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あくまの日常  作者: rourou
13/16

12話 また行きましょうね

「デート!デートね!?」


ラティに連れ出された翼は、街中であまり会いたくない種類の人物に遭遇してしまった。

クラスメイトにして幼馴染である日波明日香だ。


「ウゲッ」


明日香は二人を見つけた瞬間、目を輝かせてすっ飛んで来た。黙っていれば顔だけは良い翼と、黙っていなくても人の目を集めるラティ。見逃す訳がない。

格好の話のネタを見つけたと、その目が語っている。


「勿論です。日波さんはお買い物ですか?」


仰け反る翼の代わりに、私服姿のラティが対応をし始める。

見るからに高級そうな生地を使った服装のラティに、明日香は全く気圧される様子はない。


「そうなのよ~。あ~あ、私も彼氏欲しいな~!」


クラスメイトのデート風景を羨む明日香。ケラケラ笑いながらも、半分は本心の様で目がマジだった。


「……源が彼女欲しがってるよ。滅茶苦茶欲しがってるよ」


そんなに彼氏が欲しいのならと、翼は気持ち悪い親友の名を出した。

奴ならば確実に一発OKを出すだろう。三浜源とはそういう男なのだ。

そしてそのまま良からぬ事をしようとするから、奴はもてない。


「あいつだけは嫌よ」


案の定である。マジ顔で即答した。脈の欠片も見当たらない。

翼を介してだが、明日香も源とは中々に付き合いが長い。それだけに源の事をよく理解していた。友人として、少し離れたところから見ているならば気持ち悪いだけで済むが、それより親密になればどうなってしまうのか。考えるだに恐ろしい。


