赤に染まる鐘
白木君が殺された東の廊下に比べて、西の廊下は明かりもちゃんと点いていて、僅かながら、皆の恐怖を少し和らげてくれた。
しかし、廊下自体は荒れ果てており、所々に何か様々な破片が散らばっていた。
明かりでよく見えるせいか、かえって不気味さが増したような感じがする。
「皆、周りには気をつけて」
月村君の声に全員が頷いて、辺りに気を配りながら、進む。
西の廊下には三つのドアがあった。
それぞれのドアには、黄金のエンブレムが飾られている。
端から順に「赤い鐘」、「人の吊るされた十字架」、「三日月」に並んでいた。
「どうする? どこから入るか?」
「そうね……。この“鐘”のエンブレムが入ったドアから開けてみましょうよ」
梨守さんがドアノブを手に取り、軽く回した。
錆びた音と同時にドアが開き、部屋の中が見えた。
中は電気が点いてなく、どんな部屋なのか分からなかった。
ただ、非常に怪しげな雰囲気を出している事は間違いなかった。
「ここからじゃ、何もわからないわね。中に入らないと……」
そう言って、真っ先に梨守さんが部屋の中に入った。
「り、梨守さん! そんなに急いで入ったら危ないって!」
月村君が注意しながら、後に続く。
私と大城さんは部屋の外から、探索する二人を見守っていた。
――……なんだか、嫌な予感がする。
ふいに、私はそう思ってしまった。
まるで、全身を悪寒が駆け巡り、怖気が走った時のような感覚だ。
私は何か不吉な事が起こるのではないかと心配した。
改めて、ドアのエンブレムを見てみる。
この部屋のエンブレムは「鐘」。
このエンブレムには、何か深い意味があるのだろうか?
「月村君、こっち!」
梨守さんが何かを見つけたかのように、月村君を呼び寄せる。
月村君は急いで、梨守さんの所へと向かった。
「どうしたんだ? 何か見つけたのか?」
「ええ。……これを」
梨守さんが月村君に“何か”を渡した。
部屋内が真っ暗の中、それが一体何なのか、ここからでは確認できない。
何か、重大な物でも見つけたのだろうか?
「な、何か脱出する物でも見つけたん?」
大城さんは月村君に渡した物が何なのか、気になり、二人の元に行こうと、部屋内に入る。
カチャッ!
どこかでスイッチが入るような音が聞こえた。
――……今の音は?
他の皆は何も聞いていないかのように、まったく気づいていない様子だ。
しかし、私は確かに何か、スイッチが入る音を聞き取った。
ズゴゴゴゴゴッ!
突如、勢いのある音が部屋の中から聞こえてきた。
「な、何や? 一体、何の音や……?」
大城さんが動揺した声を上げる。
後ろの二人も事態が飲み込めてない様子で、何が起こっているのか、さっぱりわからないようだった。
だが、私はこの時、感じ取っていた。
――……間違いなく、この部屋は……危険だ!
「……早くこの部屋から出てきて! 早く!!!」
普段の私からは想像もない大きな声で、そう叫んでいた。
「う、うん!」
大城さんがすぐに部屋の外へと引き返す。
月村君と梨守さんも、身に迫る危険を察知して、私の言葉通り、ドアの外へと向かって走った。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
さっきから、聞こえてくる音がだんだんと大きくなってきていた。
この音はまるで、上から何か大きな物が落ちてくるような、そんな音だった。
――……落ちる?
ドアのエンブレムは「赤い鐘」の模様だった。
どうして、エンブレムに模様が彫られていたのかは謎だった。
だが、これはもしかすると……。
「赤い鐘」の表現は、血に染まった鐘ではないだろうか?
なら、そう考えると、この音は落下する鐘の音にとれてしまう。
――……それじゃあ……!!
私が感じ取っていた嫌な予感が、今、まさに現実へと変わろうとしていた。
「急いで! 真夜、月村君!」
大城さんが悲痛な声で二人の名前を叫んでいる。
迫り落ちてくる音は更に大きくなっていた。
月村君が息を切らして、先に部屋の外に出る。
「り、梨守さん!! 早く!!」
梨守さんは私達の方を目指して、走っていた。
その額からは、冷や汗が流れている。
……後、一歩。
顔がもう外に出て、後一歩あれば、完全に部屋から出る事ができる。
梨守さんが安堵の笑みを浮かべて、外へ出る一歩を踏み出そうとした。
だが、その瞬間。
それは落ちた。
ズダンッ!
