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あくまの日常  作者: rourou
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06話 楽しまれたようで何よりです

何故か朝から異様にテンションの高い母親と無感動なラティから逃げ出した翼は、学校で心の疲れを癒した。


「やっと飯だ~!腹減ったぁ!」


昼休みになると、源は弁当箱を持って翼の席にやって来た。

翼も弁当箱を取り出し、すきっ腹を満たそうと封を開けていく。


「っし!頂きま――――」


弁当箱を開けた瞬間、翼は残像も残さず蓋を閉めた。


「おい、どうした?」


突然虚ろな目をした翼に、源が眉を顰めた。

翼は二度三度と深呼吸を繰り返し、幻でも見たのだろうと現実逃避をし始めた。


「……何でもない。疲れてるのかな……ふふ」


「……?」


硬く閉じられた弁当箱。

それを掴む翼の手はカタカタと震えていた。


「ふぅ」


翼は虚ろな目をして、幻だ幻だと心の中で念じながら、禁断の蓋を再び開いた。


「――ッ?!」


幻では無かった。

そこにあったのは、デカデカとハートが描かれたお弁当。

それを見た翼の目が死んだ。


「は、ハートだとぉ?!そ、そ、そそそそそそそそそれはまさかぁ!まさか貴様ぁぁあっ?!」


源はガタッ!と立ち上がり、翼の弁当袋を掻っ攫うと鼻を突っ込んだ。

すんすんと鼻を鳴らすと、布に微かに染み込んだ甘い異性の匂いを感じ取った。


「――――女の匂いがする」


源は戦慄と共に呻いた。


「お前は何者だ?!」


犬並みの嗅覚を発揮した源の変態的ポテンシャルの高さかに、翼は愕然と震えた。


「見せつけてるつもりか貴様ああああッ!?愛妻弁当か!?愛妻なんだろう?!このスケコマシ野郎があああああああッ!!」


源は翼の胸倉を引っ掴み、号泣しながらガクガクと揺すり始めた。

その叫びを聞いたクラスメイトの視線が集まり、開かれた翼の弁当を捉える。


「嘘?!どれどれ!?」


「ほら、あれ!」


「うわ!すっごい!」


女子達は興味津々の顔でキラキラと瞳を輝かせる。


「ば、馬鹿……!何故あの馬鹿がっ!」


「じょ、冗談だろう?ちょっと小粋なチェリージョークだろ?はははは」


男子達は現実を認められず、翼のジョークだと笑いに変えようとする。


「も、勿論――」


翼が慌ててそれに乗ろうとするも。


「嘘だッッ!分かる!俺には分かるぞ!いつも見ている俺には分かる!おばさんの作ってる奴とは違う!それに、それにーーこの匂いが動かぬ証拠だァッ!!」


源は泣き叫び、翼の弁当に埋め込まんばかりに顔を寄せて鼻を鳴らす。

食材の匂いの中に、嗅いだ事のない甘い匂いを確かに感じ取った。


「……ば、馬鹿な……!」


翼の弁当袋が男たちの手を渡る。

選ばれし変態達はその弁当袋から確かに異性の波動を感じ取り始めた。


「……あ、甘い。甘いぞぉ……いい匂いだぁ……うへへ」


裕二君に至っては、違う世界にトリップしてしまう程だ。感じ過ぎである。


「ああ!裕二が!?正気に戻れ!」


「お、お前ら何者だ!?」


そんな匂いなど欠片も感じ取れなかった翼は戦慄を隠せない。

悪魔どころではない。こいつらは翼の知らないまた別の何かだ。


「……貴様が捨て去ったモノを抱え持つ選ばれし男達だ……ッ!」


選ばれし変態達は血涙を流し、裏切り者を睨み付ける。


「キモッ」


女子の中の一人、日波明日香は変態達を見て端的に感想を漏らした。

間違い無く女子達の総意である。


「う、うるせぇ!この哀しみが分からねぇ奴らは黙ってろぃ!……翼ぁ、貴様に天誅を食らわせてやるぅ……」


