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あくまの日常  作者: rourou
12/16

11話 激しいのはほどほどになさってください

「そんなッ!馬鹿ッなァァッ!」


瞬殺であった。出会い頭にふんぞり返った名も知らぬ吸血鬼は、そのまま光の帯にとっ捕まって梱包されていった。


「はいはい。どこからそんな自信が出てくるんだか」


翼から見れば間抜けで仕方がない。

目の前に敵がいるのに力も見抜けず隙を晒すのだ。力が測れないなら測れないなりに、警戒を強めれば多少は抵抗出来たかもしれないのに。


「私としましても気になります。ツバサ様が技術を学ぼうとしない姿勢と繋がるように思うのです」


ラティは翼の封印を見て毒を吐いた。成長の『せ』の字しか見えない力任せ極まりない封印だった。

確かにこれだけ馬鹿みたいな魔力を込められていれば脱出は不可能だろうか、無駄が多過ぎる。それでも枯れない翼は凄まじい限りである。


「……いや。流石にここまでじゃないよね?それにほら、こうしてラティが居るからさ。そっちは任せられるから」


流石の翼も、この吸血鬼と同列扱いは御免被りたかった。

翼もここまで馬鹿では無いと思っている。それに今はラティが側にいるのだ。器用な彼女がいれば、そちら方面は彼女に任せれば良いと考えている。


「はて。私が居ない期間が随分とあった筈ですが。その割には欠片も改善が見当たりませんね」


だがラティは冷たい瞳で翼を見つめる。

ラティが居なかった17年間、翼は一人だった筈だ。

任せられる相手が居ないならば頑張るとでも言いたげな口調だが、ラティが知っている時と比べても全く進化していない。

つまり口先だけという事だ。


「やれば出来るでしょうに。全く」


ラティは責めるように翼を見つめ、嘆かわしそうに嘆息した。


「いや、出来ないね!」


やれば出来る筈。そう言われた翼は、情けない事に過大評価だと胸を張った。開き直りも甚だしい。

ラティはひくっと口元を引きつらせた。


「せめて人並みには出来るようになって下さいませ。何も一番になれなどとは申しません。そこそこで良いのです。それだけ出来れば、この馬鹿げた魔力を乗せればどうとでもなるでしょうに」