「やっぱか」


翼も分かっていた。

明日香だけではなく、学校の女子どころか、源を知っている女の子達はみんな断るだろう。悪名が轟きすぎているのだ。


「黒木に彼女が出来るのはまだ分かるけどね。あいつはないわ。うん、あり得ない」


明日香は源がこの場にいたら致命傷になりかねないことを真顔で言い放つ。


「……仲がよろしいのですね」


翼とラティの会話についていけなかったラティが、控え目に割って入った。


「付き合いは長いからね~。ラティヴィアさんは最近付き合い始めたんでしょ?全然聞かなかったもんね」


明日香はすぐに源の事を脳内から放り捨てたのだろう、人好きのする笑みわ浮かべてケラケラ笑い、翼の背中をバシバシ叩いた。


「そうですね。ツバサ様とは(・・・・・・)最近です」


その親密な様子に、ラティは微かに目を細めた。

機嫌が悪くなり始めている。

しかし明日香は気付けるわけが無い。

あわあわし始めた翼がどうにかしようとする前に、明日香はラティに顔を寄せて悪い笑みを浮かべる。


「あ、ならさ!今度面白い話してあげる!三浜は馬鹿で気持ち悪いけど黒木の奴も馬鹿でさ~!すごいエピソードがたくさんあるのよ!」


「ひ、日波!」


思わぬところからデッドボールが飛んで来た気分だ。そんなラティが大喜びするようなネタを与えたら今夜の安眠が妨げられてしまうではないか。


「是非ともお願い致します。非常に興味があります」


ラティは明日香の手を握り、大いに頷いた。彼女が翼の恥ずかしい話を聞きたがらない訳がない。

またラティが居ない間の翼の事を知りたいという想いもある。

そう考えれば明日香は格好の相手だ。ラティは不機嫌に傾きかけていた心を修正した。


「おっけおっけ。あ、明日香でいいよ。私もラティちゃんって呼ぶね」


「はい。アスカさん。今度じっくりとお話を聞かせて下さい」


翼を置いてけぼりで、恐ろしい約束が作り上げられていく。人懐っこい明日香はズカズカと踏み込んでくるし、ラティは翼の事を良く知りたい。利害が一致してしまっていた。


「任せなさい!んじゃ、邪魔してごめんね~。黒木、ラティちゃん喜ばせてあげるのよ?」


そう遠くない未来に確定した悪夢を想い、冷や汗を流してガタガタ震える翼に、明日香は睨むように釘を刺す。


「……分かってるよ」


がっくりと肩を落として、翼は哀愁を漂わせながら頷く。


「よろしい。じゃあまた学校でね~!」


明日香は、宜しい、と頷いた後、ぶんぶん手を振って楽しげに走り去って行った。すいすいと人を交わして、すぐにどこかに消えてしまう。


「……面白い方ですね」


見えなくなるまで視線で追いかけていたラティは、率直に呟いた。

顔と名前は知っている程度のラティに、親しい友人の様に話しかけてきた。


「うん。まあ、ああいう奴だよ」


そういう性格だからこそ、明日香は友人が多い。今日も友人とショッピングにでも来たのだろう。彼女が一人で遊んでいる姿を見つけるのは至難の技と言われているのだ。


「ふむ。警戒しましたが……大丈夫そうですね」


あの距離感からライバルの一人かと警戒したラティは、それが杞憂である事に肩の力を抜いた。親しい友であることは間違いないだろうが、異性としての好意は感じられなかった。


