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あくまの日常  作者: rourou
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05話 これも私です

将来の嫁子を存分に持て囃す恐ろしい夜会を耐え切った翼は、ようやく自室に逃げ込んだ。

帰宅時は混乱して色々と物申したが、やはり自分の家具があると言うのは落ち着くものであった。例え部屋とのバランスが悪くとも。そして部屋の中にラティが居ようとも。


「そうですか。ご苦労様です。ええ、ではまた何かあれば」


ラティは片手を耳に当て、どこかと連絡を取っていた。それが終わるのを確認した翼は早速問い掛ける。


「どうだった?」


「問題無く届いたそうです。あちらで教育して頂けると」


ブライドとか言う吸血鬼の事だ。無事にあちらに送られたらしい。梱包を解くのには苦労するだろうが、吸血鬼なのだから二日三日そのままでも問題は無いだろう。


「そっか。もう一個の方は?」


だから問題はそちらではない。


「そちらも問題無く。可能ならば生かしていて欲しいそうですが、滅ぼすのも止むなしと」


馬鹿もは言えども吸血鬼を倒したのだ。

プライドだけは高い吸血鬼がまた来ないとも限らない。というより恐らくはくるだろう。悪魔に負けたと聞けば、先のブライドのような奴らが来る可能性は高い。


「正直そっちの方が楽だねぇ」


だが、表立ってぶちのめす許可は得られた。

それならば問題は無い。


「確かにそうでしょう。苦労して築き上げた協定とそれを壊しかね無い新米の吸血鬼。取るのは前者でしょうね」


許可が得られる事は想定済みだ。ラティが言う通りに、協定が失われて戦争になればどうなるか。それはプライドだけでなく、知恵もある者ならば容易く想像が付くことだ。


「しかし今回の事から、勘違いした奴らが来るかもしれませんね」


「……」


ラティはその言葉とは対照的に、来ることを確信しているような口ぶりだった。

翼もその可能性は高いとみている。

翼が狙われた場合は問題が無いだろう。ラティが狙われても同様だ。

プライドの高い奴等だけに無いとは思うが、家族が狙われたら。それこそが懸念している事である。


「お母様とお父様は抜かりなく。招かれても家には入れません」


だがその不安はラティが潰していた。

まずこの家の要塞化。そして悪魔を知るだけに、二人にはそういった事に理解があった。

吸血鬼は招かれ無ければ家には入れないし、母親は夜には決して出歩かないように伝えてある。父親にもラティが手を回し、愉快な仕掛けを施した。


「良かった。なら後は……」


翼は見るからに安堵した。


「はい。暫くは警戒を強めます。来るならば潰しましょう。何の問題も無く力を振るえます」


ラティは内心満足気にその顔を見つめながら、無感動な顔で頷いた。


「うっし!」


狙うならば出向いてやる。そして潰してやる。実に簡単な事だ。

翼は好戦的に笑った。


「……しかし」


戦いの雰囲気に昂りを見せる翼を見て、こっそり胸をときめかせるラティは、そんな素振りは微塵も見せずに首を傾げた。


「私が居ない間に、よくぞおかしな事にならなかったものですね」


今回はラティが居たから迅速に手回しを済ませた。

しかし翼一人の時はどうだっただろうか。悪魔であるにも関わらず身分を隠して、誰にも見つからずにいたのだ。

こんな対応が出来ようはずが無い。


「基本平和だったしなぁ」


翼は呑気に呟くだけだった。


「平和は素晴らしいものです。が、今回のように何かがあってもおかしくはありませんね?」


だがラティは意味ありげな口調で話しを続ける。


「……ははは」


ギクリと翼は内心で動揺した。なんとか顔に出すことは隠したが、頬を一筋の汗が流れる。

ラティは翼の前以外では滅多に変えない無感動な顔を、笑みの形にした。


「ああ、ところで、ですが。以前に悪魔が捕らえようと追っていた危険な者がこの地に逃げ込んだことがありましたね。ところが何故か突然反応が消えたそうです。それも何度も。とても不思議ですね?そう思いませんか、ツバサ様?」


