身代わり人形
最近知ったのだが、私のお店は街の人々に恐れられているらしい。
らしい、というのも私が直接聞いたわけではなく、最近常連になってくれた女の子から聞いた話だからだ。
曰く、呪物を集めそれを無理やり売りつけている。
曰く、客を集めわからぬうちに洗脳して金を貢がせている。
曰く、幾人の客は店から出てこず、隠された地下室に監禁されている。
等々根も葉もない――訂正、根程度はあるかもしれない噂が蔓延しているらしい。
そのため普通の人は店によりつかない。
たまに恐ろしい物見たさで子供や本当に困った縋るもののない人が店を訪れるのだが、そういう人たちも店内の雰囲気に、そのまま回れ右してしまう。
常連になってくれた女の子も、最初声をかけた時は悲鳴をあげて逃げてしまったくらいだ。その後思わず机の下で我を忘れていじけてしまっていたらというのは――余談だろう。
さて、そんなわけで今私の店は大幅な改装をしている。
これも件の女の子から直接聞いた話だ。
『入ってきた時すごく怖いので、もう少し明るくした方がいいですよ』
『暗いほうが呪術師のお店らしくないかな?』
『だからって灯りが全くないのは客商売としておかしいですよ!』
『商品もすっごく可愛い物とかあるんですから、それを目立つところに置きましょう。髑髏とかしまってください!』
『ええっ!? 髑髏かっこいいじゃないか』
『それが怖いんですって!』
『こっちのお薬とか効き目がいいんですよね? 説明も書いておきましょう。これならみなさん興味持ってくれますよ!』
『それは思いつかなかったな。でも今までは全く見向きもされなかったんだよね』
『あの、あまりに怪しすぎるからだと思います……』
どうやら良かれと思ってやったことが全て裏目に出ていたようである。
頭が上がらない。
彼女の助言のお陰で、今では店には採光窓が設置され、店内色も明るいものへと変わった。棚には人形などが飾られている。それももちろん売り物だ。
その代わり私が初めにおいていた、かっこいい髑髏や調合釜などは片付けられた。呪術に用いる魔法陣などは隅っこのほうに寄せられている。なんてことだ……。
とここまで改装したはいいが、やはり客がこない。
一人は好きなので苦ではないものの、暇というのはあまりいただけない。やったことはないが、客引きでもすべきか。いやでも火傷顔の男が声をかけると相手も驚くよなあ……。
どうしたものかと思案していると、扉に取り付けたベルが鳴った。もちろんこれも例の子からの助言だ。
「いらっしゃぁい」
いつもの低い声で声を上げる。
するといらっしゃったお客様はびくっとしてからこっちを見た。
「何をお求めですか、お客様」
するとお客様はどうしようと少し考えたあと、私の座っているテーブルに近づいていきた。そして背伸びしてテーブルの上に顔を出す。
「ここってじゅじゅつしのお店なんだろー? すっ、好きになってくれる薬とかない?」
お客様は10歳くらいの小さな男の子だった。
「お客様。惚れ薬は各国で研究・調合が禁止されております。そのため手に入れることはできないかと」
どんな人であろうと、お客様である以上丁寧に対応する。――汚いものは除くが。
私がそう言うと少年は「うー……」と渋い顔をする。
求めるものこそ問題であれ、元は子供特有の純粋で単純な願いのようである。 美しいといえないこともないでしょう。
「お客様、よければご相談に乗りますよ?」
子供の話をまとめると以下のようである。
・好きな子ができた。
・ついいじめてしまった。
・仲直りしたい。
子供だなあ。
で、ここに来て思わず頼んだのが惚れ薬というのはいかがなものかと思うが、少年もテンパった結果だろうから深くは言わない。
「ところでどうしてこの店に?」
「近所のおねーちゃんが、『ここのお店はいろんなものがおいてるんですよ』って言ってたのを聞いたから』
ふむ。
普通の店に比べれば多様な品揃えだろう。
薬、珍味、保存食、服、人形、インテリアに使える小物、奥に行けばかっこいい髑髏や特殊な呪物なども置いてある。
その上で呪術を使った特殊なサービスとかもやっている。
なんの店かと聞かれれば、万屋と答えるのが適切だろう。正解とも言い切れないが。
それにしても私の店の品揃えを知っている人もいるのだなあ。
「そうですね、ではこちらの服とかいかがでしょう。たくさんフリルがついてて可愛らしいので女の子も気に入ると思いますが」
私は席を立ち、服を手にとった。
白と黒で彩ったフリルのついたゴシック調の服。普通の服屋に行ってもまずお目にかかれない代物である。
どうやって手に入れたのかと言われれば、私が作ったのだが。
「清潔感あふれる白と目を惹く一面の黒。どうですか? ここまで綺麗に調和されたデザインもなかなかお目にかかれないでしょう」
出されたものを見て少年はおおと目を輝かせる。
「それ、それ頂戴!」
少年もこの服の美しさに気づいたようだ。なかなか見る目がある。
「よろしい。本来なら金貨10枚のところを少年の目と美しい想いに免じて金貨5枚にしましょう」
そういった瞬間、少年は絶望の目をした。
「そ、そんなっ。金貨10枚なんて払えないよ!!」
おや、少々高かったようですね。ですがこちらの服も元の布地だけで金貨3枚はかかっているので、技術料を抜きにしても金貨4枚はもらわないと厳しいのですが。
「ふむ。でしたら仕方ありません。少年、いくらなら払えますか?」
「今持ってるのが大銅貨4枚。お母さんに来月のお小遣いを貰えば、大銅貨5枚……」
しょぼんとしながら答える少年。
子供であればそのくらいが普通なのですかね?
衣類は全て無理ですね。普通の古着ですら最低銀貨10枚から。うちの衣類は天啓降りるまま好きに作ったので素材が高くついてしまい、金貨1枚からしますので。
大銅貨5枚で買える、女の子に喜ばれるようなもの……。
はて、と頭を悩ましていると少年が、あっと声を上げた。
少年の目の先にあったのは、棚の上に飾られている勇者人形たちだ。
聖剣を携えた勇者、盾で仲間を守る騎士、索敵に長けた弓師、そして仲間を癒す治癒師、聖女。
勇者パーティー4人の特徴を抑えて作った勇者人形セット。
お値段全員で銀貨5枚……のところだが。
元は服の端切れで作ったものだ。素材そのものは高いが、端切れだけに価値は無いも同然だし。
「あれって勇者様だちだよね!」
「ええそうです。勇者パーティー4人の人形です。
4人セットなら銀貨5枚なのですが、そうですね、1体だけなら大銅貨5枚でお譲りしましょう。女の子なら聖女様が好きなのではありませんか?」
そう声を掛けると、やったあ、と少年は飛び上がり喜んだ。
無邪気に笑顔で喜ばれると、こちらも奮発した甲斐があるというものです。美しい笑顔で私も満足。
「それじゃ、お母さんにお金もらってくるーー!」
少年は走って店の外へと出て行った。
服や人形は、元は呪術師の作成物、身代わり人形を作るにあたって身につけた技術で作ったものだ。
身代わり人形は当人の特徴を抑えた上で、「らしい」雰囲気を出さなければならない。
私はその「らしさ」を出すのはうまかったらしく、そういったセンスがない師匠には羨ましがられたものだ。
裁縫の技術修練は、好きこそものの上手なれというか、瞬く間に上達したのであまり記憶に無い。ただこの店に置いてある服の半数は、当時の修練中に作ったものである。やはりそういった未熟な部分が目立って売れないのだろうか……。
一人軽く気落ちしながらも、少年の帰りを私はにこやかに待っていた。