「うん?」


呟きの意味が分かっていない馬鹿の手を引き、ラティは歩き出した。






「どうでしょうか?」


翼は試着室を開けたラティの姿を、下から上までじっくりと見た。

ロングスカート姿を見るのは始めてだったが、元が良いだけに何でも似合う。


「うん……似合うと思うよ」


翼は正直に答えた。


「成る程。これは駄目と」


が、ラティもラティで翼の顔をじっくりと見つめて駄目出しをした。


「え、なんで!?似合ってるって!」


似合っていると言ったのにと、翼は目を見開く。

だがラティは試着室の扉を閉め、率直に告げた。


「ツバサ様の好みではないようなので」


「う……」


似合う似合わないではないのだ。翼が喜ぶか喜ばないかなのだ。

ラティはまた別の服を着込み扉を開ける。


「こういうのですよね?」


今度はレギンスパンツだ。すらりとした長い足が映える。


「……うん。ラティはそういうすらっとした奴の方がいいと思うよ」


可愛いでは無く、格好良いと呼べるラティの容姿にはとてもよく似合っている。ただ生脚が拝めないのが残念だ。


「そうですね。多少動き辛いのは仕方ありませんか」


ラティは脚を動かして着心地を確かめ嘆息する。


「こういうのは、あんまりな感じだね」


そして逆に、ラティはふんわりというかそちら系はあまり合わない。一応持って来てみたが、試着はする気は無いようだ。


「はい。私には合わないでしょう。やはりこういう系統で……後はある程度肌が出ていれば完璧と」


ラティはスタイルが剥き出しになるような細身のものばかりを漁りつつ、スカートやショートパンツのものを重点的に見繕い始める。


「えっ!?」


「ああ。ラインが見えた方が、ですかね」


ラティが胸を突き出すと胸に、お尻を突き出すとお尻に釘付けになる視線を感じ、それらが浮き彫りになるものだけを探し始めた。


「――ッ!?」


文句は言えない。正直、大好きだから。


「いつものでは太ももに。戦闘服では背中に視線を感じます。――胸は常にですしね」


またメイド服では絶対領域に。普段は着ない戦闘服ならば、剥き出しになる背中に視線が注がれる。悲しい男の本能だ。

そしてラティに言われた通り、翼の視線は胸に注がれてしまう。

ラティはゆさりとそれを揺らして見せた。


「揺れッ――」


翼は目を皿の様に見開き、前屈みになってしまった。


「犯罪行為はしませんからね。目がいやらしいので念の為言っておきます」


血走って来た翼の視線から胸を隠し、ラティは翼犬にステイを言い渡す。


「はい……」


ここがどこなのかを思い出した翼が無念そうに項垂れる。


「全く、これだから性獣は。次はこれを着てみましょう。警備員に捕まらないように大人しくしていて下さいね。ああ、迷子センターなら良いですよ」


ラティはミニスカートを取り上げ、ふらふらと翼の眼前で揺らした後腰に当てた。素晴らしい絶対領域が形成される事は間違いなかろう。

翼の視線を操りながら、ラティは楽しげにからかって来る。


「早く行って来なさい!」


「ふふ」


分かっていてもされるがままの翼は、苦し紛れにラティを試着室に追いやった。

結論から言えば最高だった。いつものメイド服のスカートより短かったから当たり前だが。






時間を大分ずらしたフードコートで、二人は遅めの昼食を取った。


「考えてみれば……」


ラティはジュースを飲む翼を見ながら、ふと思いついたように口を開く。


「ん?」


「こういった事は初めてですね」


悪魔時代に二人でいる事は多かったが、買い物などした事が無かった。必要なものはラティが手を回して入手していたから、買い物に行く必要が無かったのだ。


「……確かに」


翼もその時代を思い出して頷いた。

ラティは溜息を零し、ここぞとばかりに責め始める。


「甲斐性の欠片も無い事まで証明されてしまいましたね。欠点ばかり増えて……大丈夫でしょうか?」


「何が?!」


いっそ哀れむような瞳を向けられ、翼はピシリと青筋を浮かべる。本当に懲りない馬鹿である。


「頭ですが」


「そういうと思ったよ畜生!」


しかし、ラティの暴言にも慣れた翼は、悲しいことに言われる事が予想出来ていた。

そして予想通り頭を馬鹿にして来た。


「ああ、自覚が。それで治らないのですか。もう駄目ですね」


ラティは哀れみを一層強くして、泣き真似まで始める。

無表情で行っているが、遠巻きに見る人達には本当に泣いているようにしか見えないだろう。フードコートには客が少ないとはいえ、その少ない客の中から刻一刻と味方が減っていく。


「ラティがいつも言ってるからだよ!そんな言われる程じゃないだろ?!」


確かに馬鹿だ馬鹿だと言われるが、そう悲観する程のものでは無いはずだと抗議する。悪乗りしてやらかすことはあるが、源のように致命的な失敗までは行かないように注意はしているのだ。


「はい」


「エッ?!」


そこでまさかの肯定が帰ってくるとは思わず、翼はフリーズした。新しいパターンだ。


「しかし私は言います」


ラティは瞳の奥に硬い意思を宿して断言した。


「なんでェッ?!」


不退転の覚悟を感じ取り、翼は目を剥いた。何故こんな事にそこまでのやる気を出してしまうのか。

ラティは良くぞ聞いてくれましたと言わんばかりに頷いた。


「言いたいからです」


至極わかりやすい理由だった。


「だからなんでェッ?!」


だが何故そこまでの情熱を注ぐのか。

翼には理解不能だ。

ラティは一口紅茶を啜ると、居住まいを正した。


「私は子供の頃、素敵な男性と結婚すると考えておりました。顔も力も性格も完璧。そんな方に釣り合えるようにと努力を続けました」


唐突に始まるラティの告白。人間風に言うと白馬の王子様を待っていたと言うのだろうか。

彼女の希望を聞いて肩身が狭くなる。


「しかし相手はコレです。ええ、今ではこれはこれで可愛いモノだと思いますし、異性としての愛には溢れておりますとも。だからと言って私は子供の頃のあの心を忘れた事はありません」


