第28話『桜の気分転換』
結局あれから、つくばFCのホーム試合に通うこととなったよ。
「年間パスポート買っちゃった。」
そう言ってニシシーと笑う。誰もが呆れていたけど、でもプロの試合を見ていて凄く刺激になっているのも事実かな。
天龍ちゃんは毎試合付き合ってくれていて、一緒に年間パス買ったよ。他のメンバーも時々一緒に見に来てくれる。
やっぱりモチベーションは上がるし、勉強にもなるしで、視野が広がるという意味でも良い影響を与えているみたい。
練習試合の方は、引き続き順調に負け続けていて、夏休み前には30連敗を記録していた。
でも、うかうかすると良い勝負をしている時間帯も出来てきたよ。なので、より厳しい条件がどんどん追加されていく。
「まるで縛りプレーみたいだねぇ。」
いおりんの感想だ。縛りプレーとは、ゲームなんかでわざと厳しい条件でプレーしつつクリアを目指す、自分ルールみたいな遊び方だね。
「舐めプじゃないのか?」
部長がツッコミを入れた。
「それは違うよ。私達は練習不足、経験不足を短時間で補わないといけないの。そのための練習試合であって、決して相手を格下だからってことでやっている訳じゃないよ。」
「あぁ、心配するな。そこは十分理解しているさ。」
そう、高校生の部活というと、苦労してなんぼ、苦しくてなんぼみたいな風潮は拭い切れないのかもしれない。
苦労した量で絶対に試合で勝てるなら、その風潮でも構わない。だけど私たちには、その苦労する時間すらないよ。それに問題点も多く課題だらけ。失敗したからとミスを責めている時間すら惜しいよ。そんな暇があったら改善点を考えてさっさと練習した方がいいかも。なので極力効率を求めているかな。
注意している点はモチベーション。やっぱり心身ともに充実していないと同じ練習をこなしても習得に差が出る人もいると思う。
それに…。百舌鳥高の時の教訓も活かさないといけないと思っているよ。
妬み恨みはチームの絆に傷を付けていくの。ほおっておけば傷は深くなっていって修復が難しくなっちゃう。酷い時には…、サッカー自体嫌いになってもおかしくないよね。人間不信とかになってもおかしくない。
だから、笑顔が絶えないチームにしたいってずっと思っているし気を付けているよ。
良いのか悪いのかわからないけど、人数が少ないからフォローは出来ていると思う。
部の活動環境としては、あまり良くないかな。
とにもかくにも資金不足。発足したばかりで何もかもが足りてないよ。
部室は校舎の倉庫を一つ開けてもらって使えることとなったけど、グラウンドから遠いので何かと不便かな。無いよりはマシだけどね。
最初はボールも私物を持ち込んでいる状態だし、天龍ちゃんとやっているアルバイトからも出してる。
でも、この問題は高山ホテルグループ会長のとし子さんがある程度解決してくれたよ。
特定の部活に対して直接お金を出すことは、学園の規則に反するらしいので、物品という形で補ってくれている。だけど、だからと言って甘えっ放しっていうのは違うと思うの。
そこは皆とも話し合って、ボール、ユニフォーム類だけにしてもらっている。その他は顧問の後藤先生がホームページで不要品を募集し、その物を修理したりして再利用しているよ。
例えばベンチ。前はドリンクメーカーのロゴが入ったものだったけど足が折れてしまっているのを直して、色も塗りなおして使っているよ。大柄な部長がドスンと座ってもびくともしない。そう言ったら怒られたけどね…。
それから、夏休みにはグラウンド近くに部室を作ることになっているの。
組み立て式のプレハブで隙間が気になるけど、遠い部室よりいいよ。それに、そこそこ大きいのでミーティングルームと更衣室、排水設備が整えばシャワー室も作れるかもってぐらいの広さなの。
これは渡辺三姉妹の実家、渡辺工務店さんから寄付してもらった。皆でヘルメット被って組み立ても手伝うことになっているの。壁のパネルは差し込みなんだね…。こんな建物もあるんだ。
「建て替える時は、このプレハブの処分費も見ておくんだな。」
そう三姉妹のお父さんは言っていた。プレハブとは予め工場で作った部材を現地で組み立てる工法の建物という意味みたい。なるほどね。
そうそう、ユニフォームを少しだけ変更したの。
色合いは同じだけど、ユニフォームの柄になっていた桜の花びらの枚数が14枚に増えました。一年生と先生を入れた数だね。それと、お揃いのジャージと防寒着も秋には届く予定なの。とし子さんがどうしてもって言って、ボールに続いて買ってくれちゃいました。本当に頭が上がらないです。
遠征のバスだって、毎週の話しなのでかなりの予算だと思うのだけど…。夏休みはもっと遠いところにも遠征にいきなさいと予定を組ませて、宿まで準備してくれているの。
私、ここまでしてもらってお返しなんてできないよ…。そう正直に言ったらとし子さんは笑ってこう言ったの。
「これは私の趣味だから。それに、お金なんて将来何倍にもなって帰ってくるわ。」
そ…、そんなもんなんでしょうか…?
