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あくまの日常  作者: rourou
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02話 まさしく野獣でした

私は正直者

翼の部屋。実に普通の一軒家にある、八畳の部屋。そこで長い長い長い説教が行われた。


「――さて、今日はこのくらいにしておきましょうか」


ちらりと時計を見たラティは、まだまだ言い足りないという様子を隠すことも無く、中断を告げた。


「……はい」


その時には、既に翼の目は死んでいたが。

ふらふらと正座を崩す翼を見ていたラティは、微かに顔を伏せた。


「…………ツバサ様」


先程までの様子とは全く違った、不安に揺れる声だった。


「私は、不要ですか?」


翼とラティとは長い付き合いだ。そんな長い関係の中で、初めて見るラティの様子に翼は息を呑んだ。


「――いや、違う。違うんだよ、ラティ」


翼は慌てて身を乗り出した。

いつもどこか冷たく済ました様子のラティが、今は怯える少女の様だった。


「確かに私は充てがわれた(・・・・・・)だけの女です。しかし、不要であるならばはっきりとそう仰って――」


「違う!……ラティの事を、考えて……」


翼はラティを遮った。

確かに初めはラティの言う通りに、無理矢理付けられたようなものだった。

しかし共に過ごすうち、彼女の毒舌が花開いていった。きっと打ち解けたということなのだろうと思っていた。

はっきり言えば、色々と悩まさせられながらも楽しかったと言える。

だが、ある日ふと考えたのだ。楽しいのは自分だけではないのだろうかと。

無理矢理付けられたのは彼女の方だったのたでは無いかと。彼女には彼女の幸せがあるのではないかと。

だから翼はあの時、誰にも言わずに消えた。


「その結果が、これですか。ツバサ様。グラン様が消えたとき、私は何と思ったと思いますか?」


ラティは顔を持ち上げた。

彼女は、涙を流していた。

彼女は泣いたまま、くしゃっと笑みのような顔を浮かべた。


「『捨てられた』と、思いました」


小さく鋭いその声は、胸が張り裂けそうな声だった。


「――ッ」


翼は動揺に瞳を揺らし、息を呑んだ。


「確かに私は充てがわれただけの女です。ですが、グラン様と共にある生活は、とても、とても楽しかった」


楽しかったのだ。翼だけではなくラティも。

普段とはかけ離れた彼女の感情に揺れる声を聞けば、そう理解せざるをえなかった。


「でもグラン様は違った。私はそう思いました」


かつてはグランとして生きていた翼。その頃は、悩みの種そのものであり、しかし心から楽しめる時間でもあった。


「ラティヴィア」


ラティは止まらなかった。

蓋をしていた何かを取り払ったような、ありのままの彼女の声が、涙交じりに紡がれる。


「私はこの17年間、血眼になってグラン様を探しました。捨てられても、最後にせめて一目だけでも見たいと。そう思って、必死に探しました」


だから翼には何も言えなかった。

全てを聞くまでは、翼には何も言うことは出来ないと理解したから。

捨てられたと思っていた彼女の心を受け止めなければならない。それが黙って消えたツケなのだ。


「見つけたら、それだけで諦めようと思っていたんです。きっと諦められると。――でも、無理でした。グラン様を見たら、気付けば私は……」


ラティはまた深く俯いた。

翼は思い出す。


『どこをほっつき歩いているのですか、グラン様?さあ帰りますよ』


再開したのはつい先程の話だ。

本当に久しぶりに出会ったのに、ラティはいつも通りだった。だから翼もいつも通りに反応した。

いつも通りに説教されながらも吸血鬼をぶっ飛ばす事を説明し、いつも通り罵倒しながら彼女はついてきた。


「諦められなかった。……ですが、言って頂ければ……きっと、私は……諦められます……」


ふらりと、ラティは顔を持ち上げた。

悲壮な決意が痛いほど感じられる。それでも不安に揺れていた。

先程までの怒りは、これを隠すためのものでしか無かったのだ。怒っていなければとても耐えられなかったのだ。


「ラティヴィア」


翼はラティの肩を掴んだ。

ビクリと怯えるように震える彼女の肩を強く握り、翼は不安に揺れる彼女の瞳を見つめた。


「俺は、ラティヴィアを、解放したくて……。俺もさ、楽しかったよ。でも、俺だけなんだって思って……怖くて、逃げたんだ……。嫌々付いてきてくれてるんだって思ってさ……」


