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あくまの日常  作者: rourou
9/16

08話 その体は便利ですね

「……されないので?」


ラティは非常にわざとらしく目を丸くして、翼の顔を覗き込んだ。

寝る前だからか銀髪を下ろし、先程までは着ていなかった筈のネグリジェに身を包んでいた。薄い布を膨らませる胸元と、太ももをさらけ出す丈の短さ。


「俺をどんな目で見てるんだ……」


そこをちらちらと見ながらも、翼はラティに手を出していなかった。


「性欲過多の救いようの無い大馬鹿、と」


ラティは瞳の奥に意外そうに、どこか不満そうに鬱屈を灯らせていた。

喜び勇んで飛び掛ってくると思っていたのに、その予想を覆された事が不服で仕方がないようだ。

翼は抗議しようかとも思ったが、今のラティならば倍どころか数倍にして返して来そうだと考えて止めた。


「……なんかね、ピリピリしててね」


翼は素直に感じている事をそのまま伝えた。

普通ならば眉をひそめるような言葉であろうが、ラティは即座にその顔を引き締めた。


「――成る程。確認させましょう」


明らかに戦闘に耐えないネグリジェをあっさり脱ぎ捨て、迅速にメイド服を身に付ける。

そして片手を耳に寄せ、通信を始めた。

しばらくやり取りをしていたラティは、満足そうに頷いた後、腕を下ろした。


「流石はツバサ様ですね。真っ直ぐこちらに来ているそうです。野生の獣並みですね」


付き合いの長さから、ラティは翼の勘の鋭さを良く理解していた。こういった時にはまず外れないと言っていい。

だからこそ、強く指示を出して近隣を洗わさせた。そして案の定だった。


「一言多いよいつも……」


翼はやる気を出しながらも、忘れず毒を吐いてくるラティに肩を落とす。

ラティは無感動な顔のままわざとらしく小首を傾げる。


「では二言に致しましょうか?」


ひくりと翼の頬が引き攣った。冗談ではない。


「いや、無しにしてよ」


翼は情けなく眉を垂らしてラティに懇願する。

が、ラティは冷めた目で翼を見下ろすだけだ。


「それは無理です。17年間溜まったものがありますから」


「昔からじゃん!」


溜まったものがあるとはいいつつも、ラティは昔から嬉々として翼をいじめていた。

翼がそう抗議すると、ラティは待っていましたとばかりに頷いた。


「そうでしたね。ではいつも通りということで宜しいでしょう」


結局のところで、どう言われても止める気は無いということだ。

翼は頭を抱えた。






その頃、家の外では吸血鬼が暴れていた。

理性はあるのか周囲には結界を張り巡らせて、次々と魔法を放っている。

だがその結果は芳しくない。


「ぐっ!なんだこれはっ!」


黒木家は硬かった。それこそ本物の要塞の様に。ディーバという吸血鬼が攻撃を仕掛けても、傷一つ残せぬ程に。

その結果に、ディーバは激しくプライドを傷つけられていた。


「これでもかっ!おのれっ、何処までも馬鹿にしおって……!」


火炎、氷、風と、様々な種類の魔法を打ち込む。

だがどれも結果は変わらない。

だがディーバは気付きつつあった。直撃する直前に魔法が弾け、打ち消されるのだ。

ディーバはぎしりと歯を軋ませ、ならばとその守りを根本から解いてやろうと試みる。


「なッ?!」


集中し始めた瞬間、ディーバはがちりと見えない何かに捕まった。

慌てて抜け出そうとする前に、視界がブレた。


「う、おおおおおッ?!」


最初は何が起きているのかはわからなかった。だが次第にとてつも無い速度で運ばれている事に気付く。


「ぐっ!舐めるなぁ!」


それを理解したディーバは、怒りのままに魔力を解き放った。すると拘束は解けた。

ディーバは自らが解いたと信じてやまないが、目的地に到着したから解かれたのだ。

そこはつい先日ブライドが暴れ封じられた公園だった。あの日のように人気の無いそこに、今は二つの影があった。

言うまでもなく、翼とラティだ。


「こんばんは吸血鬼さん。何の用ですか?」


家で暴れるディーバを掴み、ここまで運んで飛んで来たのだ。

力任せに行われたその行動に、ラティは内心では呆れ果てていた。


「悪魔がッ……我ら偉大な支配者に牙を剥いたのは貴様だな!?」


ディーバは自らの力で卑劣な拘束を解いたと考えている。だからこそ、この時点でもう自らの力が翼達より勝っていると確信していた。

元来のプライドに合わせて格下の相手。ディーバが心の底から踏ん反り返るのも仕方がないだろう。


「……吸血鬼ってどれもこれも同じだねぇ」


「それは吸血鬼の方々に失礼ですよ。一部の者だけです」


そんな尊大な態度を完全にスルーして、翼とラティはディーバを意にも介さず話していた。翼は呆れた様子でディーバを見ているが、ラティに至っては見てすらいない。

ピキピキとディーバの額に青筋が浮かんだ。無視される経験など無かったのかもしれない。


「……ブライドをやってつけあがっているようだな。しかし奴程度を倒した程度でこの私――ぉぶぇッ!」


牙を剥き出しにしたディーバが何事か言い切る前に、翼の拳が突き出された。

気負いなく放たれたようなその一撃で、ディーバの顔の上半分が消し飛んだ。


「どうしようかな……」


そんな事が容易くできるのは翼の身に宿る圧倒的なまでの魔力のせいだ。小細工など纏めて圧し潰すような凄まじい魔力に支えられる翼は、吸血鬼の身体など容易く肉片に変えてしまう。