源は女子達に唾を吐くと、ねっとりした危ない笑いを浮かべながら、ふらりと翼に視線を向ける。


「ま、まさか」


嫌な予感を覚えた翼は、思わず弁当箱を抱え込んだ。


「あれを奪えぇ!奴に喰わせるなぁ!」


源の血の号令と共に、変態達がギラつく瞳を弁当箱に向ける。一瞬後には醜い男共の蹂躙が始まるだろう。


「待てッ!!」


だが機先を制する様に、力強い声がその危険な空気を吹き飛ばした。

水を差された変態共が忌々しげに邪魔者を睨み付けるが、その瞬間変態共は太陽を直視したかのように怯んだ。


「ううッ?!このイケメンオーラ!貴様は学年一のモテ男、仁!何故貴様がここに居るッ?!」


そこには、二つ隣のクラスに居る学年一のハンサム、仁が立っていた。

並み居る嫉妬に狂う男たちをたった一人のイケメンオーラで圧倒し、王者の様に君臨していた。


「そんなことはどうだっていい。しかし君達、考えてみるんだ。あのお弁当は、か弱き乙女が心を込めて作り上げたお弁当だ。君達はその想いを無下に出来るのかッ?!」


仁は心までもイケメンなのだ。

イケメンのイケメンによるイケメンっぽい声に、変態共の心が挫かれていく。


「――ううっ!?」


嫉妬に狂った男たちは、翼を不幸にする事しか考えていなかった。

その代償に、あのお弁当を作った女性を不幸にしてしまう。そんな余りに単純な事に今更気づいたのだ。


「あの素敵なお弁当を作った子はどんな想いを込めて早起きして作ったのか。彼に、食べてもらう為だよ。その事をよく考えるんだ!」


「……クッ!!」


イケメンの威光と、女性を不幸にするという事実に、変態共は、源はがくりと膝をついた。


「リーダー!」


いつのまにかリーダー呼ばわりされている源。誰よりも嫉妬に狂った男が怯んだ事により、変態共に動揺が走る。

源は強く床を叩き、男泣きを始める。


「で、出来ない……!俺には出来ない!奴に食わせたくは、ない。でも見知らぬ女の子のそんな想いを……!俺には……!」


折れた。男たちを引っ張っていた源が折れてしまった。他の変態達にはリーダーを失って戦う気概はない。


「分かって、くれたようだね……」


イケメン仁は変態共を鎮圧し、去っていった。一体何のために現れたのだろうか。


「俺が、悪かった。……すまねぇ翼。どうかしてたんだ……」


源はハラハラと涙を流しながら翼に許しを乞うた。


「……いや、いいんだ。誰にも間違いはあるんだ……」


何となく許さざるを得ない雰囲気に押された翼は、源の肩に手を置き頷いた。

源は涙で濡れる顔を上げた。


「すまねぇな親友。――ところでその弁当箱はいつも通りの奴なんだが」


そして、ふと気付いてはならぬ事に気が付いた。

何故いつもの弁当箱に母親ではない女性が詰めたのか。


「ああ。母さんが作ったと思ったんだけど……。ラティの奴弁当まで作ってたなんて……」


何となく良い雰囲気だった翼は口を滑らせた。


「……ラティ?……まで?…………お前、今日の朝、誰の料理喰った?その、ラティちゃんのか?外人?外人だよな?何で朝から料理を?…………同棲?」


改心して綺麗な瞳になっていた源の瞳が黒く濁る。へどろのようにねっとりと粘つき、ぐるぐると回り始める。

僅かな情報から素晴らしい速度で連想ゲームを始めた源は至った。

だいたい正解だった。正解だったが、それを正解だと知る前に源は動いた。


「きゃあああああああっ!!!」


源は突然乙女の様な声で叫び、翼の頬をぱちーんっ!と叩いた。


「へぶぅ!?」


突然の攻撃に、翼は直撃を許す。

もんどり打って倒れ込む翼。

だが直撃を受けた翼よりも、源の方がダメージは大きかった。叩いたのは最後の力だったのだろうか。彼はそのまま大の字に倒れこんだ。嫉妬の余りに気を失ったのだ。


「リーダー!リーダー!気を確かに!死んじゃ駄目だあ!」


