00話 お久しぶりです
ようやく書けた!!
黒木翼は困っていた。非常に困っていた。
今をときめく高校二年生の男子である彼は、黙って立っていれば女性が寄ってきそうな端正な顔に皺を浮かべ、その雰囲気を台無しにしていた。
「本当に来るの、ラティ……?」
そして翼が困っている原因は目の前に済ました顔で立っていた。
ラティと呼ばれた女だった。
銀髪蒼眼の端正な顔立ちの女だが、その姿はおかしかった。メイド服である。間違いなく間違っている。
しかしラティはメイド服をきっちりと着こなしていた。単体で見れば違和感など欠片も見当たらない。が、一般家庭の高校生の部屋には似つかわしくは無い。
ラティは翼に向けて冷たい無機質な瞳を向ける。
「当然です。グラン様に任せてしまっては――」
顔と瞳通りの無機質さを感じさせる声だった。
だが涼やかで良く透る不思議な声色でもあった。
「翼だよ。今は黒木翼だ」
翼はその声を遮った。
グラン様と、そう言葉が紡がれた瞬間だけ、翼は情けない顔を正した。
その為だろうか、ラティは一度口を紡いで翼の瞳を見た後、微かに頭を下げた。
「失礼しました。ツバサ様に任せていては被害がどうなるか分かったものではありません。パワー馬鹿のツバサ様か馬鹿をしないとも限りませんし」
ラティは丁寧な口調で訂正しつつも、その言葉の中に罵倒を交えた。
ピクリと翼の頬が引きつった。
「……お前今なんつった?」
明らかに気分を害した様子の翼。
それはそうだろう。ラティはメイド服を着て、口以外は翼を立てる様な態度を取っている。
だと言うのに突如罵倒し始めたのだ。
だがラティは表情を一ミリも崩すことなく、微かに首を傾げるだけだった。
「はて?馬鹿に馬鹿と言っても間違いは無いかと思いますが」
あまつさえ、さらなる侮辱をすらすらと紡ぎ出す有様である。
「……一応俺が主人だよね?!ねえ?!」
翼はラティに詰め寄り、彼女の肩を掴んで揺すり始めた。メイド服に包まれた豊満な二つの脂肪がゆさゆさと揺れるが、どちらもその事には意識を向けなかった。
いや、翼の目が微かに揺れるそれに向けられた。
ラティはそこで初めて表情らしい表情を浮かべた。ほんの微かに、頬を歪めたのだ。
それは小馬鹿にする様な笑みだった。
「私の主人はグラン様ですが。貴方様はツバサ様なのでしょう?」
今まさに言われた事の揚げ足を取るような言い草だった。
自分でそう言った手前、翼はぐっと息を詰まらせるしかできなかった。
しばらく反論を考えた翼は、やがて諦めた。つい熱くなってしまったが、何を言ってこの見た目だけメイドには勝てない事を知っているからだ。
「……なら放っておけばいいじゃん」
翼は唇を尖らせ、苦し紛れに呟いた。
勝利したラティは翼から目を逸らすと、表情を変えないままに物憂げなため息を吐くという妙技を披露した。
「そうはいきません。いずれはまた私の主人になるのですから。……非常に嘆かわしい事ですが」
どう足掻いても毒を吐いてくるラティに、翼はまたすぐにヒートアップした。
「おい!?じゃあ首!望み通り首だ!」
するとラティはやはり表情を変えないまま、パチリと瞬きをした。そしてその後ゆっくりと首を傾げ、心底不思議そうな声色を放つ。
「……?何故主人でも無い方が私を首にできるのですか?馬鹿ですか?あ、失礼しました。馬鹿でしたね。いえ、馬鹿に失礼ですね。大馬鹿でした」
流れるように毒を吐くラティは実に生き生きしていた。見るものが見れば、彼女が非常に機嫌が良いことが分かるだろう。
「こ、この野郎……!」
翼の額にピキピキと青筋が浮かび上がる。
「それよりも」
だがラティは全く意にも介さず、翼の目を見つめた。
「宜しいのですか?」
そして、何処か虚空に向かって視線を動かす。壁の向こう、更に先のどこかに焦点が結ばれているように見えた。
その視線を追って当初の目的を思い出した翼は悔しげに歯を軋ませる。
「ぐっ!覚えてやがれ……!」
すると、ラティは目を細めた。
「私はどこぞの大馬鹿と違いますので忘れませんよ?……ええ、勝手にいなくなった挙句に間抜け面で遊んでいた何処かの大馬鹿主人に目にモノを見せるまでは……ッ!」
言葉を放つに連れて無機質な瞳の奥に蒼い炎が灯り燃え盛っていった。表情の無い顔が昏い笑みを形作り、身体から獰猛な空気が溢れ始める。
「ッ?!」
ビクッ!と翼は震えた。
メラメラと燃え盛る瞳から慌てて顔を反らした翼は、横顔に感じる視線にダラダラと冷や汗を流し始める。
「……ゆ、許すことは大事な事だと思うんだけど。そこの所はどう思いますかねラティヴィアさん」
そう短く無い間を共に過ごし、そして実に久しぶりに出会ったラティ。再会した直後から以前となんら変わらぬ対応をされていた事で気付かなかったが、翼もようやく気が付いた。
『ブチキレていらっしゃる――ッ!』と理解した翼は、緊張から荒くなった呼吸を繰り返す。
ラティは視線の圧力を無くした。そして安堵した翼が愚かにもラティの顔を見てしまった。
「――ええ。とても素晴らしいことですね」
満面の、笑みだった。
男女問わず見惚れてしまう、とてもとても素敵な笑顔だった。
「――限度がありますが、ね」
その瞳の奥の光にさえ気が付か無ければ。
瞳の炎は消えていなかった。むしろ更に煮えたぎり、今にも爆発し兼ねない程になっていた。
「ヒッ?!」
付き合いの長い分、翼は気が付いてしまった。
サーっと顔を青ざめさせていく翼を見て、ラティは満面の笑みを凄惨な笑みに変えた。
だがそれも一瞬だけ。
すぐさま今まで通りの無表情を顔に貼り付ける。
「さ、そのなんの意味も無い頭を下げる前に、する事を済ませましょうか?」
スムーズに土下座に移行しようとする翼を止めるラティ。
「は、はい」
翼は恐ろしくてラティの顔を見る事は叶わず、カタカタ震えながら頷いた。
これではどちらが主人か分からないが、これもまた二人の『いつも通り』だった。
「お話は、いつでも出来るようになりましたからね?ふ、ふふ……」
翼は間も無く訪れるであろう絶望を理解しながらも、背後からのプレッシャーに急かされるように先に進んだ。
一気に書いたので、きりの良さげな所で区切って投稿します。
超短いので、次は22時に!