「送還が一番でしょう。が、ツバサ様のお好きなように。許可はありますので」


ラティには、いや、他の誰にも真似のできない偉業だ。それを目にするラティは、慣れたものなのか驚きもしない。

うーんと翼が悩んでいると、顔を半分吹き飛ばされながらも蘇生を果たしたディーバが悪鬼の形相で唸る。


「……ギッ、様ぁ!私のか、顔をッ!ぶぐっ!?」


今度は光の帯がディーバに取り付いた。


「……ま、練習になるか」


それが封印であると気が付いたディーバは、慌てて解呪しようと抵抗を始める。

そして気が付いた。

封印はお世辞にも上等なものではなかった。むしろ粗末であると言えるだろう。その作りは。

だが込められている魔力はあり得ないものだった。

お粗末な封印なのに、解けない。


「なッ――?!おおおおおおッ?!」


こんな馬鹿みたいな魔力を込める前に魔法を見直した方が何万倍も効率が良いだろう。そんな封印魔法が次々に重ねられていく。


例えて言うならば包装だ。

結び目が見えずとも、糸が、魔力が弱ければ引き千切ればいい。結び目が見えるならばすぐに解けばいい。

翼の封印は結び目の丸出しの包装だ。悩むまでも無く簡単に解けるように見える。

が、手を伸ばしてみて初めて分かる。その結び目が硬すぎる。その糸も。ハサミを持ってしても切れないのではないかと思えるほどに、糸そのものが硬い。


ディーバは瞬く間に光の帯に包み込まれていった。


「――練習。まさか、ツバサ様がそのような前向きな事を成されるとは……!」


ラティは無感動な顔のまま、声だけは感激したものを出すという器用な事をし始めた。

見るからに煽る気が満々である。


「おいい!俺こう見えても成績いいよ!?」


ピキキと来た煽り耐性の無い翼は、懲りずにラティに牙を剥いた。

学校の成績を持ち出し、余りに心外な言葉を否定しようとする。


ラティは頷いた。彼女は既に翼の学業成績を入手していたのだ。


「はい。存じております。知識だけは集められているようで。しかし知恵には繋がらないのですか?少しでも普段の行動にその無駄に溜め込んだ知識を使って頂けると宜しいのですが」


成績が良ければ良いで、格好の叩き台にしかならない。悪ければもっと良かったのに、と不穏な事を考えるラティは、今日も今日とて絶好調だ。灰色の17年分の期間を埋めるが如く貶し回す。


「そこまで言われるような事したかおい?!」


力任せの根本作業を続けながら、翼は集中などしていられずにラティに叫ぶ。

ラティの目がすうっと細くなった。


「――淫獣」


小さな声なのに、良く通る声だった。


「私の身体を舐めるように見るどころか実際に舐め――」


先日その身に受けた変態的行動を取り出し、ラティは翼に絡んでいく。

普通の女の子ならドン引きものだ。ラティも実際引いた。引いたが、愛が勝っただけだ。


「おおおおおおいいい!!」


力んだ結果、ディーバを包む包装が『く』の字に折れた。中は既に見えなくなっているが、見るまでもないだろう。外見通りに中も折れている筈だ。


「……挙句の果てにあの様な行為まで。私のこの身体はたった二日で穢され切ってしまいました」


ラティは無感動な顔のまま涙を一筋だけ溢れさせ、そっとスカートで隠されたお尻を抱えた。

言動だけ見れば悲しんでいるようにしか見えないが、その瞳の奥には翼の反応を愉しんでいるような光が灯っていた。


「いいって言ったじゃん!?ラティがしてもいいって言ったじゃん!!」


ディーバを包む包装の中から何かが折れる音が消えてきた。

だが翼もラティも気付きもしない。正確に言えばラティは気付いたが、気にする必要は無いと無視を決め込んだだけだ。吸血鬼は頑丈なのだ。


「前後不覚に陥るまで貶めてから執拗に強要されました。断ればまた、あの行為を続けた事は明白です」


故にラティは顔を変えぬまま泣き崩れ、可愛らしい乙女声で独白する。


「ぬぐっ!……いや、でも最初に!何でもするって!」


心当たりのあり過ぎる翼は痛い所を突かれたと震えるが、すぐに言質を取っていた筈だと叫び返す。


「あそこまで変態だったとは露ほども思っておりませんでしたので。まさか入れて出して終わりでは無いなど想像もしませんでした。乙女に対する気遣いも足りませんね」


「ぐぐぐ……!」


滅茶苦茶悦んでたじゃねえか。そう言いたいが、どうせまた『強要された』と言われるだけだろう。もしかすると肯定した挙句、諸共に地獄に落ちようとするかもしれない。

いや、この女はする。絶対にする。翼が泥にまみれるならば自らが泥にまみれる事を厭わない性格だ。

一体いつからラティはこうなってしまっていたのだと、翼は苦悩し始めた。……割と初めからそうだった気がした。


「ところでツバサ様」


思い出してしまった衝撃の事実に翼が震えていると、ラティが水を差した。


「ん?……あ」


ラティの視線を追って翼は気が付いた。頭を悩ませていた翼の思考と同じように、ねじくれた包装があった。

中は見たくはなかった。


「生きていますね。流石は吸血鬼。こうなってもまだ死なないとは」


雑巾のように絞られながらも生きているなど吸血鬼の鑑である。死んだ方がマシだったのかもしれないが


「では送りましょうか」


ラティは一応包装を直し、どこぞに転移させた。

ラブコメの中にこそっと

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