人並み程度で良いから技術を身につけてほしい。ラティの余りに普通のその願い。


「いやー、ほら、と言うか普通に押し切れるしさ」


それはその馬鹿げた魔力と馬鹿の考えに寄って粉砕される。

恐ろしい事だが、今まで力押しで勝てなかった相手はいないのだ。それ程に翼の魔力は突出している。


「こういう輩にはそうでしょうとも。しかしどうにもならない相手も居るかもしれません。いつも言っていますよね?」


力を過信する馬鹿には問題無いだろう。翼並みに魔力を持っていないのに翼以上に考えなしならば問題などあるはずが無い。

だが仮に魔力で並ぶ者が現れたならば、競うべきは技術になる。


「俺はそんなのとは戦う気は無いし!逃げる逃げる!」


翼は胸を張って、堂々と情けない発言をした。

だがラティは呆れるでもなく瞳を細め、冷たく切り捨てる。


「嘘ですね。あの(・・)レイツ卿からは逃げ無かったでしょう。勝てたのは奇跡ですよ。ツバサ様も分かっていますよね?」


かつて翼がグランと呼ばれていた時代。

怪物の様な悪魔と戦う事があった。

山が幾つも消し飛び、巨大な湖が作り出された壮絶な戦い。たった一度だけの激突で、そんな事になったのだ。

翼の勝利で終わったが、非常に拮抗していたと言われている。完全に拮抗していたならば、明らかに技術で勝るレイツ卿の勝利で終わっていただろうとわラティは推測している。

そんな化け物と真っ向からやりあって、どの口が逃げると言えるのか。


「あ、あれは止むに止まれぬ事情が……」


うっ!と怯んだ翼は、きょときょとと視線を彷徨わせながらしどろもどろに言い訳を始める。


「そんな事情がある相手が、そういう相手だったらどうするのだ、という話です。全く」


「ぐう……」


ラティは翼に畳み掛ける。ぐうの音を出す大馬鹿を睨み付けたあと、梱包されきった吸血鬼を見下ろし、また嘆息する。


「これもまだまだ荒いですし。……兎も角、最低限は身に付けて頂きますからね」


「うへぇ……」


明らかに嫌そうな顔をする馬鹿に、ラティは瞳に危険な光を灯してギロリと睨みつける。


「は、はい!」


マジな光を読み取った翼は、慌ててひれ伏した。

ようやく反省した様子を見せた翼に、ラティは取り敢えず今だけは許す事にした。


「しかし、多いですね。これで三日連続ですか」


代わりに出したのはこの話題だ。

梱包した吸血鬼を送りながら、ラティは頭を悩ませた。相手にならぬとは言え、こう毎晩毎晩現れるのは迷惑極まりない。

格好良い翼を見るのは偶にで良いのだ。


「あいつら夜行性だからねぇ……明日に響くよ。こっちは学生だってのに」


翼も迷惑に感じているのは同様のようで、欠伸を噛み殺している。


「そうですね。このままでは、ただでさえ駄目な脳が更に駄目になってしまいかねません。少し強めに言っておきましょうか」


ラティは自然に毒を吐きつつも、強めに抗議をするように言い含める事を伝えた。


「……肌、荒れた?」


毒を吐かれた翼は、仕返しに言ってはならない事を口にした。

ピキッと、はっきりとラティの額に青筋が浮かんだ。

『ヤッベェッ!!』と翼が気付いた時には手遅れだった。


「いいえ?いつも通りにスベスベですが?どうですかツバサ様?スベスベでしょう?ほらほらどうですか?いつも通りでしょう?何とか言ったらどうなんですか?ケアは完璧にしておりますからね?まさか目が腐ってしまいましたか?それとも脳が?ああ、既に手遅れだったのでしょうか?ええご安心下さい。ツバサ様がボケてしまっても、この若々しいラティヴィアめが責任を持って介護して差し上げますので。しかし脳だけ老化とはツバサ様は不思議がいっぱいですね。もしかしますとお若いのは外面だけなのでしょうか?ああだから物覚えが。成る程よく分かりました。今度からはしっかりと認識を改めて介護をさせて頂きますね」


マジギレしたラティが無感動な顔をかなぐり捨てて翼の肩を握り締め、スベスベの頬を擦り付ける。

長い言葉を一息で言い切った彼女は、メラメラと燃え盛る瞳で翼の瞳を覗き込む。目が触れ合いそうな距離だ。


「すいませんマジですいませんめっちゃスベスベですピチピチですちょっと言い返したくて心にも無い事をほざきました許して下さい」


翼は違う意味で胸をドキドキさせながら必死に謝った。怪物のような悪魔に勝利した男とは思えぬ程に怯えきっていた。


「そうですよね。老化したふりですよね。ええ、私にも分かっておりましたとも。――――しかし、次はありませんよ」


ラティは瞳は全く笑わないまま、顔だけを笑みの形に歪め、顔を離した。最後にはどす黒い感情を込めた呪いの様な呟きも忘れない。


「は、はいッ!!」


翼は手足を伸ばして、腹の底から返事を返した。

しばらく翼を見つめていたラティは、ふっと顔から感情を消した。


「さ、帰りましょう。若さ故の欲望を思う存分私にぶつけたいのは理解しておりますから。全く、身が持ちませんね」


まだだいぶ切れているが、表面上は平静を装っている。


「いや、えっと……」


だが直球でそちら方面に話題を持っていくとは。翼は赤面した。


「何か?」


「……なんでもないっす」


ラティの瞳の奥に潜む危険な光はまだまだ消えてなどいない。今逆らったらまた先ほどの二の舞だと、翼は平伏した。


「そうですか。……ツバサ様。今更優しくなどとは言いません。ただもう少し私の事も考えて下さい。一人でする事では無いのですからね。合間合間に多少休憩を挟んで頂かなければ独りよがりの自慰と変わりませんよ」


