれ。」
「ゴールを狙う嗅覚も、得意のボレーシュートやダイビングヘッドも、どれもこれも他校が欲しがるぐらい完璧。だけど…。」
「だけど?なんだ?」
「ずーっと我慢しなくちゃならないの。」
「ほぉ?」
「決勝まで天龍ちゃんの本気は封印したいの。」
「なに?」
「というか、天龍ちゃんが桜ヶ丘の秘密兵器。唯一無二の対百舌鳥高最終決戦武器。私を含めた残り全員で、天龍ちゃんの実力を隠したまま百舌鳥高戦まで頑張らないといけないの。それが崩れた瞬間、百舌鳥高には勝てないと思っていいよ。断言するね、これしか百舌鳥高を倒す方法は無いよ。」
「随分厳しい条件だな。おい。」
「でもね、それでも天龍ちゃんはゴールを決めてくれるよ。大丈夫。絶対に大丈夫。私が会いたかった人が、天龍ちゃんなの。そのぐらい皆も信用してあげてほしいの。だけど、欠点があるとすれば…。」
「………。」
天龍は腕組をしながら桜の言葉を待っていた。
「天龍ちゃんを活かせるのが私しかいないこと。これが欠点。」
「あぁ、それはあるかもネー。天龍の行動は私でも手に余るネー。」
「ん?どういうことだ?」
「じゃじゃ馬だからだろ。」
部長が茶々を入れたけど、私も同感だった…。
「そうじゃないよ。まぁ、表現としては間違っていないかもしれないけど、息を合わせられるのが私だけってこと。他の人ではほんの少しでも物足りなかったりするでしょ?」
「あぁ。そういうのはあるかもな。ジェニーからのパスでも、もう5センチ先が最適解って時があったりするな。」
「天龍先輩は、そんなこと分かったりするんですか?」
「まぁ、パスが出た瞬間どこに行けば良いかぐらいはわかるぞ?」
「えぇ~!?」
誰もが驚いていた。そう言えば同好会時代、桜がゴールバーに当てたボールの軌道を完全に読んでいたっけ…。
「そなると、桜から出たパス以外は、敵からすると防げる可能性が高くなることになるね。」
可憐の分析に、桜が言った「欠点」という言葉に気がついた。そうか…、そうなると欠点だね。桜が防がれたら天龍の決定力も下がってしまうってことだもんね。
「百舌鳥高のセンターバックは、プレイスタイルは部長と似ているけど、スピードが落ちるけどパワーは彼女の方が上。アメリカ戦の時だってフィジカルで負けなかったからね。」
「本当に彼女には苦しめられたネ~。」
うへ。そんな奴とゴール前で競り合うの嫌だよ…。
「それに百舌鳥高のGKはミーナちゃんとは違うタイプだけど、完成されたGKと言ってもいいかも。私と翼ちゃんで攻撃を組んでも、なかなか点を取れないよ。とにかくゲームの流れを読むセンスが凄いの。もちろんGK自体のセンスも技術力もあるけどね。ミーナちゃんが体が勝手に動くタイプのGKなら、彼女は頭で考えるタイプのGKかな。」
「ふえぇぇ。意味がわかりません。」
ミーナが泣きそうだよ。そんな人と比べられる方も可哀想だよ。
「でもアメリカチームに点を取られた。絶対に決められない相手じゃないと言うのは理解してね。」
「そうそう。いくら凄いって言っても、お互いJKってやつネー。同じ年の女の子ネー。」
ジェニーの言葉はフォローになっているかどうか怪しかったけど、まぁ、間違ってはないよね。同じ人間、化物相手に試合する訳じゃないから。
「桜は…。」
「自分が…。」
「成長出来たと思う…?」
渡辺三姉妹からの質問だった。あぁ、それは聞いてみたいかも。
「私…?うーん、成長していると思うかな。百舌鳥高の時とはサッカー観というか、そういう見方が変わってきたと思うかな。」
「まぁ、技術的には出来上がっているしな。」
部長の言葉は的を得ているよね。
というか、桜よりもサッカーに情熱をかけて、なおかつセンスがあるという蒼井 翼って選手は、一体何者なのよ…。それこそ化物じゃない。
「いやいや、私もジェニーと一緒に左足の訓練はしているしね。右足に比べて何をするにも左足の方が不安があったけど、今はそんなことは感じられない。だけど、一つでいいから、いざって時の武器が欲しいかな。百舌鳥高在籍中には持っていなかったもの。」
「だよな。百舌鳥高の奴らは桜のことも熟知しているからな。手の内が読まれているのはつれーわな。」
天龍は、まるで喧嘩の事を話すかのように言った。でも、そういうことは十分考えられるし、だからこそ桜も新しい武器を欲しがっているんだよね。
「でもね、全然心配していないよ。だって、皆がいるもん。困った時はいつでもパスを出すからね。」
「そうだそうだ!」
「そうですよー桜先輩。もっと頼ってくださいよ。」
「うん!もちろん、そうする!百舌鳥高が技術で攻めてくるなら、私達は絆で闘うの!」
「オオオォォォォォォォォ!!!」
移動中のバスの中はいつも賑やか。
何だか青春しているなー。あ、自分もそうだっけ。
ふふふ。何だかこういうのって漫画や映画だけの話かと思ったけど、案外近くで起こるじゃない。
私には似合わないって思っていたけど、いいじゃない。乗ってやろうじゃないの。
もっと成長して本気のつぐは大を倒しちゃうんだから。
そう思いながらも、どんどん厳しくなる封印プレーに東北遠征は全敗した。
休む間もなくつぐは大との合同練習が始まる。
意気揚々と海辺の合宿所に乗り込んだけども、そこで聞いたつぐは大対百舌鳥高の試合の内容に悲壮感が漂ったのは仕方のないことだったかもしれな