そんな価値がある事とは知らない笑みから目を逸らし、翼は視線を彷徨わせた。だが横顔に突き刺さる視線に根負けして、恐る恐る呟く。


「……やったの危なそうな奴だけだよ?俺ってバレないようにしたし。普段はちゃんと隠れて……。ほら、今まで見つからなかった――」


「ツバサ様」


ラティは満面の笑みを浮かべた。


「……はい」


翼は条件反射で迅速に正座した。

ニコニコという形容詞が良く似合うラティの顔から必死に目を逸らし、その笑顔の奥に燃え盛る炎を見ないようにする。

親しい人しか分からないだろうが、ラティは怒っていた。


「悪魔に限らず他種族皆が手を取り合い必死に作り上げた協定をどのように考えておいでで?バレ無ければ破っても良いなどと言う幼稚な考えが本心な訳がありませんよね?ええ、その事だけは私にも分かっております。しかし申し訳ございません。浅はかな私にはツバサ様の崇高なお考えは理解できません。非常に申し訳ございませんが、この私めにも分かるように分かりやすく、簡単に噛み砕いて教えて頂きたいのですが。ええ、勿論バレ無ければ良いなどと言う建前は必要ありませんので。どうかこのラティヴィアにだけは教えて頂けると。当然ながら他の方には誓って口に致しません。ああ、ご安心下さい。この部屋にはしっかりと特別製の結界は貼ってあります。ここにはツバサ様も私だけです。どれほど大声を出そうとも暴れようとも他には漏れません。ええ、ええ、例え私が本気で暴れたとしても二分は保つでしょうとも。――さ、ツバサ様?偉大な先人が血と涙で作り上げた協定をどうお考えでしょうか?さっさとほざきやがって下さいませ」