「はい……」


ついでとばかりに、そちら方面でも釘をブスブス刺してくる。

物足りないという不満ではない事だけが救いだろう。


「頷くだけではなく、分かったと証明して下さい」


「はい……」


この後滅茶苦茶――――。

しかし辛うじて合格は貰えた。






「全く軟弱なお心をお持ちで。社交界の方が余程しっかりしていましたよ」


ラティはノリノリで翼をいじめていた。

今はお昼休み。つまりは昼食の時間である。

この日は正常稼動している翼は、ラティに頭を下げて人目を偲ぶ事を了承させたのだ。その代償が罵倒だけなら安いものである。

やはり箸は一つだけだったが、誰も見ていないならばやりこなせるミッションだった。翼は戦いきったのだ。


「あそこはああいう場所じゃん。学校とは全然違うし……」


翼は悪魔時代に無理矢理参加させられた社交界を思い出す。

前日までみっちりラティに仕込まれた事もあるが、そもそもあの場では皆が皆ベタベタしていた。自分一人では無いならば恥ずかしさも薄れるというものだ。

それにあの頃は、ラティともここまでベタベタしていなかった。


「恥ずかしいんだよ!俺たちだけじゃんあんなベタベタしてるの!」


そう、そこだ。

ラティと急にこんな関係になったのだ。

あの頃はキスすらしていなかった。なのにここ数日で大人の階段を駆け上り、人目もはばからずベタベタされている。

嬉しいという思いは確かにあるが、せめて二人っきりの時だけでは良いではないか。

それが翼の思いである。


「そういう関係なのは周知の事実ではありませんか。それを今更恥ずかしいなどと」


だがラティの思いはまた別だ。

彼女は恥ずかしがること無く、むしろ見せつけるように堂々と付き合っている事を見せ付けたい。

育った環境の違いかそれとも生来の性格か。

それにそもそも、翼が恥ずかしがる事をしない理由が無いでは無いか。


「せめて二人の時だけにしようよ!親の前とか拷問だよ!?」


価値観の違いをすり合わせるのは大切な事であろう。

翼の心からのお願いを聞き、ラティは考え込むふりをした。


「そうですか。二人っきりの時だけですか。構いませんよ」


「そ、そうなの?なら……」


まさかこんなあっさり承諾されるとは思ってもみなかった。

翼は光明を見た気がして、顔を輝かせる。


「そしてそのままこの身体を好き放題にする訳ですね。二人っきりですからね。――いやらしい」


ラティは即座にそちら方面に話の軌道を変えた。自分の胸を持ち上げ、呆れたように溜息を零す。


「?!」


確かに今まで二人っきりで良い雰囲気になった時は致している。


「今も二人っきりですね?ああ、催促ですか?食後の運動に洒落込もうと、下衆な考えをしておいでで?良いですよ?ツバサ様は手ずから脱がすのがお好みですよね?そういえばお持ちのDVDにこんなシチュエーションのものがありましたね。下着だけ脱がして?それともここで舐めさせようと?」


ラティはそっと立ち上がり、スカートに包まれたお尻を翼に向けて押し出した。

折られて捨てられたDVDには、確かに制服で屋上で致しているものがあった。しっかり中身まで確認されていることに戦慄しながらも、このスカートの中に潜むものを理解している翼は動揺を隠せない。

正直、脱がすのは最高だったと言わざるを得ない。


「……こ、こんなとこでする訳ないだろ?!」


煩悩を振り切った翼は毅然とした態度を見せた。


そうだ。現実でやったら退学ものだ。

……あれ?でも魔法使って認識操作すたら……?