そしていよいよ夏休みに突入した。
高校3年生と言えば大学受験という大きなイベントもあるのだけども、チームメンバーからは大学進学者はいないみたい。藍ちゃんやいおりんから短大や専門学校という話は出ているけどね。お陰様というか何というか練習に打ち込める環境ではあったよ。
プレハブ小屋の設置も始まって、午前中は練習、午後はお手伝いなんて状況が1周間ほど続いた。照明やコンセントはもちろん、エアコンやトイレ、洗面化粧台まで設置済み。
とはいえ、隙間だらけだったので、その隙間を埋めるのも大変だったし、部材は古いので長くはもたないかなぁ。
一番張り切っていたのは後藤先生だけどね。ねじれ鉢巻で力仕事はすすんでやってくれたし。生活指導という立場、見た目の風貌から怖がられているけど、本当は誰かを助けたくて仕方がないヒーローなんだよね。
兎にも角にも部活は順調だった。
楽しくて楽しくて仕方がない毎日。早く明日にならないかなって思うぐらい。
だけど、そんな時、予期せぬ人物が来校した。
最初にその人を見つけたのは可憐ちゃんだった。
「ねぇ、さっきから、あの木の影に誰かいるみたいなんだけど…。」
休憩中にそう言ってきた。
今は顧問の後藤先生もいない。練習試合の相手を全国規模で探している最中だから。明後日は東北方面へ遠征予定だよ。
「俺が見てこようか?」
確かに天龍ちゃんだと不審人物でも追い払えるかもしれない。けど、勢い余って…という事態も一応考えられるよね。信用していないわけではないけど、彼女は一際仲間思いが強いからね。
「そうだ、いい考えがあるよ。練習再開したら試してみるね。」
私はそう言って皆を納得させた。その後は雑談で、美味しいアイスクリーム屋があるから練習終わったら行ってみようとか、見たい映画を誘い合ったりと、普通に高校生活の話題だった。
そうでなくてもサッカー漬けだからね。息抜きやストレス発散はとても大切。周りも見えなくなっちゃうと大変だしね。と、皆が私に向かって言ってくるの…。
「私だって気晴らしぐらいするよー。」
と反論してみる。
「例えば?」
藍ちゃんが聞いてきた。
「うーんと、うーんと、リフティングしたり、サッカーのDVD観たり、なでしこリーグも気晴らしになるよ!大声で応援するし!」
「あんたねぇ…。普通の高校生なら、美味しい物食べたり、流行りのドラマ観たり、カラオケで大声出すの!」
「テレビ観ないし…、カラオケ行ったことない…。」
「ちょ!?」
「マジ~!?」
「おいおい、俺だって行ったことあるぞ。」
「私も行ってみたいネー。」
酷い反応だったよ。まるで高校生であることを全否定するぐらいに。そんなことないと思うのだけどなー。
「そうだ!美味しい物なら学校帰りに食べたことあるよ!」
「へ~。桜ちゃんのお勧めのお店はどこなの?」
「ふふふ。天龍ちゃんのところの食堂!」
「………。」
まるで化物でも見るような目と、可哀想な人を見るような目が私を襲う。
「え~。いいじゃない~。」
「おし!遠征行く前に、桜にも私らの普通を味わってもらおう。」
突然部長が言い出すと、全員が頷きながら賛同する。
「よくスポーツ選手が試合前に歌を聞いて集中力を高めるってあるじゃん?桜はどんな音楽聞いて集中力高めるの?」
「えーっと、音楽は聞かないかな。リフティング10回もすれば集中出来るし、それもあんまりしないよ。」
「えー、そうなの?参考にしようかと思ったのに。」
いおりんは残念そうな顔をしていた。
「そう言えば先輩、ピッチに入る前に空を見上げていますよね?どうしてです?願掛けですか?」
「あぁ…。えーっと、その、いつもお母さんに試合を見ててねって、報告してから試合に望むの。」
「そうだったんですね…。」
お母さんはいつも空から見ていてくれていると思う。今もね。
「ちょっと待て。少し気になったのだが、桜はどんな音楽聞くんだ?誰かファンがいるとかあるのか?」
部長は何かを心配するように私に聞いてきた。何でだろう?
「えーっと、小室哲哉さんのプロデュースした曲とか、ZARDとかDREAMS COME TRUEとかかな?」
「………。それって、お父さんの趣味でしょ!」
「あれ?どうして分かったの?」
いおりんが、あちゃーみたいな顔をしていた。
「自分でCDとか買ったことある?」
「ないよ。」
私が即答すると、誰もが信じられないといった顔をしている。
「………。」
「ある意味すげぇ…。」
「どこまでサッカー馬鹿なのよ!」
「さすがにアウトだネー。」
「これは重傷かもしれん。」
部長がそう言うと誰もがうなずいている。
「でもさ、ここまで純粋にサッカー一筋だとさ、他の情報を入れる事で、桜ちゃんを汚しちゃうみたいで罪悪感すらあるような気がするよ。」
藍ちゃんがそう言っていた。
「あ、わかるー。」
いおりんが同調した。私ってそんなに変なの?
「でも、私達が普通にしていることを教えたりしたところで、桜先輩の持つ情報の1%にもならないと思いますよ。残りは全部サッカーなんだし。」
「ミーナの言うこともあるかもな。まぁ、社会勉強だ。今日はアイス食ってカラオケ行くぞ!時間があるやつは来い!」
部長の提案に殆どの人が乗ってしまった。あぁ、私はどうなっちゃうんだろう…。
そんな話しが一段落して練習に戻る。
そして、木陰に居るという怪しい人物。これを探ってみることにする。
練習に熱が入ったころで確認すると、確かに誰か居る。帽子にサングラスに真夏なのにマスク…。偵察?いや、違う。メモを取ったり、ビデオ撮影している様子はない。
私はミスキックの振りをしてボールを不審人物の方へ蹴った。突然の出来事に隠れそびれている。
「すみませーん。ボール取ってもらえますかー?」
私が声をかけると、その人は姿を表しボールを蹴ってくれた。
!?
このパスは…。
ボールは低い弾道から私の目の前で強烈なバックスピンでピタッと止まった。
「翼ちゃん!」
私の声に相手の人は隠れていることを断念し姿を現した。
間違いない、百舌鳥高キャプテンにして司令塔、そしてU-17日本代表で10番を背負った人。
蒼井 翼ちゃんだ…。