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あくまの日常  作者: rourou
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01話 お変わりないようで

銀髪でメイドで毒舌とか大好きなんですよ

不自然に人気の感じられない夜の公園で、若い女が必死になって走っていた。


「だ、誰か!誰かぁ!た、助けてぇ!」


仕事帰りのOLだろう。切羽詰まった声と顔で、背後に怯えながら必死に助けを求めている。

しかし、何故か人の気配は無い。近づいて来る気配すらも感じられない。


「無駄だよ、お嬢さん」


「ヒッ!」


女は一番聞きたくない声を真後ろから聞かされバランスを崩した。

幸いに芝生の上ではあったが、しかし彼女は転んでしまったのだ。

足を止めた結果、疲労と恐怖が一気に彼女に襲い掛かった。

最早逃げる事も叶わず、震えながらじりじりと離れる事しか出来なくなっている。


「鬼ごっこはお終いかな?ではそろそろ……」


尻餅をついたまま後ずさる女に、その男は音も無く歩み寄る。

嬲るような楽しむような残虐な顔で、わざわざゆっくりと彼女に詰め寄っていく。


「あ、ああ……来ない、で……!」


恐怖に歪む彼女の顔を、その男が覗き込んだ。突然近づいてきた顔に、彼女は短く悲鳴をあげ、両手で顔を庇う。

男は腕の隙間から覗き見える彼女の顔をたっぷりと堪能し、そしてニヤリと口を歪めた。


「ああ、何て良い顔だ……。大丈夫ですよ?――すぐに病みつきになりますから」


そこにあったのは人とは思えぬ程に鋭く尖った犬歯。皮を貫き肉にめり込む意志を感じさせる悍ましい牙。

男はそれを見せつけるように口を開き、怯える彼女の両手を掴もうと手を伸ばす。


「ヒィッ――!」


男の瞳が愉悦に染まりきり、可愛らしくも守りを固めようとする彼女の腕を引き剥がそうとした。


「はい、そこまで」


突然だった。

突然掴もうとした腕が無くなった。腕だけではない。その先にあった若い女も消えた。

その代わりとばかりに掛けられたのは若い男の声。


「ッ?!何者だ?!……悪魔?」


鋭い牙を持つ男は俊敏に振り向き、声の元を睨めつけた。そしてすぐに、不快げに顔に皺を浮かべる。

そこに居たのは翼だった。


「あ、た、助けて!助けてぇ!」


そして翼の後ろにはラティが居た。一体どうしたのか、ラティはその細腕で若い女を横抱きにしていた。

若い女はそんな体制にあることも気付かず、目の前に現れた同性の顔に縋り付く。


「はい。お助け致します。ゆっくりお休みなさい。これは、悪い夢ですからね。明日には全て忘れていますよ」


ラティはその無感動な顔を優しく崩し、縋り付く女に微笑みを向けた。

そして彼女の耳元で囁くように呟くと、恐怖に歪んでいた女の瞼がとろりと下がり始める。


「あ……」


そのまま女は意識を失った。

それを見て、この女を襲おうとしていた鋭い牙の男は青筋を浮かべる。


「悪魔風情が!何故食事の邪魔をするか!」


この男は翼を、ラティヴィアを見て悪魔と呼んだ。そしてそれは正しい事だった。翼にはとある事情があるが、彼が悪魔である事には間違いはない。

そして鋭い牙の男は吸血鬼。

好みの女を見つけて食事にありつこうとした矢先に水を差され、明らかに気分を害している。


「ここは俺の縄張りなんだけど」


翼はそんか吸血鬼に向かって、半眼を向ける。


「私のですが?」


が、直後に背後からの掛けられた冷たい声にびくりと身を竦ませる。


「は、はい……」


ペコペコメイドに頭を下げる翼。

いきなり展開された二人だけの世界を見て、吸血鬼は瞳を赤く燃やした。


「縄張りだと?地の底を這うだけの貴様らが!この世界の支配者たるブライドの許可無くこの地を荒らしたというのか!?」


