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あくまの日常  作者: rourou
15/16

14話 今後は離れない様にしてください

「で、どういうことですかね?」


霧の中で、翼は腕を組んで首を傾げていた。


「察しは悪いようだ。力だけはあると聞いたが……。ふむ。その通りのようだ」


ザルヴァは先程までと一変して、翼に向かって冷たい瞳を向けてくる。


「……ま、そういうことなんで。分かりやすく教えて貰ってもいいです?」


この人も結局こっち側かと考えながら、翼は否定せずに、彼らの好み通りの馬鹿の真似を続ける。

ザルヴァは鷹揚に頷いた。


「ふむ。では分かりやすく言おう。――――死ね」


そして唐突に、翼目掛けて魔法を放つ。かつて戦ったどの吸血鬼も比べものにならない凄まじい波動が翼を襲う。


「理由はどんなもんです?」


が、それは翼に傷一つ残さなかった。

別段魔法で防いでもいない。ただただ内に潜む途方も無い魔力で弾いただけだ。

翼の体から、黒い何かが溢れ出していた。


「……成る程。あの青二才共では相手にならぬ筈だ」


魔法と呼ぶのもおこがましい力任せの防御は、何も知らないザルヴァから見れば不可思議な魔法を操っているようにしか見えなかった。

ザルヴァは警戒を高めつつ、防いだ褒美として答えてやった。


「理由か。簡単だとも。悪魔が、我らの地を穢したからだ」


ここに至っても、ザルヴァは自らの勝利を確信していた。その理由は未だに翼が結界の中にいるから。抜け出すのを諦めている(・・・・・)から。

翼が別段結界を壊す必要も、ザルヴァに脅威を覚えてすらいない事にも気づいていない。

それもそのはず、翼は魔力の隠し方だけは完璧に覚えていた。覚えさせられた。そうしなければ、この魔力のせいで誰かの近くにいる事も出来ないからだ。死に物狂いで覚えたものだ。