この日も長い長い説教が始まった。






「分かりましたか、ツバサ様」


水を得た魚の如く、延々と喋り続けたラティは、この日も時間で切り上げる事になりそうだった。

まだまだ17年分には事足りないが、時間は幾らでもあるのだ。


「ハイ、ワカリマシタ」


頷くだけの人形となった翼は、カクカクと頷く。


「それは宜しい事で。今後、もし何かあったらすぐに私にお伝え下さい。ツバサ様が考えない事はよく分かっておりますので。そちらは私が何とか致しますとも」


「ハイ、ワカリマシタ」


要所要所で貶されても、逆らう気力は無かった。逆らうと倍になって帰ってくることはよく分かっている。

嵐が過ぎるまでは粛々と反省した態度を取るしかないのだ。


「では今日はこれくらいにしましょう。明日も早いですからね」


「はぁぁ……」


ラティが終わりを告げると、翼はようやく人形から人に戻った。

説教し続けたラティよりも、明らかに疲れ果てている。

だがラティはその様子を見て、反省していないと捉えた。


「ところでツバサ様。これはなんでしょうか?」


ラティはおもむろにDVDを取り出した。

それを見て翼の目が見開かれる。

見覚えはあった。当然だろう。翼が持っているあはーんでうふーんな桃色DVDなのだから。


「………………でぃ、DVD…………」


サーっと翼の顔から血の気が引き、みるみる呼吸が荒くなる。


「はい。そうですね。卑猥なDVDです」


ラティは良く出来ました、と頷くと、片手でバキッとDVDをへし折った。


「ああああああっ!!」


床に落ちた残骸を前に、翼は泣いた。本気で泣いた。

男子の希望を打ち砕いた女悪魔は、無感動ながらもどこか清々しそうな雰囲気を溢れさせていた。


「本物があれば良いでしょう。これの通りに、して差し上げますとも」


男泣きに泣く翼の前に膝を付き、優しく肩に手を置いて、耳元で囁きかける。


「――――ッ!!」


悲しいかな男の子の翼が顔をあげると、ラティはメイド服から白い肩を覗かせていた。

ゴクリと生唾を飲み、その白い肌を、肩紐を見つめるちょろい翼。


なんでも(・・・・)、して差し上げますよ」


止めのように囁くと、ラティは翼を押し倒した。腹の上に跨り、ペロリと唇を舐めるラティを見ると、翼は溢れ出る色気から必死に目を逸らした。


「……普段から、もうちょっと優しくして欲しいかな~……なんて」


軽口を叩くと、ラティはにこっと笑った。


「ツバサ様が普段から、もうちょっとお脳を使って頂けるのなら、今からにでも」


するするとメイド服を落としていくラティ。


「…………」


耳に痛い事を言われた翼だが、ラティの声は既に届いていなかった。

溢れ出た大きな二つの塊に目を囚われた翼を見下ろし、ラティはしな垂れかかった。


「ふふ。――んっ」


唇が重なる。

後はもうハッスルしたとだけ。






「おはようございます。朝ですよツバサ様」


疲れを微塵も見せぬ様子のラティが、今朝も翼を揺すり起こす。


「……おふぁよ……」


布団の中で丸まったまま、翼は怪しい返事をあげる。


「さあお早く。朝食は出来ていますよ」


ラティは丸まる翼を発掘しながら、しつこく寝ようとする翼を揺すり続ける。


「うーい……」


朝日が翼の顔を焼く。だが翼は寝汚くも硬く目を閉じる。


「今朝は私が作りました。きっとご満足頂けるかと」


だがラティも諦めない。優しい手つきながらも完全に布団を引っぺがし、守るものを奪っていく。


「うう……」


枕に顔を埋めようとする翼の肩を掴み逃亡を阻止する。


「……ツバサ様。早く動きませんと凄い事になりますよ?」


「……起きてるし?起きてる起きてる。ちょー起きてるぅ……」


翼は条件反射で返事をするが、覚醒していないことは明白だった。


「……」


ラティはしばらく無感動な瞳で翼を見下ろしていたが、そっと瞳を閉じ顔を寄せた。

翼はその感触に、まず薄眼を開いた。そして視界いっぱいに広がるラティの顔に気づき、目を見開いた。

するとすぐ様ラティの顔は離れていく。


「おはようございます。早くしなければ冷めてしまいますからね」


ラティは翼が起きた事を確認すると、表情一つ変えずに退出した。


「……キャラ違うじゃん」


翼は思わず、その背中に呟いた。






「ううん美味い!ラティさんは料理も上手いんだね!」


朝から翼はアウェイだった。

それもその筈、朝からラティが作った料理が並んだのだ。昨晩あんなにしたのに勤勉な事である。


「お母様にご教授頂けたおかげでございます」


父親の賞賛を受けたラティは、すぐ様母親を持ち上げる。


「あらあら謙遜しちゃって。教える事なんてな~んにも無かったわよ?」


ラティは見事な立ち回りで、僅か数日で黒木家に確固たる地位を築き上げていた。


「いいえ。黒木家の味と言うものを教えて頂けました。まだまだでございますが、これからもよろしくお願い致します」


よく働き、献身的で、控えめの美人嫁。

両親のドリームは暫く冷める事は無いだろう。


「こちらこそ翼をお願いね?貴女みたいなしっかりした子が居てくれるなら安心だわぁ」


恐ろしいこの空間から抜け出そうと、翼は火の粉が飛んでくる前にと飯をかっ食らう。

はっきり言って美味しかった。あの頃の自分に食べさせてやりたいくらいだった。


「お任せ下さいお母様。――ツバサ様。ご飯粒が。全く仕方のない方ですね」


ラティは両親と談笑しながらも、翼から注意を逸らさない。頬にご飯粒がついた瞬間、早業で指で掬い取り咥える。


「い、言ってくれれば取るよ!」


翼もご飯粒がついたのは気付いた。だが反応する前に掻っ攫われた。これでは駄目な男そのものではないか。


「翼ったら本当にもう……」


案の定、母親は嘆かわしいものを見る態度でため息をつく。

それからもラティは、粗を探しては逐一翼の世話を焼いていった。


「俺たちも若い頃を思い出すなぁ。母さん」


「ええ、本当」


その様子を見て、両親もかつてを思い出したのか、遠い目を浮かべる。


「もっとよく噛んで。体で覚えましょう」


粗が無ければ作りだすとばかりに、逃げ出したい翼に絡みに来るラティ。


「……わかってるって」


「話すときは飲み込んでからですよ。それに、分かってないから言っているのです。全く、駄目な方ですね」


ラティの罵倒が聞こえても、正論だとばかりに両親は頷いた。

翼は脱力しかけるが、しかしラティの瞳の奥の奥に、楽しそうな色を見て、抵抗を諦めた。

キャラ崩壊が早い

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