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<マインドスティール>

 <マインドスティール>


 魔術の括りで言えば、同種のものに<マインドスキャン>や<マインドブレイク>が存在するが、呪術に限れば<マインドスティール>のみ。

 対象の過去の記憶を盗み取る呪術だ。

 盗み取る。

 相手の記憶から、気付かれずに完全に消去し、自身が手に入れるという呪術だ。

 もちろんこの術は――これに限らず他の二種もだが――ほぼ全ての国で禁呪指定されている術式。

 といっても、蛇の道は蛇。使う輩は幾人も存在するし、禁呪扱いされていても裏で使う国・貴族はいる。

 モノがなければ対策は練れない。そのため対呪・呪術師は習得が認められている。


 もちろん使用するにあたって、呪言一つでできる簡単な術式ではない。

 しかし事前に食べさせた飴、「呪印のキャンディ」が効果を発揮する。

 味覚操作効果は不味いものを美味しく食べさせるためではなく、呪封物を対象に気付かれずに食べさせるためのものだ。そして今回食べさせたのは、呪封物は『呪印』。対象に術者からのパスを直接つなぐ印だ。

 パスが『つながっている』状態の対象なら、呪術師は一言で好きな効果を発揮できる。これを利用してマインドスティールを実行したというわけだ。


 そして私は<マインドスティール>を使用して、相手の過去の記憶を盗み、呪い返しの法をかけることにより、盗んだ記憶を速やかに返している。

 <マインドスキャン>では現在考えていることをトレースすることしかできない。しかしこの手法を使えば、過去の記憶を漁って元に戻すことが可能だ。

 今回は弟子が取れるか取れないかという非常事態故に使ったが、もちろん平時では使わない。あまり多用すればバレる危険もあるからだ。


 盗んだ記憶によると、少年は孤児院に入る以前は近くの村に住んでいたようだが、山賊の『村狩り』にあい村民は散り散り。その中で父母が山賊に殺されるところを直視し、彼らへの復讐を決意――。

 冒険者というのもそれが動機だろう。

 だがしかし――時流が問題だ。襲われたのは3年前。つまり魔王存命の時。2年前に魔王は勇者一行により討伐され、魔物被害も減少し治安回復の一途をたどった。

 これがどういうことかと言われると、3年前時点では山賊だった人間たちも、今では普通の村人になっている可能性が非常に高いということだ。

 飢えに苦しみ、賊となる。彼らは永年賊を続けるわけではなく、食い扶持が確保できればそちらへ傾く。誰しも後ろめたいことはしたくないものだ。

 当時は治安が最悪で、地方では子供が売られるのも日常茶飯事だったと聞く。労働力たる大人は死ぬか、魔物被害で村を追われ、止むに止まれず賊になるものが跡を絶たなかった。魔物さえいなくなれば、喜んで村人に戻る者も多かっただろう。


 少年のトラウマは、治す見込みが非常に薄い。

 記憶にあった父母を殺した男は、何処にでもいそうな平凡な男だ。特徴を指定して探すのも難しい。

 となると山賊団の名は、手を進めることになるがそんなものを自ら名乗りはしないだろう。少年の記憶にもない。

 この時点で手がかりはほぼゼロ。

 なまじ何かの偶然で見つけることができたとしても、恐らく賊を止め村人として生きている可能性が高い。相手が賊をやっていた。証拠はない。殺せば少年が罪になる。


 となれば少年の復讐の矛先は、賊全体となる。復讐は終わらない。

 賊はいくら王の統治が良くても湧いてしまうものだから。



 彼の過去は想像以上に根が深い。

 少なくともこの場では解決できない。

 となれば。



 私は頭を上げる。

 呪い返しの法により、記憶は返却済み。

「ところで院長」

 私は部屋の片隅で、静かに話を聞いていてくれた院長に話をふる。

「なんでしょう?」

「実はうちの店では店員が不足しておりまして、此度は弟子を取りながら店番をさせようと思っていたのです。しかし残念ながら弟子を取ることが適いませんでしたので、ひとまず店番だけでもと思っております」

 院長は「はぁ」と頷く。

「引き取ることはできませんが、こちらの女の子に店番を頼むことは可能でしょうか? もちろん給金はお支払いします」

 少年と縁のあるこの子を以って、私との縁を続けさせてもらう。

 少年、お前は逃がさん。


「わ、私ですか!?」

 少女が驚くので、私はにっこりと笑い――と言っても顔はフードで見えないだろうが。

「ええ。引っ込み思案な気があるようですが、先ほど少年と話していた様子を見るに大丈夫だろうと」

 私がそう言うと恥ずかしいのか顔を少し赤くして、院長を見た。

「であれば問題ありません。どうかうちの子をよろしくお願いします」

 院長は頷く。

「それでは私は関係ないようですので失礼させていただきます」

 少年はいそいそと席を立つ。

「ええ。本日はありがとうございました。また縁があることを祈っております」

 私は白々しくそう答え、退席を促す。少女から君との縁をまた繋がせてもらうよ。


 さて残りはこの子との契約内容だ。院長にもいくらか心付けを支払わないと。


 ☆


「いらっしゃぁい」

「い、いらっしゃいませ」

「えっ!?」

 翌日。早速女の子には来てもらった。教えることも多いのでできるだけ早くと伝えたら、明日にでもと返事が帰ってきたからだ。


 入ってきたのはいつもの常連の女の子。

 私の横で座っている子を見て驚いているようだ。

「えーと、そちらの女の子はどちら様?」

「昨日弟子を取ることは適いませんでしたが、店番の女の子を雇うことに成功しました。院の様子を見た限りだと、信用できそうです」

 ニヤリと笑いながら返事をする。本当は別のところに理由があるのだけれども。言わないでおく。

「そうなの……」

 常連の子が気落ちしたように相槌をくれる。昨日何か嫌なことでもあったのだろうか。


「こちら、いつもお店に来てくださっているお得意様です。お店の物の配置とかもいろいろ意見を頂いています。結構詳しいので、彼女みたいになれるよう頑張ってください」

 女の子に常連さんを紹介する。

「わっ、わかりました。あの、今日からお店で働くことになりました。これからよろしくお願いします」

 とぶわっと音がするかのような豪快な礼をする。

 常連さんは気を取り直したか普段通りの顔で挨拶を返してくれた。


「ところで、折角こんなにも衣装があるんですから、お店番の子に何か着せてみてはどうですか?」

 常連さんの一言にはっとなる。

 確かに。飾っているだけではそれがどれだけ美しい衣装なのか伝わらない。どれだけ細部を凝らしてみても、着てみなければわからない美があるやもしれない。それに私の衣装を着ている人が見れるなんて素晴らしい。

 子供用の衣装はと、商品棚を漁ろうとすると既に常連さんが服を手にしていた。

「ねえ、裏で着替えさせてきてもいいかしら?」

「ええ、ぜひお願いします」

 店番の子は常連さんの笑みに、売られていく牛のような顔をする。まぁ着せ替え人形にされるとしても、服の数からして1時間くらいでしょう。ああそうだ、ちゃんとひとつ着たら呼んでもらえるように手配しなければ。きっと美しいものがたくさん見れるでしょう。あぁ、楽しみだ。


 私はそんなことを思いつつ、そして少年のことをどうするか思いを馳せつつ今日を過ごしたのでした。

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