「協定で、その辺は決めたんでしょう?」


翼は先日ラティが言っていた事を思い出しながら問い掛ける。


「……私は反対だった!あの腑抜け共め!吸血鬼の誇りを忘れおってからに!だからこそ我らはその誇りを取り戻させるのだ!」


ザルヴァの答えは外の吸血鬼と同じ物だった。その事は翼には知りようがないが、たが今までの吸血鬼と同じ考え方である事は理解出来る。


「あー、つまりなんだ。あんたも一緒って訳ね」


腕を振り上げ、自分に酔った様に演説を始めるザルヴァに、翼は冷めた眼差しを送る。


「我らはこの世界で最も偉大な種族だ!その我らの――」


だがそんな眼差しにも気付くことなく、ザルヴァは更に熱を込めて捲し立てる。


「いや、それはもういいんですけど。外、どうなってます?」


いつまで経っても終わらなさそうな雰囲気なのを感じて、翼は言葉を割り込まさせた。

興を削がれたザルヴァは一瞬凄まじい目で翼を睨むが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。


「……フン!シルバータイムのあの娘か。今頃泣いて喜んでおるだろうよ。我らの牙を受け、最下級とは言え眷属になれるのだから」


翼はキョトンと瞬いた。


「ああそういう。……まあ平気だろうけど……。うん、分かりましたわ」


そして何度も何度も頷き始める。

黒い何かが、恐ろしい勢いでその身から溢れ始めた。


「悪魔どもの名門と呼ばれるシルバータイムの娘が我らに傅く姿は見ものだろうな。腑抜けた奴らの目も覚めるだろうよ!」


それを見てもサルヴァは余裕を崩さない。如何な魔法でも防ぐ自信があるからだ。

そしてザルヴァは既にラティが跪く幻影でも見ているのだろう。そしてその姿を晒しあげ、味方を鼓舞して悪魔に喧嘩を売る。言葉は悪くともそういう事だろう。


「うん。死ねよ」


翼は攻撃した。

別に魔法は使っていない。ただ魔力を身体から取り出して、ザルヴァ目掛けて噴出しただけだ。

その瞬間、翼から溢れていた黒い何かが一気呵成にサルヴァに向かう。


「――――ヌッ!グッォオオオオオオオオッッ!?」


その威力の凄まじいこと。

ザルヴァが防御魔法を貼るも、ザルヴァは一瞬も踏みとどまることが出来ずに防御ごと吹っ飛んだ。そのまま霧の結界を吹き散らし、その際奥に貼られていた結界に激突する。

一瞬で、霧の中が黒く染まりきった。月明かりの無い深夜のように。


「なッ、なンッだァッ!?こ、こ、これはァッ!?」


暗闇の中。吸血鬼の領分のはずのそこに、サルヴァの居場所は無かった。

前は自らの防御魔法。後ろも自分の貼った結界。それに挟まれたザルヴァは刻一刻と潰れていく。


「へえ。流石は元老ってか」


翼は魔法を使わない。

余りに大雑把で余りに適当な魔力操作で直接攻撃するだけだ。だがその攻撃は余りに早く、余りに威力があり過ぎた。

普通の悪魔では一度も真似出来ない凄まじい事を、翼は平気な顔でやり続ける。

ザルヴァがまだ耐えていることに関心した翼は、容赦なく出力をあげた。

翼の身体から垂れ流しになった魔力がうねりをあげ、黒く粘つく炎の様に暗闇を更に重く塗りつぶす。


「ウグォオォオオオオオオオッッッ!!?」


潰れる速度が加速した。潰れては再生し、再生しては潰れる。だがそう遠くない未来に、ザルヴァは自らの魔法に挟まれて真っ平らになるであろう。


「俺だけだったらまあ、お茶目なジジイだって許してやらんでも無かったんだがなぁ……。ハハハハハ」


暗闇の中から翼の笑い声が聞こえる。このままザルヴァを潰して結界をぶち破り、ラティと戦う吸血鬼を潰し回るつもりだった。

……もしかすると、その潰すべき吸血鬼は既にいないかもしれないと考えながら。


「なッ!!めるなァッ!!!」


ザルヴァは叫びと共に、防御魔法を解いた。そして潰れながらもその身を霧へと変え、凄まじい魔力の噴出から逃げ出す。凄まじい魔力とはいえ、詰まる所ただの衝撃波のようなもの。霧へと姿を変えれば、更に細かくはなれども潰れる事は無い。


「お」


ザルヴァは治療しながら形態変化を行ったのだ。並の吸血鬼では同時には出来まい。さすがは元老と呼ぶべきだろう。


「こんなもので吸血鬼の祖たるこの私がッ!やれると思うなああああッ!!」


同時にザルヴァもようやく理解していた。翼の魔力はおかしいと。どういう原理かはわからないが、こいつは魔力そのもので攻撃してくるのだと。

恐ろしいことだが、しかしそれならば戦いようがある。


ザルヴァは霧の姿のまま魔法を放つ。


翼は先程と同じ様に魔力だけでそれを弾いてみせる。が、弾いたと思った瞬間、魔力そのものが侵食され始めた。

魔力が凄まじい分、それを喰らう侵食速度は途方も無い速さだった。周囲を覆う重い暗闇が凄まじい速度で喰われていく。


ザルヴァは勝利を確信した。

この手の輩は力だけでどうにかしてきた分、そこを突かれると余りに脆い。

他の吸血鬼ならいざ知らず、悠久を生きてきたザルヴァならばこの通り、逆転の手はあるのだ。


「ハハハハハッ!どうだァッ!貴様の様な輩にはこういったのが一番――――ッッッ?!」


ザルヴァの哄笑は唐突に途切れた。

ザルヴァの魔法は確かに凄まじい速さで魔力を侵食していったが、唐突にそれが止まった。否、侵食され返した。

同系統の魔法で上書きされたとしか思えない。元老ザルヴァの魔法に対抗できる程の魔法を使ってだ。


「ただのパワー馬鹿だと思ってた?こういう相手にはこうするよ」


それをしたのは翼だ。そう、翼は出来るのだ。普段は面倒だからやらないし、やっても適当に済ます。そもそも使う必要が無い。

だがやれば出来る。奇しくもラティの認識通りだった。彼女の前で使えば更に完璧を求められるから、意図してやらないだけなのだ。ラティは本当に勘弁して欲しいくらいスパルタなのだ。


