喫茶店―手向けの花を渡す前―
さて、どうしてこうなってしまったか。
俺は視線を目の前に氷の入った抹茶ラテをカラカラとストローで回し遊んでる少女に向けた。
ほんの少し前に彼女と出会ってしまった。
出会ったと言うと、ドラマチックに感じるが全くドラマチックじゃない。
霊感があるため彼女と関わることになってしまった。
彼女は霊の声が聞こえるらしく、常にそれに関わる事が好きでいつも霊の声に聞き耳をたてているらしい。
だが、聞こえても霊の姿が視えない彼女は、ずっと視えるやつを探していた。そして偶然にも霊が視える俺と会うことができた。
線路の霊の一件で彼女から「一緒に霊の悩みを解決しましょう」と空ろなクマ持ちの瞳をきらきらと輝かせて言ったのだ。
嫌です。
そう断りたかったのに、彼女は俺の返事も聞かず、さて立ち話もなんですから話をしましょうかとか細い腕の癖に強い力で俺を喫茶店までつれていった。
それが今にあたる。
「そいえば自己紹介がまだでしたね。私、花住菊乃です。菊乃で構いません」
「えーと、美空氷雨。好きに呼んでいいよ」
「それでは氷雨さんって呼びますね。氷雨さんは霊が視えるんですよね。どうやって霊と付き合ってました?」
何で霊と関わってる前提で問いかけてるんだこいつ。
「……」
答えずに黙っている俺を菊乃はキョトンと小首を傾げて、再び問いかけてきた。
「どうやって霊と付き合ってました?」
「あのさ」
「はい?」
「何で霊と関わってる前提なんだ?悪いんだけど俺、霊と関わるの極力控えてるんだけど」
そう言うと菊乃は目を見開いて驚いていた。
恐らく彼女の中では霊感がある、イコール霊と関わるとあるのだろう。
「そんな、霊が視えるんですよ!?ああ、なんて勿体無い!」
頬に手を添えながら嘆く少女。嘆く少女の声は案外通り、無数の痛い視線が突き刺さる。
「ショックです!」
うん、ショックなのはわかったからもう少し声のトーン落として欲しい。
そう願う俺とは裏腹に菊乃はマシンガンみたいに「声だけではわからない情報を氷雨さんは得る事が出来るんですよ。なのに関わりたくないなどとは…」と独り言をいい始めていた。
変な子だとは思っていたが、かなり変な子見たいだな。
俺はますます痛みを感じる視線を和らげたく、独り言で盛り上がる少女を止めるため声をかけた。
「で、本題は霊の悩みを解決するんだっけ?」
そう語りかけると菊乃の独り言はピタッと止まり、本題について思い出したのか菊乃は居ずまいを正した。
「すみません、取り乱してしまい」
本当だよ。
菊乃が落ち着いたお陰かで少し和らいだ回りの視線に安堵した。
「それでは改めて言います。私と一緒に霊の悩みを解決してほしいんです。いえ、厳密に言えば手伝って欲しいです。私は霊が視えません。ですから、氷雨さんに何処にどんな霊がいるか霊視してほしいんです。視るだけ、それだけでいいんです」
真っ直ぐに彼女はそう言ってきた。
視るだけなら、いいか、そう思っていると菊乃はにっこり笑った。
「では、まずは先程の線路の霊の悩みをですねぇ」
待て待て、何故俺の答えを待たずに話を進めるんだよお前は!
いやもうこの子のなかで俺は了解してるかたちになってるのか?
「で、暇なときあります?彼女に花を手向けてあげたいんですよ」
「うぇ!?なんか話し進んでない?」
「そうですね、返事がノーでない限り了解と考えてます」
何キメ顔してるんだこの変人少女。
「いや、待つこともしてくださいよ」
思わず敬語になる俺。
「霊相手なら待ちますよ」
にこやかに答える変人少女、菊乃。
「生きてるやつにも待ってあげろよ」
「そうですね。では、考えておきます。で、都合のいい日を教えてください、一緒に彼女へ花を手向けてあげたいんです」
「ねぇ、聞いてた?人の話し」
「はい、生きてる人の答えを待ての話ですよね。確かに強引に感じますが、私は氷雨さんに日にちを選択させてます。つまりいい加減な日時を教えても良いですし、行きたくなければ来なければいいだけです」
「……」
「難しくないですよね?」
なんだろ、なんか敗北感を感じるし、菊乃の言葉に一理あるとか思ってしまうんだが。
「一応連絡先も教えてください。あ、安心してください、変なことには使いませんので。こっちも教えます。そのあとはまあ好きにどうぞ、消すなり拒否なり流すなり」
「言ってて悲しくならない?」
そう菊乃に問いかけると、彼女は小首を傾げた。
「そうですか?特にそんな風には思いませんが」
「そ、そう」
何その精神面。鉄なの?
変な感心をしていると彼女は掌を合わせて閃いたように呟いた。
「ああ、もしかしたら私、自から人を誘うことにテンション上がってるのかもしれません。普段私自ら他人へ関わり持とうなんて霊以外の人へなんてしませんし、さらに自分が願っていた人に、霊が視える人に会えたんですから」
合わせた掌を顔の横へ添えて嬉しそうに言った。
彼女の言葉に少しさみしいものを感じつつ、俺はとりあえず自分の連絡先を教えた。
彼女の連絡先は普通に登録し、後日俺は都合のいい日時を教えた。
数日後、薄暗い空のしたで待ち合わせ場所に欠伸をしながら待っていると花束をもったセーラー服姿の菊乃が現れた。
「来たんですね」
「まあな。つか早朝だぞ」
「私は何時でも構いませんよ」
クマ持ちの目がにっこり笑う。
いや、構いますけど。
「さて、いきましょうか?」
「ああ」
俺たちが会った線路へと手向けての花を持って、向かった。