翼を見下した態度を取る吸血鬼ブライド。その顔を見た翼は本気でいっている事を理解し、面倒臭そうにため息を吐く。


「あー……ブライドさん?貴方、協定ってご存知?」


「協定、だと?吸血鬼の風上にもおけぬあの老害共が決めた事など!」


悪魔と吸血鬼の決めた協定。

決して手を取り合う中では無いが、無駄な争いを避ける為に決められたもの。それを不要なものだと断じるブライドを、翼は冷やかに見つめた。

そして、ちらりと背後のラティにしせんを向ける。

ラティは何も言わずともその意味を理解し、頷いた。


「はい。プライドだけの阿呆かと」


表情も変えず、よく通る声でさらりと断じた。

ブライドは、一瞬何を言われたか理解出来なかった。


「――――ッ?!下賎な悪魔の雌がっ!こ、この私にィッ!」


理解した瞬間、ブライドは獰猛な気配を曝す。その身から魔力が溢れ、草が木々が揺れ始める。

だが。

翼は全く気にせず首を傾げた。


「こういう時はどうするんだっけ?」


「な――ッ?!」


迎撃態勢を整えようとすらせず、ブライドを見ようともしない。

ブライドの事などどうでも良いと考えている事がよく理解できる。


「貴方様も阿呆ですね。生かさず殺さず、叩き潰して送り返せば良いのです」


そしてそれはラティも同様だった。

ブライドの事は構いもせずに、無表情ながらも嬉々とした様子で翼を罵倒する。


「殺さずかー。吸血鬼はしぶといからなぁ」


「やり過ぎてはいけませんよ」


ぶるぶると恥辱に震えるブライドを無視して、二人はどこか和気藹々とした雰囲気すら纏う。


「分かってる分かってる」


そしてようやく、翼はぱんっ!と片手の拳を片手の掌にうちつけ、ブライドを視界に捉えた。


「やってみろぉ!このクソ虫共がァッ!!」


その瞬間、ブライドは怒りの限りに魔法を叩き込んだ。


「お――」


大火球が一瞬で翼に着弾。大爆発。そして炎上。

その火力たるや凄まじく、人なら骨すら残っていまいと容易く理解出来る程だ。


「はははッ!次は貴様だァッ!――いや、貴様はこの牙で奴隷に――」


ブライドは翼を燃やし尽くしてなお燃え盛る炎の後ろに立つラティを睨み、その整った容姿を見てベロリと唇を舐める。


「申し訳ありませんが、先約済みです」


全て言い切る前に、ラティはするりと頭を下げて断った。


「そうそう。そこの毒舌女は悲しい事に予約が……いや、貰ってくれない?」


直後に、炎の中から声がした。


「なッ――!?」


五体満足、どころではない。

服に汚れ一つ見当たらない姿の翼が、平気な顔で炎の中から歩み出てきたのだ。

軽口を叩いて肩を竦める翼を、ブライドは呆然と見た。


「……面白い冗談ですね?」


変わりと言ってよいのか。ラティは口元を微かに歪めて、冷えきった声をあげる。


「ヒィ――ッ!?じ、じじじじ冗談ですうっ!ただの冗談です!だ、だからお許しをッ!」


思わず叩いた軽口の結果をようやく理解した翼は、魔法を喰らっても慌てなかった癖に、今更慌て始めた。


「――ふふ」


だがラティがくすりと笑うのを見て、目を見開き、がくりと肩を落とした。

『終わった』のだ。ラティはまだまだ怒りを継続している。そこに油をぶち撒けてしまった。

翼はガタガタ震えながら、ラティに怯えた子犬の様な瞳を向けて許しを乞う。


「こ、このッ!」


それを隙と見たのだろう。ブライドは翼に襲い掛かった。

卑劣にも魔法が通じぬ何かをしているに違いないと。ならば吸血鬼の肉体の力を見せつけてやると。

そう思って繰り出されたブライドの手刀。


「む」


それは実にあっさりと躱され、お返しとばかりに翼は軽く腕を伸ばす。

本当に、軽く伸ばしたようにみえた。


「ぐお!?」


だがその腕は呆気なくブライドの腹をぶち抜き、貫通した。


「あら?……脆いな」


吸血鬼は頑丈だ。そう考えていた翼は、実に呆気なく貫いた事に拍子抜けした顔を浮かべた。


