開幕
――……遅い。遅すぎる。
僕は腕時計を見ながら、時間を確認する。
アキラがトイレに行ってから、既に一時間が経過していた。
「月村君。……彼、中々戻ってこないわね」
梨守さんが深刻な顔つきで言う。
確かに、トイレだけでここまで時間がかかるのはおかしい。
「……僕、ちょっと探しに行ってくる」
「わかったわ。一応、気をつけてね。何があるかわからないわ」
「ありがとう」
僕は梨守さん達を残して、アキラが進んだ方向へと向かった。
薄暗い廊下が続いており、僕はゆっくりと歩いていく。
明かりは着いているのだが、電灯が切れているのか、チカチカと点いたり消えたりしている。
嫌な雰囲気が漂っていた。
こんな状況じゃなきゃ、絶対にこのような場所を一人で歩きたくないものだ。
ホラー映画で見る最初のシーンのようで、どこか不気味に感じてしまう。
「アキラー! おーい、返事しろー!」
大声で叫ぶが、返答はなく、僕の声が暗い廊下の中に響くだけだった。
廊下の一番奥にトイレがあり、僕は少し急いで歩いて向かった。
トイレに入ると、電気が消されていて真っ暗だった。
僕は電気のスイッチを探す。
――あ、あった! これか。
カチッ!
「ッ〜!」
明かりが点いて、視界が回復していく。
いきなり、眩しい光が辺りを照らし出す。
さっきまで、薄暗い景色ばかりを見ていたので、反射的に目を瞑ってしまった。
初めのうちは、眩しかったものの、それがだんだんと慣れていき、僕は目を開け始めた。
“それは見るべき光景ではなかった”。
想像もしていなかったありえないモノが僕の瞳に映り、僕は唖然と口を開けてしまう。
同時にさっきまで、正常だった思考が一気に破裂するような勢いで混乱に陥る。
「う、うわぁあああああああああーッ!!」
僕は無意識に絶叫していた。
いや、叫ばずにはいられない光景だったのだ。
そこには全身血まみれになって、床に倒れていたアキラの姿があった。
その姿からは既に生気が感じられず、ほんの僅かな動きさえしない。
――し、死んでいる!?
顔には苦痛と恐怖に満ち溢れていた。
白い地面はアキラの体から今も出てきている血で真っ赤に塗られている。
あまりにもグロテスクな光景を見てしまい、僕は猛烈な吐き気に襲われた。
「ぐうぇぇぇえ……っ!」
勢いよく、地面に向かって、ゲロを吐いてしまう。
そのゲロが血と混ざり合い、なんとも気持ちの悪い液体が完成してしまう。
――な、なんだ、これ……。こんな……こんな事って……。
「月村君! 大丈夫!?」
梨守さんの声が聞こえてくる。
きっと、さっきの僕の叫び声を聞いて、駆けつけてきたのだろう。
足音が3人分、トイレにこっちに向かってきた。
「ど、どうしたんや?」
沙流歌ちゃんが心配そうな声を出して、一番にトイレに入ろうとする。
「だ、だめだ! は、入ってきちゃ……!」
僕は沙流歌ちゃんを止めようと声を掛けたが、遅かった。
沙流歌ちゃんが僕の姿を確認した後、ゆっくりと視線をアキラの方へと向けていく。
沙流歌ちゃんの顔は、僕を心配していた表情から、恐怖により一気に歪まされた表情へと変化していった。
その目が虚ろな状態となって、もはやどこをみているのか僕には確認できない。
「い、いやぁああああああああああああああーッ!!」
沙流歌ちゃんの悲鳴がトイレに響き渡る。
その悲鳴に誘われて、梨守さん、宮野さんがトイレに入ってくる。
「これは……!」
梨守さんはアキラの悲惨な姿を見て、口を押さえて驚愕していた。
梨守さんの後ろにいた宮野さんも声は出していなかったが、目を大きく開いて驚いている。
僕は吐き気を抑えて、アキラの体を調べてみた。
間近で見ると、さらに酷い光景だった。
腹部を何かで何度も刺された、また抉られた形跡がある。
右手にはアキラの体から切り抜かれた臓器が握られていた。
「月村君。この人、“殺された”のね」
背後で、嗚咽を漏らしている沙流歌ちゃんを慰めていた梨守さんが、唐突に言い放った。
“殺された”。
つまり、アキラを殺した殺人者がこの建物に“いる”と、梨守さんは主張している。
確かに、自殺と考えると到底ありえない死に方だ。
それにアキラには自殺をする気配なんて、微塵も感じなかった。
考えたくはないのだが、そういう事になってしまう。
梨守さんが近づいて、死体となったアキラを間近で調べる。
「傷跡から見て……多分、ナイフか何かで刺されたんじゃないかな」
「……だろうね」
「それにしても、……悪趣味な殺し方だわ。臓器を右手に握らせて、発見した人を恐怖に陥れようと考えているなんてね」
梨守さんはアキラの右手に握られていた臓器を目にして、顔を歪ませた。
そして、開いていた目を瞑らせると、梨守さんはトイレの周りを調べ始めた。
僕はやりきれない気持ちでまだアキラの傍についていた。
ふと、僕はアキラの左手の方に注目する。
握られた左手からは、何かがはみ出していた。……どうやら、一枚の手紙みたいだ。
僕はその握られていた手紙をアキラの手から、引っ張ってみた。
そして、クシャクシャになっていたその手紙を広げて、誰にも悟られぬよう、僕は読んでみる。
『ようこそ。
私はライアーと申します。
以後、よろしくお願いします。
この紙を見つけたという事は、既に幕が開いた、という事になります。
どうでしたか? 私が提供したこの殺戮ショーは十分楽しんで頂けましたか?』
――……さ、殺戮ショーだと!?
