私の癒し―粟立つ肌―
菊乃との帰り道、時折菊乃が後ろを振り返るので俺は気になって問いかけた。
「何さっきから」
「いえ、別に」
「別にじゃないだろ、さっきから何?誰かに付きまとわれてるわけ?」
そう言うと菊乃は少し目を見開いてから溜め息をついた。
「察しが良いようで悪いですね。まあ、性別として考えれば一般的に女性が多いですがね」
「は?」
「やはり注意として言っておきます。付きまとわれてるのは氷雨さんの方です。っと言ってもこれはあの線路の霊からの情報ですから私は詳しくは知りません」
「おれ?」
「はい、氷雨さんです」
自分に指を指して言うと菊乃は頷いた。
そんなまさか、付きまとわれてるなんて、気づかなかった。
「……ここ最近誰かに見られてるなんてありません?」
「いや、そっちゅう向こう側のやつらに見られてるから何がなんだか」
霊の中には視える事がわかるやつもいて、他の人間と変わらず見ていることがあるため常に見られてる感覚はする。
「ああ、感じとるのも時には仇となるのですね」
眉をひそめて溜め息をつく菊乃はそう言ってから、ちらっと横目で何処かに視線をながしてから今度は俺を見つめて手招きをした。
その動作に疑問に思いながら、とりあえず身を屈めるとずいっと菊乃は俺に顔を近づけた。
「!?」
近い近い。
キス出来そうな距離で菊乃の香りが鼻をくすぐる。
変に意識してしまう俺とは逆に菊乃は落ち着いた表情を浮かべて呟いた。
「さっきからついてくる女性がいます。今は隠れてますがきっと線路の霊が教えてくれたストーカーです」
「なにも至近距離で話さなくたって」
「ストーカーさんに対してのカップルアピールです。実際効いてるかは知りませんが」
「効いてなかったらどうすんの」
「少なくとも刺激にはなるでしょうね。私のものに近づく雌豹め!ぐらいには思ってくれればいいんですけど」
それはそれで問題かと。
とりあえず周囲の人らに「全くもう少し恥じらいを持て」とか「リア充だ」とか効き目はあるから、多分そのストーカーの人も効いてると思う。
しかし、俺にストーカーなんて現実味がない。
菊乃はあの線路の霊からの情報と言っていたが本当だろうか。
「ちょっと近いんじゃないかしら」
不意に女性の声が真横から聞こえた。少し苛ついたような声色だ。
菊乃もその声に気づき、声の主がいる方へ向いた。
綺麗にとかした長い髪の背が高くすらりとした女性が冷めたような目でこちらを見ていた。
近い?彼女の言葉に疑問を抱いていると菊乃が静かに笑った。
「出てきて良いんですか?」
「はあ?」
女性は菊乃に鋭い目付きで見下ろした。
ちょっと怯みそうになる女性の目付きにに菊乃は怯まずに笑う。
「彼をストーカーしてますよね」
いや、聞くか二言目に普通。
行きなりそう問う菊乃に対して女性は目を細めた。
「してないわよ」
そう答える女性。
菊乃は女性の言葉におや?っと小首を傾げてから女性に語りかけた。
「そうなんですか?なら何故近いと言ったんです?まさか、ガキ同士がイチャツクなと?とんだいちゃもんですね」
と、躊躇なく初対面のおそらく年上の女性に語る菊乃。
女性は菊乃の言葉にただ黙っていた。
そして一拍遅れてから菊乃の鼻で笑ったのが聞こえるなや否や、俺の視界が揺らいだ。
「……?」
目の前が青色の世界になり、ぽすっと俺の額に少し何かが当たる。
少し遅れたて俺は、菊乃が俺の頭を肩口へと抱き寄せ事を理解した。
青色の世界は制服だった。
「あら?何をそんなに顔を歪めて…まるで狙ったものがとられたような顔ですね」
笑いを含んだ菊乃の声が間近に聞こえるが、菊乃が言う女性の顔は頭を動かさない限りない見えない。
ちらっと女性の方を向くと、目を見開いてこちらを見ていた。時折口が動き、何かを言い出しそうだった。
そんな彼女を菊乃は煽るように呟いた。
「怖い顔ですよ?そんな顔、この人に見せて良いんですか?まあ、自分の全てを見て貰いたいなら別ですけど」
「……な」
「なんでしょう」
微かに女性から漏れた声に菊乃は静かに答えた。
「寄るな、触らないで。私の癒しに」
何処から出してるんだと思うくらい低めの声で女性がそう言う。