「おっ、おのれっ!だがっ!」


だが吸血鬼の恐ろしさはその不死性にある。例え腹を貫かれようとも死には程遠い。ブライドは貫かれたまま翼に取り付き、自らごと炎で包み込んだ。

先ほどはどうやってか防がれた様だが、これでは防ぐことは叶うまいと考えたのだ。

悪魔も人に比べて頑丈ではあろうが、我慢比べで不死の吸血鬼に勝てる筈がない。


「どうだァッ!見たかッ!これこそが純血の吸血鬼たるこの私の――ッ?!」


それは正しいのかもしれない。

しかし相手が悪かった。悪すぎた。

メラメラと燃え盛り、肉を焦がしながらもすぐ様再生するブライド。

対する翼は。

燃えていなかった。


「……もういいかな?」


炎の中、ブライドにしがみ付かれた事だけを気持ち悪そうにしているだけだった。本当にそれだけだった。

炎の中で、まるで痛痒を感じた様子を見せていない。


「…………ぬ、ぬおぉおおっ!!」


何故なのか。それはブライドには分からなかった。だが通じない事だけは理解した彼は、残された最後の手を使うしか出来なかった。

すなわちその牙。男に向ける事に対する嫌悪感も忘れ、ブライドは必死になって牙を突きたてようとした。

それがブライドの最後の抵抗だった。




「んー……封印とか苦手なんだけどなぁ」


四肢を失ったブライドは、幾重にも折り重なった光の束に雁字搦めにされていた。

しかしそれはお世辞にも綺麗な包装とは呼べるものではない。数に任せて包んでいるようにしか見えなかった。


「……脳筋」


四苦八苦している翼に向かって、ラティがボソリと呟いた。


「今なんつった?!」


翼は額に青筋を浮かべて振り返り、ラティに向かって唾を飛ばす。

ラティはそれを受けても素知らぬ顔で、その無感動な瞳で翼の瞳を覗き込む。


「脳筋。と言いましたが?」


まだまだ怒り冷めやらぬ炎を瞳の奥に見て取った翼は、一瞬で折れた。


「……そ、そうですか」


気まずげに目をそらし、若干挙動不審になりながらも梱包作業を続けた。

若干中のブライドにめり込んだりしたが、そこは吸血鬼である。その度に拘束を緩めるだけで、ブライドの身体は自然に治っていった。


「よしっ」


苦労して、主にブライドだけが被害を受けながらも、翼はようやく満足がいった。幾重にも包み込まれたブライドは、もはや姿すら見えなくなった。


「お疲れ様です。荒くて実にみすぼらしいモノですが、まあ大丈夫でしょう」


その出来に満足していないのがありありと分かる様子のラティも、取り敢えずは封じるという一点でだけは合格を与えた。

ラティは光の塊になったブライドを見下ろすと、片手を耳に当てた。


「これは私が送ります。――吸血鬼を一匹送ります。ええ。丁重になさい。『次に我が地を荒らしたらどうなるかは分からない』と伝えておきなさい。ええ、それでよろしい。――では帰りましょうか、ツバサ様?……たっぷりとお話をしましょうね?」


ラティは自らの生家に連絡を取った後、梱包されたブライドを転移させた。これで丁重に送り返される事だろう。

転移が完了すると、ラティはすうっと素敵な笑みを浮かべて翼を見下ろした。

そう、見下ろした。

翼はラティの雰囲気が変わった瞬間、素晴らしい速度で土下座を決めていたのだ。


「ふふ。見慣れたものですね。それになんの価値が?さ、それよりも早く帰りますよ?」


ラティは昔からよく見たその情けない姿を見て、冷徹に切り捨てる。

そして実に優しく丁寧に翼を立たせると、問答無用とばかりに翼の腕を引いて歩き始めた。

その握力から逃す気は毛頭ない事を理解した翼は、死人の様な顔色になった。

15話分は書けています。

それ以降はぼちぼち書いていき、一通り話が出来上がったらまた投稿再開します!

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