怒りに沸騰しながらも、手紙に書かれた文の続きを読んでみる。
『さて、いきなりで悪いのですが……。
あなた方には私が用意したゲームに参加してもらいます』
――ゲーム? ゲームって一体……?
『実に簡単なゲームです。
あなた方が私に勝利したなら、ここから無事に出してあげましょう。
ゲームの内容は殺人犯を探し出すこと。
どうですか? 実に簡単なゲームでしょう。
この建物にはあなた方、5人しかいません。
“これは本当です”。
“6人目がいる”等、甘い事は考えないでください。
犯人はあなた方5人に絞られる事になります。
あなた方の勝利条件は“私を見つけること”
最後まで、見つけられない場合は自動的に私の勝ちとさせていただきます。
考えてください。そして、私を探し当ててください。
“私はあなた方のすぐ近くに潜んでいますよ”』
バカにした手紙内容だった。
あまりにも内容がふざけている。
これが本当だとしたら、僕達4人の中に“犯人がいる”事になってしまう。
もし、僕達4人の中に“犯人がいる”としたら、アキラを殺した際はどう説明すればいいのだ。
あの時、“アキラを除いた僕達4人は一つの部屋に集まっていた”のだ。
現実的に考えて、アキラを殺す事ができたとは考えられない。
そう、“絶対に不可能なのだ”。
「どうしたの? 月村君。……なんだか、顔が真っ青になっているわよ?」
僕の様子に異変を感じたのか、梨守さんが話しかけてくる。
「いや、……な、なんでもないよ」
僕は持っていた手紙を後ろに隠して、答えた。
今、この手紙を皆に見せても、不安を煽るだけになってしまう。
この手紙は他の皆に見せるべきではない。
「とりあえず、さっきの部屋に戻りましょう。皆で一つの部屋に集まっていれば、安全だわ」
梨守さんの提案に、僕も賛成する。
全員で一つの場所に集まっていれば、まず、襲われる心配はないだろう。
「沙流歌、行こう……」
梨守さんが沙流歌ちゃんの肩を押しながら、トイレから出て行く。
沙流歌ちゃんは以前、泣いていた。
あんなものを見てしまえば、泣きたくなる気持ちはわからないでもない。
僕も人の死体を直接、生で見たのは初めてなのだから。
梨守さん達に続いて、僕もトイレから出て行く。
「……ねぇ」
トイレから、少し遅れて出てきた宮野さんが、前の二人に聞こえないように、僕へ話しかけてきた。
「な、なに? 宮野さん」
「――……さっき、何隠したの?」
「え……?」
宮野さんから発せられたその驚きの言葉に、僕の心臓の鼓動が早まっていく。
――さ、さっき、見られていたのか……?
ドクン! ドクン!
額から流れ出る、嫌な汗を拭く事を我慢して、僕は口を開いた。
「えっと……、ごめん。何の事かな?」
「……。……いえ、やっぱり何でもないわ。気にしないで」
宮野さんは目を細めて、僕を見つめると、先に廊下を歩いていった。
宮野さんのあの言葉を聞いて、僕は改めて、彼女達にこの手紙を見せるべきなのだろうか、迷ってしまった。
ただ、本当にこの手紙に書かれた内容が全て正しいなら、僕はどうすればいいのだろうか?
そんな事はありえない。ありえないけれども……――
もし、本当にこの手紙に書かれた事が嘘じゃないなら……。
アキラを殺した犯人は、“僕達の中”にいる。
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これでようやく、舞台は整いました。
これからが本当のゲームの始まりです。
第二幕のベルがもうじき鳴り始めるでしょう。
次はあなたの番ですよ。
どうか思う存分、仲間を疑いながら、私を探し当ててください。
そして、私を楽しませてください。
……あ、そうそう。言い忘れた事がありました。
私は“嘘をつく”のが大好きでしてね。
私が言う言葉には所々、嘘が混じっているかもしれません。
あなたは誰の、どの言葉が嘘なのか、見破る事ができますか?
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