15話 さあたっぷりお話しましょうね
いつ襲撃があるかと怯える休日を過ごした翼は、その間忙しく動き回るラティと同じく、全く休まらない休日を過ごす事になった。
落ち着いたらラティの両親に合うという大きなミッションまで課せられた翼に、心の平穏は訪れない。
そしてそれは学校でも同じ事だ。
「そんな事が」
放課後に呼び出された翼が席を外している間、ラティは明日香から話を聞いていた。瞳の奥に心底愉快そうな光が見える。間違いなくヤバいネタを仕入れたのだろう。
「馬鹿でしょ~?いや、馬鹿なんだけどね!」
明日香は翼の馬鹿話を披露してケラケラと笑っていた。
「他にはどの様な事が?」
ラティが根掘り葉掘り馬鹿話をせがむものだから、明日香は数多の武勇伝を思い出して腹がよじれ掛けていた。
「そうね~。ぶふっ!ちゃ、中二の時なんだけどね?体育祭で――」
翼のいないところで取り返しのつかない事が進んでいく。翼が居ても変わらないだろうが。
「想像を絶する馬鹿ですね」
ラティはもう馬鹿にするどころか、心底感服したような声で何度も頷いていた。
「でしょ?でももっと馬鹿がいてね?まあ三浜なんだけど。あいつはそれ見て対抗しようとしたのか――ー」
調子に乗った明日香は、続けて源の話まで披露する。
「変態ですね」
今度はラティの瞳に軽蔑が宿る。
「そう、ド変態よ。中二の頃にはド変態よ。もう取り返しつかないわよね」
明日香は重々しく頷き、教室で堂々と桃色の本を読む馬鹿を見た。なんと言うか文学を楽しんでいるような静謐な雰囲気を撒き散らしているが、読んでいるのは桃色の本。そして鼻血が出ている。授業中から続けていて、放課後になった事にも気が付いていないのだ。
ちなみに教師は、あの馬鹿の変態的行動を視界に収めないようにしていた。
明日香は穢らわしいものから目を逸らした。
「そうですね。馬鹿はどうとでもしますが変態は……」
ラティも汚いものから目を逸らし、さらなる翼のエピソードを仕入れるべく身を乗り出した。
「日波!おまっ!なんの話をしてるんだぁ!?」
そこに翼が帰って来た。
明日香とラティという危ない組み合わせを見た翼は、慌てて二人の元に飛び込んだ。
「あんたの馬鹿話よ」
明日香はにんまりと笑った後ラティに視線を移す。
「これはこれはツバサ様。私の想像通りのお馬鹿っぷりで安心しました」
ラティは笑いを噛み殺したような声で翼を馬鹿にしつつ、その顔を覗き込む。
「ぐっ――!」
その瞳の奥に楽しそうな光を見つける代償に、翼は赤くなった顔をマジマジと見つめられる。
「しかし大丈夫ですとも。馬鹿であろうともお側におりますので」
ラティは素早く翼と手を繋いだ。
「お~!あっついねぇ!ラティちゃんやっるぅ!」
明日香は即座に二人を囃し立てる。
するとクラスの視線が当然の如く翼達に集められる。
「畜生……!何で奴が!奴だけが!」
その中でも一番に騒ぎ出すのは源だ。
桃色の本を机に叩きつけ、鼻血を流しながら悔し涙を流し始める。
「ああ……ミハマさん」
ラティはそんな源に声を掛けた。
すると、美少女に話しかけられるだけで全ての事象を忘れる源は、大喜びで反応を返す。
「はいっ!なんだいラティヴィアちゃん!?俺とディナーかな!?」
ウインクと親指を立てた中々に気持ち悪いポージング。周りの温度が急激に冷えた事にも気付かない。
「変態がうつるかもしれませんので、あまりツバサ様に近付かないようにして下さい」
ラティは源の誘いを完全に無視して、深々と頭を下げた。
馬鹿なのは愛おしいで済むが、こういう変態は非常に宜しくない。もしうつったら激しく矯正しなければならない。二人っきりの時の変態だけならどんと来いである。
「――――ッッ?!」
源が凍った。言葉の力で時を止められた。
「私には絶対に近付かないで下さい」
更にラティは駄目押しをした。
「――――ッッッ?!」
源はサラサラと砂の様に崩れ始めた。
「冗談です」
ラティは源が崩れ去る前に小さく呟いた。
「な、なぁんだ……いやぁ、ラティヴィアちゃんはジョークが上手いなぁ……」
辛うじて息を吹き返した源は、青白い顔で何とか心を立て直し始める。
「ただし変態的行動を見たら……」
ラティは一瞬だけちらりと源の下半身を見て呟いた。源と、翼だけは感じた。
ラティの言葉には、『潰します』という続きがあった事を。
「ヒッ――――!?」
源は当然ながら、翼も股間を隠して怯え竦んだ。
源に釘を刺してハンマーで打ち込んだラティは、内股になっている翼を不審げに見た後、用事は済んだとばかりに明日香に手を振った。
「ではアスカさん。また明日」
「また明日~!黒木!ラティちゃんをエスコートするのよ!」
明日香も笑顔で手を振り返し、翼には檄を飛ばす。
「分かってるよ……んじゃ」
翼は溜息を吐くと、ラティの手を握り返して歩き出した。
ふー!