「お前の血は何色だあああああッ!?」


復活した変態共が燃え尽きた源を囲み、血涙を流して叫ぶ。

また再びヒートアップした変態共。しかし今回はイケメンは現れなかった。


「ち、違う!ほ、ホームステイ!ホームステイなんだ!」


苦肉の索として、翼は出まかせを口にした。間違いなく同棲状態だが、考えてみればこの言い訳は中々良い逃げ道ではなかろうか。

源は翼の嘘に希望を見つけ、虫の息ながらも微かに意識を取り戻した。


「ホームステイ……?な、なら何故弁当を……?」


早速次の問題に突き当たった。

ホームステイしているだけの子が何故弁当などを作ると言うのか。


「べ、勉強だそうだ!日本の料理を覚えたくて!母さんに習っている!」


これは完全な嘘では無いだろう。昔ならいざ知らず、今のラティは料理は出来る。だが母親から家の味を習っている事は本当なのだから。


「そうなのか……?ならこのハートは……」


だが源も中々に信じない。

あのハートマークを見れば仕方ないだろう。ラティはあの無感動な顔のまま、確かに愛は込めたのだ。


「母さんが悪乗りしたんだよ!」


翼は嘘に嘘を重ねていく。

朝出る時に母親のテンションが高かった理由に今更思い当たったのだ。

ラティに弁当袋を渡された時に、何故気付かなかったのか。知っていれば一人で便所飯をしていたのに。


「そうか……そうか。良かった……俺は、お前を殺さなくても良いんだな……」


源は途轍もなく恐ろしい事をほざきながら、辛うじて復活を果たした。


「しかし外国の女の子の手料理……!俺にも紹介しろよ!」


復活して早々、源は早速気持ち悪い顔で翼に詰め寄った。源だけではない。外人の女の子という心ときめくワードに、周りの男共の目もギラついている。

また新たな危機に陥る翼。


「ま、待て!落ち着け!あいつは来たばかりで慣れていない。だからまずは時間が必要だろう。いきなり詰め寄られて変な事を覚えさせてしまったら悪いだろう!?」


ラティに合わせれば、彼女は嬉々として翼に擦り寄って来るだろう。翼が不幸になるならば、ラティは身を削ってでもイチャイチャ空間を作り上げる事に尽力する筈だ。

断固として合わせる訳にはいかない。


「俺が変だと言うのか……!」


源は心外だと屈辱に顔を染めた。


「変よ」


日波明日香は女子達の意見を代表して、即座に突っ込んだ。


「変だと思うよ」


おかしな雰囲気を察したのか、いつの間にか帰って来ていた仁も頷いた。そして周りの変態共も、流石にこれは間違い無いと頷く。


「外野は黙ってろ!こいつだって十分変だろう!?」


あっという間に孤立した源は、不利を悟って悪足掻き気味に翼も引きずり込もうとする。


「変だけど。あんたよりはマシよね」


日波明日香は頷きつつも、源よりはマシだと断言した。


「変なのが近くに二人も居たら取り返しつかない事になるじゃない」


また別の女子も、頷きながら見ず知らずのラティを守る。


「馬鹿な――ッ!!」


周囲を見回した源は、周りに1人も仲間がいない事を理解して絶望に震える。

軽くアヘ顔で涎まで垂らしてほぼ逝きかけている気持ち悪い源に、翼が落ち着かせる様に説得を続ける。


「まあ落ち着け源。合わせないとは言っていないんだ。少しだけ待ってくれ。な、親友?」


源は再び周囲を見回し、苦しげに歯軋りした後涎を拭った。


「…………分かった。だけどな!絶対だぞ!」


源は強く念を押し、涎で濡れた手を翼に伸ばした。


「勿論さ!」


翼は汚いその手を撃ち落としながら、力強く頷いた。

当然ながら、合わせる気は毛頭なかった。

よくあるギャグですいませぬ!

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