などと、今更不穏な事を考え始める馬鹿。


「間がありましたが」


ラティは冷めた目で翼の顔を覗き込み、心の奥に潜む煩悩の尻尾を?もうと目論む。


「気のせいだ!気のせいだよ!」


目を逸らした翼は、必死になって逃げた。

ちなみに煩悩は、逸らす前に見つかっていた。


「さて、冗談はこの程度にしましょう。あの(・・)お話しですが。どうやら元老の方がお一人お見えになるそうです」


翼が自分に欲望を持っていることを確認したラティは、今までの会話の全てを冗談と切り捨てる。とんでもない女である。

そして切り替えた話題は非常に真面目なものだ。


「……多かったからね」


会話内容の落差に、翼はなんとも言えない顔を浮かべながら頷いた。


「毎晩毎晩懲りずにでしたからね。流石にあちらも動かざるを得なかったのでしょう」


初めて吸血鬼の襲撃があってから二週間程経っている。その間、ほぼ毎晩新しい吸血鬼が現れては梱包されて送り返されて行った。

軽く10体ほどもだ。流石に多過ぎる。吸血鬼側も動かざるをえないだろう。


「ま、これでゆっくり寝れるようになるかな」


翼はようやく終わりが見えて来た事で嬉しそうに笑った。最近は睡眠不足気味なのだ。


「そうですね。ツバサ様がその時間を睡眠に回すとは思いませんが」


ラティも同じく睡眠不足気味の筈だ。少なくとも翼よりは寝ていない事は確かである。

だというのにその肌は今までとなんら変わらぬ張りに満ちている。余程気合いを入れて手入れしているのだろうか。


「いや寝るよ。何するっていうんだよ」


翼は半眼になって言い返した後、ラティが何を言い出すかに気付いてハッと目を見開いた。


「ナニ、でしょう?あれでは満足していないようですからね。全く呆れ返る程の性欲です。病院に行きますか?」


案の定だった。何故軽口を返す前に気づかなかった。

相変わらずラティは酷い暴言を叩きつけてくる。第三者がここだけ見れば愛されているなど考えもしないだろう。


「いやいやいや!」


だがラティの瞳の奥には楽しげな光が灯っている。長い付き合いから、翼にはそれがよく分かる。

翼が咄嗟にパタパタと腕を振るが、ラティが意図的に胸をゆさりと揺らすと、その視線は釘付けになる。


「するのでしょう?」


視線を胸に集めたラティは、そらみたことかと勝利を確信した。

翼は視線を右往左往させたが、再び揺らされた胸に視線を吸い寄せられる。


「…………はい」


言い逃れできない。そういう事も考えたのは事実なのだから。

翼は涙を流しながら頷いた。


「素直でよろしい事で。今日くらいなら好きなだけして下さってもよいですよ?」


ラティは満足そうに頷き、ぐっと前屈みになって胸を突き出した。

素晴らしい大きさだった。大きさだけではない。形も張りも柔らかさも素晴らしいの一言だ。翼を夢中にさせる何かがそこにはあった。

意図せず、ぐびりと翼の喉が鳴った。


「……やれやれ。どうなってしまうのでしょうか」


ラティは頬に手を添え、溜息を零した。

呆れたような声で無感動な顔でも、その瞳は楽しげな光を灯していた。






「…………本当に、獣、ですね」


ラティは全身から汗を滴らせ、荒い呼吸を繰り返していた。


「い、いいって言ったじゃん」


口ではこう言いつつも、だいぶやり過ぎた感があることは否めない。

上から退こうとする翼を抱き留めて静止し、ラティは翼の首元に顔を埋めた。


「言いましたね。……しかし、これ程とは。これは、平日には、出来ませんね」


はぁーっ、と熱を吐き出すように息を吐き、ラティは髪を擦り付ける。

心地良い倦怠感に包まれたラティは、今暫くは離れる気は無かった。


「くっ……まだ、感覚があります。全く、どれだけ……」


ラティは眉をしかめ、もぞりと腰を揺らす。だいぶハッスルされたし、ラティもハッスルした。


「……可愛かったよ?」


翼がラティの顔を見つめて囁く。

ラティは無感動な顔のまま、かーっと頬を染めて行った。

ジロリと翼を睨んでも、こんな時だけは目を逸らしてくれない。

やがて根負けしたラティが目を逸らした。


「………………………連絡が来ています。……ああ、明日には、お見えになるそうです」


翼を見ないようにしながら幾つか魔法を操り、話題を逸らしてしまう。


「早いね」


横顔に視線を感じ続けたラティは、ぐいっと翼の身体を抱き締めて、翼の顔を枕に押し付けた。


「まあ、あのペースですからね。流石に捨て置いてはおけないのでしょう」


そして翼の背中と髪を撫でながら、段々声のトーンを減らしていく。


「……明日の朝はお母様にお任せしましょう」


最後には、既に半分眠っているような声になっていた。

疲れ果ててしまっていた。朝食の準備も諦める程に。

ラティは眠りに落ちる前に翼の頭を持ち上げた。


「むぐっ」


胸に押し込み、逃げ出さないように抱き締める。


「お好きでしょう?」


抱かなくても逃げはしないだろうが。しかしそうしたいのだ。

翼は僅かに動いた後頷いた。


「色々とありますが……明日に……しましょう。……では、申し訳ありませんが、お先に、失礼しま、す……」


それを確認すると、ラティはすぐ様意識を手放した。

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