翼は面倒だが、仕方なく、更に魔法を使った。


「あッりえなィイッ!ごんなッ!ごんなァッ!ヒッ――――ギャアアアアアアアアアアアァァッッッ!!」


霧へと姿を変えたザルヴァを残らず集めて圧縮し、逃げようと暴れるのを完璧に封じ込み、縮めて縮めて縮めて縮めて縮めて、消滅させた。






結界を壊すのは面倒だったので、力任せにぶち抜いた。

すると呆れ顔のラティがいた。


「ラティ」


見るからに無事である。

五体満足どころか汚れ一つない。見事に統制され尽くした魔力で身を包み、全身どこにも隙がない。


「お早いお帰りで。しかし油断が過ぎます。そもそも引っかかるとは何事ですか?」


ラティは案の定、毒舌を持って翼を出迎える。

しかし毒舌を吐きながらも翼に歩み寄り、がっちりと腕を掴む。


「それを言われますと痛いと言いますか……」


どちらかというと無事に帰ってきた事を褒めて欲しかった翼は、チラチラする。


「あ、ありえなぃい!!」


ラティが『気持ち悪いです』と言い出す前に、ブライドの絶叫が響き渡る。


「……ん?まだだったの?」


翼は話が逸れたのを幸いとばかりにブライドを見た。


「終わるところに邪魔が入ったのです。全く邪魔ばかりしますね。どこのどなたかは」


ラティは翼の手を握り締めたまま半眼を浮かべ、ネチネチと翼を詰る。

生き残っているのはブライドだけだった。その他の9体の吸血鬼はラティの手によって消滅させられていたのだ。


「ザ、ザルヴァ様は!ザルヴァ様は我らの祖のお一人だぞぉ!あ、悪魔ごときが!そ、そんな訳がぁ!」


ブライドにとって、この現実は悪夢そのものだった。戦闘中にも見ているだけだったラティが、まさかこれ程強いとは思いもしなかった。

瞬く間に仲間達が滅ぼされ、逃げる間も与えられなかった。

翼を早々に滅ぼしたザルヴァが現れる事だけを最後の希望としていたのに、現れたのは翼だけ。


「全く、事実を事実と取れない方はこれだから。ザルヴァ・ファン・グリムラーズは滅びました。そうでなければこの方がここに居るはずがないでしょう?」


ラティは無感動な瞳の奥に冷たい炎を灯し嘆息した。そして掴んだ翼の手を持ち上げて優しく言い聞かせるように言葉を贈る。


「ありえないっ!こんなことありえないんだぁ!ありえなぃいっ!」


ブライドは駄々っ子の様に泣き喚いた。既に戦う意思は無く、ただ必死に逃げようと暴れている。

だがブライドはラティの魔力に囚われ、魔法を使う事すら許されていない。


「っていうか良かったのかな?消しちゃったけど」


翼はふと、怒りに任せて元老の一人を消してしまった事の重大さを思い出して、恐る恐るラティに問い掛ける。


「問題ありません。こちらで会話は保存しておりますし。次はまともな方に来て頂きましょう」


ラティはすぐに頷いたので、翼は胸を撫で下ろした。

だがラティがそれだけで終わる訳が無い。


「それよりも。考え無しに戦ったのですね?そこが非常に大きな問題ですよ」


翼が考え無しに滅ぼした事を知ったラティが翼に向けて冷たい視線を浴びせ掛ける。

翼は、うっと怯んだ。


「ラティが危ないかもって思ったから、つい」


怯んだが、正直にラティに報告をした。


「成る程。では許しましょう」


その答えに非常に満足したラティは即座に翼を許した。そういう事を初めに言わないから翼はラティにいじられるのだ。


「さて――」


非常に満足のいく答えを得られたラティは、最後の仕上げに取り掛かる為にブライドに視線を向ける。


「ヒッ!!」


ブライドはその冷たい瞳に身を震わせ、傍目にも哀れに怯えた。


「さようなら」


しかし慈悲などあるはずが無い。

ラティがキラリと瞳を輝かせると、次の瞬間、ブライドの身体が縮んだ。


「ア、アアアア――――」


ブライドが見る見るうちに縮んでいく。青年だった姿は少年に変わり、幼児に変わり、赤子に変わり……。

そしてブライドだったものは何も残さず消えて無くなった。

これがラティの、シルバータイム家の力だ。かつて『銀』を与えられたラティの祖先が使えた時間操作。

その子も、孫も使えなかった。だが遠い子孫のラティはただ一人使えた。だからこそ、彼女は翼に対抗出来るかもしれないとして送り込まれたのだ。


「んじゃ、帰ろうか」


全てが終わった事を確認した翼は、終わった終わったと肩の力を抜いて気楽に笑う。


「はい。私にはこれからの方が大変ですが。ツバサ様は中々に発散されたようで」


確かに翼に取っては終わっただろう。

元老を消滅させられたとなれば、いくらプライドの高い吸血鬼といえども以降の襲撃は無かろう。

そうなれば肉体労働の翼はお払い箱だ。

しかし、頭脳労働のラティはむしろここからが忙しいところだ。


「はははは」


翼はラティの嫌味を笑顔でやり過ごす。


「はぁ……言っておきますが、今夜は無理ですよ。明日もですね。全く……」


ラティは溜息を吐き、忙しなく何処かと通信しながら釘を刺す。

数日は目の回る忙しさになるだろう。流石に夜の生活をしている暇は無い。


「よ、よろしく……」


翼は憂鬱の余りに嫌味も吐かないラティの様子から、本当に忙しいのだと理解した翼は、流石に申し訳無さそうに首を竦めた。

だがラティは毒を吐き忘れた事に気が付いて、取って置きの報告をしてあげる事にした。


「……そういえば。クリムトさんにツバサ様の事を教えておきました」


「エ」


翼は真顔で止まった。

悪魔時代の知り合い、といえば良いのか。

行方不明になっていた翼の存在は、ラティによって一部の身内の悪魔には伝えられていた。

そんな中、ラティはわざわざ部外者であるクリムトに教えたのだ。


「あの人の事ですからそう遠くないうちに現れるでしょう。存分に発散されると宜しいかと。ああ、家は壊さないで下さいね」


「…………」


翼はそう遠くないうちに現れるであろう嵐を思い浮かべ頭を抱えた。

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