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盗難防止の呪い

 扉をくぐって驚いた。

 先日入った時はこんな明るい店内ではなかった。いや、明るい以前に外の光を一切寄せ付けない、冥府の入り口を錯覚させる暗く禍々しい部屋だった。

 入って真っ先に目についた趣味の悪い髑髏を始めとして、怪しげな品は鳴りを潜めている。代わりに置かれているのは、服や人形などといった小洒落た商品だ。

 これでは普通の服屋ではないか。それではこの店に来た意味がない。


「いらっしゃあい」

 店主が以前と同じ、低く鬱々とした声をあげる。どうやら店主が変わって改装したようではないようだ。

 俺は怪しまれないよう、入り口で立ち止まらずに近くの商品へと近づく。

 置いてあったのは、変哲もない人形だ。1体2体3体……10を超える数の人形が、棚一つの上から下までを占めている。それも似たり寄ったりな単調なものではなく、精巧なものから可愛くあしらったものまでと幅がある。好事家が見れば欲しくなる品の一つは見つかるのではないかといわんばかりのできだ。

 だが私が求めているのはこのような嵩張るものではない。もっと小さく価値のあるものだ。

 私はそっと視線を外し、目当てのものを探すように、いやまさに探すために全体をぐるっと見回した。以前来た時に、欲しいものは目をつけてあったのだから。

 呪具ではなく、人形や服でもない。ましてや髑髏やイモリの黒焼きなどという、何に使うのかさっぱりわからないものではない。


 目当ての物は……あった。

 ポーションだ。

 ポーション棚へ体を向けつつ、店主をそっと覗き見る。

 先ほどまでと変わらず、フードで顔を隠したままだ。何か特別感づいた様子はない。

 平静を保ちつつ、棚の小瓶を手にとった。手にとったポーションの効用はわからないもののきっとえげつないものだろ……おや?

 小瓶の下に紙が挟まっていたようで、私が瓶を取ったことで重りがなくなりそれが床にふわりと落ちた。

 拾い上げて確認すると……どうやらポーションの効用が書いてあるようだ。この瓶は……魔力抜きのポーション? なるほど、このポーションを飲ませて、対象を魔力枯渇症にするわけか。

 魔力枯渇状態まで陥らせるのだ。私では分からないが、ポーションの内包する魔力は恐ろしく多いのだろう。となると値段も相応……。

 こんな高価(であろう)ものを誰でも触れるような棚に置く神経が考えられない。

 嘲る気持ちと、これだ、という確信の念を抱きつつ、紙と一緒に一度棚に戻す。


 他のポーションも確認するように手と顔を動かす。しかし意識は店主を向いたきりだ。

 店主は常にフードを目深にかぶっているためこちらの動きは見えていないだろう。しかし念には念をと、戻した後のポーション、その奥のをくすねる。

 手前のポーションを傾け、手とポーション瓶で死角を作る。傾けた手前の瓶の横からすっと引き抜く。意識はずっと店主に向けたまま。

 2本も3本もと欲張るのは素人だ。玄人は目標を定めて、それだけを確実に手に収める。手にするのは高価で確実に有用なものだけでいい。


 私は欲しいものがなかったというかのように、肩を落としながら扉を潜る。

 さあ、あとはこれを流すだけだ。

 呪術師特性の魔力枯渇ポーション。高く売れるだろう。

 今日も盗みが成功して晴れやかな気持ちで帰ることができる。


 ☆


 帰ってから体調がおかしい。

 水をいくら飲んでも喉が乾く。

 でも体は寒さを訴える。鳥肌が立つ。体が震える。

 腹が痛い。水の飲み過ぎだとかそういうのじゃない。急に腹が鳴り出して、そして出すものがないのに鳴り続ける。

 なんだこれは。

 どうしてこうなった。

 私はなにか間違ったのか?

 呪術師にバレていたのか?