ラティは泣きながら、無理矢理に笑った。


「嫌々付き従う女が、そんな相手を探すと思いますか?」


「……ううん」


翼はラティの涙を指で掬いながら首を振る。


「その通りです。馬鹿でお人好しで間抜けな主様……ずっと、お慕いしておりました。叶うならば、生涯お側において下さい」


ラティはされるがままに頬を撫でられながら、頬を薄く染めて囁いた。

翼の顔はラティとは比べ物にならないくらいに赤く染まった。

だが翼は息を吸い込み、目を逸らそうとする心をねじ伏せた。


「……こっちからも、お願いします。いや、えっと……嫌じゃなければ、ずっと一緒にいて欲しいんだ。ラティヴィア」


男の度胸の見せ場である。

翼はどもりながらも、ラティの目を見て言い切った。


「はい。喜んで」


ラティは心の底から輝く顔で頷いた。

そしてじっと翼の顔を見上げる。

気恥ずかしさに翼が顔を逸らそうとすると、ラティがまた困った様な雰囲気を纏わせた。


「グラン様――いえ、今はツバサ様、ですね」


「そうだね。暫くはね」


今は翼だ。少なくとも、この身体が人としての生を終えるまでは、グランに戻るつもりはない。

ラティは済ました顔を作り上げ、駄目な生徒にものを教える教師のような声をあげる。


「ツバサ様は助平の癖に鈍いですね。こういう時は抱き締めて、キスをするものですよ」


翼は内心でガッツポーズを決めた。

ラティの許しを得た翼は、言われた通りに彼女の細い身体を抱き締めた。細く見えるのに、出るところはしっかりでている素晴らしい感触が広がる。特に胸に当たるふくよかな塊は最高だった。

そして、目を閉じ顎を持ち上げ、その時を待つラティの柔らかな唇を奪った。

触れるだけのものだったが、それでも顔が離れると、ラティは幸せそうな吐息を零す。


「次は?」


「……ツバサ様は変態ですね。勿論――」


悪魔なのに、翼はビーストになった。

今までとは全く違う姿を見せるラティは、はっきり言って最高だった。






「おはようございますツバサ様」


朝のまどろみの中。

実に久しぶりに、目覚ましの前に翼は目を覚ました。いつも割と酷いことを口にするラティは、実は優しく揺り起こしてくれる。これも久しぶりの感覚だった。


「……おはよ、ラティ」


翼は気付かねばならぬことに気づかなかった。寝ぼけているのが大きいが、かつては毎朝こうしていたという習慣のせいだろう。


「朝食は出来ています。早くしなければ遅刻ですよ」


言葉を返しても翼が起きたわけでは無い。その事をよく理解するラティは、優しくも執拗に翼を揺する。

その声色はすっかりいつも通りのものだった。


「うーい…………はッ?!」


仕方なく二度寝を諦めて起きようかと決めた時、翼はようやく気が付いた。


「な、何故ラティがここにいる?!」


ここは黒木家である。

昨晩確かにこの部屋で話をしたが、朝になれば帰っているものだと思っていた。というかそうであって欲しかった。

この家には、両親がいるのだから。気付かれずに抜け出す事など、ラティには容易い事だろう。


「はて?昨晩、いえ、今朝方まで私に卑猥な事を強いていた方の言葉とは思えませんが」


ラティは早速とばかりに、とんでもない爆弾を放り投げてきた。無感動な顔は、どこか生き生きしているように見えた。


「ッ?!い、いやいや!朝食って!母さんと父さんが!」


テンションに任せてだいぶやらかした事を今更思い出して頭を抱えかけた翼は、しかし話を逸らすことで復活した。


「ああ。もう説明済みだったのですね。心配して損をしました」


「まさか」


ラティの言葉を聞いて、理解するしかなかった。


「はい。ご挨拶はさせて頂きました。将来を誓い合った仲、と」


「うおおおおっ!?」


翼はベッドから転げ落ちた。

朝から心臓が止まりそうだった。


危うくあっち側の小説になるところでした!

セフセフ!

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