仮にも恋人をコレ呼ばわり。ラティはん絶好調である。

翼にはとてもでは無いがラティの理想の男性にはなれないだろう。


「……じゃあ俺じゃなくて――」


「嫌です」


だが弱々しい声は断固たる声に打ち消される。


「……いや――」


「嫌です」


悪足掻きも、しようとする矢先に叩き潰される。

翼がちらりとラティの瞳を見ると、硬い硬い決意が見て取れた。譲る気は毛頭無いようだ。


「…………」


「…………」


翼はじっとりと汗を流し、ラティが人形のように微動だにせず翼を見つめ続ける。

やがてラティはニコリと微笑んだ。


「私の理想の男性になって下さいね?」


翼はぐびりと生唾を飲み込んだ。

このままでは教育という名の調教を受けるのではないか。そんな嫌な予感に襲われる。


「……いや、その期待はちょっと荷が重くない?だいたいそんな、俺じゃないじゃん?」


翼の必死の抵抗を聞いたラティは、小首を傾げた。


「……確かに」


ラティは考えて見た。完璧な翼という存在を。考えれば考えれるほどに気持ち悪くて仕方がなかった。鳥肌まで立ってきた。

ラティは気持ち悪い爽やかスマイルを浮かべる心の中の翼を鉄拳で打ち崩し、消滅させた。


「ふむ。では私はコレのどこにそこまで……」


だがそれでは問題が発生してしまう。

ラティは翼のどこをこんなに愛しているのだろうかと。

ラティはじーっと翼の顔を見ながら深く考え込んだ。


「……分かりました」


十分以上も押し黙っていたラティに、遂に結論が出た。


「……何が」


ひたすら無言で見つめられるという苦行によって精神をすり減らした翼が、消耗した様子で呻く。


「駄目な子程可愛いという事でしょう。ええ、そう考えれば直さなくても結構です。言い続けますが」


駄目な翼は愛おしいが、完璧な翼は気色悪い。つまり駄目なところが好きなのだ。ラティはそう結論付けた。

それに駄目なら好きなだけ罵倒出来るではないか。良いことづくめだ。

ラティは晴れやかなオーラを放ち始めた。


「……俺、頑張るよ」


流石に大きなショックを受けた翼は、悲壮な決意を固めた。

だがラティは身を乗り出し、本当に迷惑そうな顔をした。


「そんな、困ります。完璧なツバサ様なんて…………生ゴミ以下ではありませんか気色悪い」


また鳥肌が立ってしまった。心底気色悪そうに腕をさするラティ。


「お前今自分の夢を生ゴミ呼ばわりしたんだよ!?分かってる?!」


翼は泣きながらラティに噛み付いた。この女は悪魔だ。悪魔だけど。知ってたけど。

そんな想いに満ち溢れていた。

かつての自分の夢を思い浮かべて鳥肌を立てたラティは、大らかに微笑む。


「所詮何も知らない子供の戯言です。大人にならねば分からぬものがあるのですよ」


この女、子供の頃の夢すらも切り捨ててみせる。


「結局何?!俺はどうすればいいの!?」


「ありのままで。いつも通りで良いのです。たくさん馬鹿に――んんっ。お話しが出来ますからね」


ありのままの姿が一番。ある意味では有難い事だが、ラティのそれは動機が不純過ぎる。

一瞬隠しきれなかった心の声も漏れていた。


「……嬉しそうだねぇ」


翼は血の涙を流さんばかりの顔でおどろおどろしく呻いた。


「はい。幸せです」


だがラティにそんなもの通じる訳があるまい。ラティは実に彼女らしくない笑みを浮かべた。本当に幸せそうだ。

色々と言いたいことは盛り沢山だが、こんな顔を見せられては何かを言えるわけが無い。


「そっか」


翼は全てを諦めて溜息を零した。


「さて、そろそろ行きましょうか。注目されていますし」


「は?――――ッッッ!!!」


ラティに言われて、翼はようやく気が付いた。

始めは人の少なかったフードコートに、人が溢れていた。翼とラティを遠巻きに囲むようにして、興味津々の顔でこちらを見ている。

それはそうだろう。公共の場でこんな話を続けていたのだ。気にならぬわけが無い。

年配の人は丸く収まったと微笑み、若い人は感心し、一人身は呪詛を送っていた。


「何をしているのですか私の愛するツバサ様?世間様に駄目なツバサ様と私の関係がバレたとして気にする必要は無いでしょう。むしろ変に付きまとう者が減る分良いことづくめです」


視線を集め、耳をそばだてられても、ラティは平常通りの良く透る声で恐ろしい事を言い放つ。


「はやっ、早く出よう!出るよ!」


翼は慌てて立ち上がり、ガタガタと椅子やテーブルに激突しながら逃げ出した。


「そう言っているではありませんか。やはりボケが始まりましたか?」


その後を歩きながら、ラティはまた延々と翼を罵倒し続けた。

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