 そんなはずはない、私の技術は完璧だったはずだ。

 ぐっ……。


 明日にはこの症状が治っていることを祈りつつ、私は体の震えを抑えながら夜を過ごした。


 ☆


 寝 ら れ な か っ た。


 体は極度の疲労を訴えている。

 喉の渇き、寒気、腹痛。

 それらの要因が睡眠を阻害した、という話ではない。体は睡眠を欲している。

 だが、眠れない。

 もう、間違いない。これら全て呪いだ。呪術師が私に呪いをかけたのだ。

 どうしてばれた。

 下見のときは顔がばれないよう店主と同じようなフードを被っていた。マントの下は意図的に服を着こみ、体型をごまかしもしていたというのに。

 当日の動きにも落ち度はなかったはずだ。店主はずっとフードから顔を出さなかった。

 呪術師は相手の顔と名前がわからなければ、呪術をかけられないのではないのか?

 名前がわかるはずなどない。名乗ってすらいないのだ。

 顔も店主はフードをかぶっていたし、私もそちらを直視しなかった。わかるわけがないのに、何故……。


 あぁ……、あぁ……。

 もう、限界だ。

 コレ以上は、死んでしまう。


 店主に、小瓶を返さなくては……。

 このままでは呪い殺されてしまう……。

 あぁぁ……。


 ☆


「て、店主……! これを、返す……! だから、呪いを止めてくれ……!」


 私は必死の形相で店に入った。

 朝一番、開店直後だろう時間に、腹を押さえながら。

 店には既に若い女性が一人いて店主と和やかに話し込んでいたようたが、そんなことに気を配る余裕はない。

 一刻も早くこの呪いを解いてもらわなくては、腹、腹があああああああ。


 店主は驚いた様子だったが、私の手に持ってある小瓶を見てピンときたのか、カウンターから出てきた。

 そして腹を抑え前かがみになる私に視線を合わせるよう、膝を折ってこちらを覗きこむ。

「ひっ!?」

 店主の顔を見て私は恐怖を感じずに入られなかった。

 顔を火傷痕が覆っていた。どうやったらこんな傷で生きてられるのだ。まさか呪術師同士で呪術戦でも行った結果なのか?

 恐ろしさを醸し出す顔。彼は冷酷な目で私を見た。

「泥棒ですね。私はね、あなたのような汚い人間が大嫌いです」

 彼は私の頭を右手で鷲掴みにし、指の隙間から目を合わせる。

「呪術師から盗みを働くということがどういうことかわかっていますか? 死ぬ覚悟をしておいた方がいい。その方がだから」

 男は無造作に左膝で私の腹部を蹴りつけた。

「うっ!」

 店にいた女性が悲鳴のように男の名前を叫んだ。恐らく店主の名前なのだろう。しかし私はそちらに気を配る余裕が無い。

 一晩中腹痛が続いていたところに、追い打ちの膝蹴り。

 吐きそうだし、漏れそう。

「……ハァ。仕方がありません。今日は彼女に免じてこの辺りで終わりにしましょう。無論、衛兵所に行ってもらいますが」

 店主がそう言って二言三言言葉を紡ぐと、私を苛んでいた苦痛の全てが飛んでいった。


「はぁ、はぁ、はぁ、な、治った……!」

 私は瞬間、呪術師の腕を振りほどき、一目散に扉へと駆けた。

 捕まってたまるか。

 そして扉を出た瞬間――強烈な腹痛。それも便意ではなく物理的な痛みの。

「うっ、あがががががっ」

 仰向けに倒れた私を見下ろすように、店主が店から出てきた。

「これだから汚いものは嫌いなんだ。やることなすことてんで美しくない。見苦しい。少しは美学を持ったらどうだい?」

 彼は私の服の襟首を掴むとそのまま私を引きずっていく。

「すみません、私はコレを衛兵所に持っていきます。少しの間店を見ていてくださいませんか?」

 そんなフォローをしながら、男は痛みにあえぐ私を容赦なく引きずっていく。


 ☆


 そうして私は牢へとつながったのだった。

 そしてその時知った事実なのだが、私が盗んだポーションはわずか銀貨1枚で買える体内魔力調整用の弱効果品だったらしい。

 そんな、馬鹿な……。

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