地面に落ちてきた轟音と共に、黄金の鉛がドアを遮った。
そして、ドアからはみ出していた腕、それに片足が地面に落ち、梨守さんの顔が宙を舞った。
それぞれ、切断された部分から大量の鮮血がブシューッ、と勢いよく飛び散る。
腕は肘から切断されて、指先が今もピクピクと痙攣していた。
足は膝の辺りまで、こう、……ストンと、切り落とされていた。
切り落とされた梨守さんの顔が地面に転がり落ちる。
止めと言わんばかりに、転がり落ちた顔が私達の方向へと向く。
首から下がない状態……なのに、梨守さんの顔は安堵して、微笑んでいた。
そのギャップがまた、私達の恐怖を更に増大させた。
「いやぁあああああああああああああああああああああああああーっ!! いや、いやぁあああああああああっ、ぁあああああああああああああー!!」
「う、うわぁあああああああああああーっ、あああああああああああっ!!!」
月村君と大城さんの悲鳴が同時に重なる。
黄金の鉛にはべっとりと、梨守さんの血がついていた。
血がゆっくりと鉛を伝って、床にポトッ、ポトッ、と流れ落ちる。
地面の隙間からも、大量の血が流れ出て、床が流血で埋め尽くされる。
「……ぐぅぇ、ああ……うぅ、……げぇ……」
私は猛烈な吐き気に襲われた。
「うっぐぅぇ……………げぇ……ぜぇ……」
口に手を当てるが、抑え切れなくなり、思わず床に吐いてしまう。
予感は見事に的中してしまった。
それも、最悪の形で、最悪の死に方で犠牲者を増やしてしまった。
「あ、ああ……り、梨守さ……ん……うげぇぇ、ぶぇ………」
いくら吐いても、吐き気が止まらない。むしろ、増すばかりだった。
梨守さんの目が私を見つめている。
首から、タランと脈を垂らしながら、骨の辺りまで、丸見えの状態になっていた。
その光景は、後にまで続きそうな、目に焼き付くほどの酷すぎるものだった。
白木君の時は、まだ体がちゃんと残ったままだったので、まだ、マシ……だった。
だが、これは……、あまりにも、あまりにも無惨すぎる。
惨殺、グロテスク等、それだけの言葉では、とてもこの光景は表現できたものではない。
「う……うぅ……、も……もう、いや…や……っ!! こんな……こんな場所、うんざりやっ!!!」
大城さんが座り込んで、嗚咽を漏らしながら、泣き叫ぶ。
「……り……梨守さんまで、死んで…しま…っ、…く…う……うぅ……!! くっそぉおおー!!!」
月村君は悔しがるように何度も何度も地面を叩いた。
手が真っ赤になっても、なお、それを止めなかった。
「ぅ…ぅう……き、きっと……ウチ等は全員殺されるんや……」
大城さんの言葉に私と大城さんが振り向く。
大城さんの顔には飛び散った際についたのだろう、梨守さんの血がこびり付いていた。
そして、もはや、その表情は正常ではない。恐怖と狂気の二つで満ちていた。
大城君が私達を見ながら、泣き叫んで、話し出す。
「だって……そうやろ!? これで二人目やで!! 白木も殺されて、今度は真夜まで
……!! ウチ等、もう終わりや……、ここで死ぬんや!!!」
パシンッ!
その言葉にカッとなって、私は大城さんの頬を夢中で引っ叩いた。
「っ……!! あんた、何すんね――!」
「……そんな事…言わないで。簡単に……あきらめないで……」
「な、なら……!!! 何か考えがあるんか!! 言ってみてや!!」
私は黙り込んだ。
……考えなんてあるはずがなかった。
私も大城さんと同じく、絶望に叩き込まれていたのだ。
それでも、諦めたくない。
生きる事を諦めたくない。
「と、とにかく……さっきの場所へ……。僕は……これ以上、ここに居たくない」
月村君がはっきりと、自分の意思を告げる。
「……同…感、だわ」
私ももう、これ以上、ここには居たくなかった。
これ以上、居続けたら、きっと、精神が壊れてしまう。
「沙流歌ちゃん、戻ろう……」
月村君が、崩れていた大城さんを起こし上げる。
ボロボロに泣き崩れていた大城さんは、まるで、壊れた人形のように見えてしまった。
自分で動く事さえできない。そんな哀れな人形みたいに……。