と言うか、俺の耳がおかしいだけだろうか?癒しと聞こえたんだが。
「やっと本性見せましたね」
菊乃はゆっくりと俺から手を離し、俺を自分の背中の後ろへとやるように歩みでた。
「癒しですか」
「そうよ。その子は私の癒しよ。何だろう、その柔らかそうな髪と顔がなんだか私の心を擽るのよ。見るだけでその日を生きれそう。それに触れたら柔らかそうだし噛みついたら甘そう」
彼女はにたりと不気味な笑みを浮かべながら俺を見つめ、うっとりすりような声で妙な発言した。
背筋が粟立つ。
「なのにあんたみたいなのが引っ付いてて邪魔くさいわ!」
今度は苛立たしそうな声で叫ぶ。
「いや、あのですね。普段一緒にいて私が横から入り込んで横取りしたなら話しはわかりますが、何故影で見ている人に邪魔呼ばわりされなきゃならないんですかね」
静かに呟く菊乃。その言葉に女性は歯ぎしりをして菊乃を睨んだ。
「うるさいわ。展示している作品を全体的に見たい人のこと考えず間近に見てる人見たいなものよあんたは」
いや、俺展示物じゃありません。
「間近で見たい人は作品の微細なところを見てるんでしょう?と言うか、彼は展示品じゃありませんよ?人です」
「…一々ムカツクわあんた。そこどいて。私の癒しが見えないじゃない」
「そう言われましても…」
「いいわ、もう私が行く。ふふ、一度あなたに触れて見たかったの私のいや…―」
言いながら俺の方へ歩み寄ろうとした時だ、彼女の両足が動かず、勢いよく歩みだそうとしたのか反動で上半身だけが前へと動く。
「っ!」
結果、そのまま地面へ倒れ込んだ。
痛そう。てか、何故倒れたのだろうか、そう疑問に思って倒れた女性を見つめていると菊乃が俺の腕を掴んだ。
「彼女から離れましょう」
そう言うと、俺の返事も聞かずに俺を引っ張っりながら走り出した。
いきなり走り出したせいで蹴躓きそうになりそうになったが、うまくバランスとりながら俺も走り出した。
「ふーっ、逃げれましたね」
「なんか当事者がなんもしてないんですが」
「え?ああ、氷雨さんはなんもしなくて良いんですよ。氷雨さん一人だったら彼女の押しに負けて終いには食べられそうで」
「……」
言い返せない。正直口喧嘩は弱いし、力ずくというのも向こうから暴力行為だと言われるのも困る。
「でも私は私で喋るだけならいくらでもいけますが体の方はきっと咄嗟には動きません」
「そう言えば変な倒れかたしたな」
そう呟くと、菊乃がああ、と言って微笑んだ。
「実はあれセンロさんですよ」
「センロさん?」
「線路の霊のことです。彼女があのストーカーの足を掴んだんです」
私が止めるから逃げてって声が聞こえたんですよっと言い付けたしながら、通りかかった自販の前へ立ち止まる。
「え?」
いたの?っという風に呟くと、自販の飲み物を選ぶ菊乃が頷く。
「迎えに行く前によったら、心配なのでついてって言いかと言われたので憑いてもらってたんです。そしたら案の定危ない感じでしたから、センロさんが止めてくれたんです。あ、ちなみに声が聞こえないのでおそらくまだあのストーカーさんのところか元の場所へ戻ったと思いますよ」
ピッと、自販のボタンを押しながら菊乃が語る。
「そう」
取り出し口に缶ジュースが現れそれを取り出す菊乃を眺めながら俺は呟いた。
よくみると抹茶ラテだった。
「なぁ」
「はい」
「その、ありがとう」
「いえ、私は何も。センロさんにもお礼言ってあげてくださいね」
「うん。花添えた方が良いかな」
「それは良いと思いますが、やたらに花を贈ると彼女勘違いしますよ?あ、氷雨さんが彼女に気があるならオススメします」
「……お礼だけ言っておくよ」
「そうですか」
俺がそう言うと缶のプルタブをあけて美味しそうに菊乃は抹茶ラテを飲み始めた。
「好きなんだな抹茶ラテ」
「はい好きですね。氷雨さんは?」
「んーあんまり。というか甘いものそんなに好きじゃない」
「おや、じゃあ噛んでも甘くないですね」
「……思い出したらまた鳥肌が」
「今噛んだら鶏肉ですね。私鶏肉も好きですよ」
からかうよう菊乃を睨むと「すみません」と悪びるようすはなくからからと笑っていた。
面白がってるなこいつ。