花と雨と線路の霊―手向けの花―
薄く明るくなった空のした、小さな花束を抱えてるセーラー服姿の菊乃。
目の前には、菊乃が以前警報器が鳴ってるのにも関わらず遮断機を潜ろうとした線路。
「さて、氷雨さん。どのあたりに花を手向けますか」
菊乃は振り返り、後ろで眠気と格闘する俺に問いかけてきた。
「んーそこらへんとか?」
適当に適当な所を指差して答えると、菊乃が大きな溜め息をついた。
「氷雨さん、適当過ぎます。人目を避けるために早朝に花を手向けると言ったのは氷雨さんじゃないですか」
「いや、でもなんで俺まで」
「氷雨さんも私の霊の悩みを解決する手伝いをしてもらいます。異論は認めません」
いや、認めろよ。
「あと、ここの霊の人は声からして女性でした。そして、ずっと氷雨さんのことが気になってたそうです」
「は?」
「ですから、是非氷雨さんに手向けて欲しいと……ふふ、春ですね」
いや、何穏やかに言ってるのこの子。春ですねじゃないよ。
「そこの遮断機の所ならひかれも踏まれもしませんし、誰かに気づいてくれますし」
花束をにこやかに俺に手渡し、菊乃は遮断機の付け根の方へ指差した。
俺は気が進まないまま遮断機の付け根の所へ花束を手向けた。
「彼女、喜んでますかね?」
「さあ」
「…よ、ろ、こ、ん、で、ま、す、か、ね?」
菊乃の声が一語一語強めに呟かれ、多分姿を確認しろと言うことだろう。
今度は俺が溜め息をついて目を閉じた。
いた、目の前に丁度。
やっぱりヒトガタの白いもやではっきりしない。だが、顔があると思う場所が喜んでいるように見えた。
「あ、うん、喜んでいるように
見える、かな」
「ええ、そうですね。ありがとうと彼女言ってましたよ」
「それ視なくてもよかったんじゃ」
「いえ、誰の声なのかわかりませんから。氷雨さんの目があり改めて個人とわかりますから」
菊乃はそう呟きながら微笑んでから、あっと声をだした。
「それから、あのとき足をつかんでごめんなさいって彼女から謝罪が」
「あ、ああ。あの時の、確かにビックリはしたけどもう気にしてないよ」
「良かったですね。ん?はい、なんでしょうか??」
急に独り言、いや線路の霊と話してるのだろうぶつぶつ何かを話し始めてしばらくたってから話が終わった。
「はい、ではまた。あ、すみません、話終わりました。氷雨さん、もういきましょうか」
「?そう」
何を話していたのか少し気になりつつ俺は歩み始めた菊乃の後をついていった。
「……なあ菊乃」
「はい」
やっぱり菊乃があの霊と話していたのが気になり、菊乃に声をかけた。
「何話してたんだ」
「何といいますと?」
笑みを浮かべて返す菊乃だが、何となく表情が堅い気がする。
「いや、さっきの線路の霊と」
「……女の子の内緒話です」
間をあけてそう言って、俺が触れるべき話ではないことを知り、悪いと謝った。
菊乃はまた間をあけてから、謝ることじゃありませんと呟いた。
「それでは私はこれで、このままゆっくり学校へ向かいます。それではまた後程、伺います」
ぺこっと頭を下げてまだ静かな商店街の方へと彼女はゆっくりと立ち去っていった。
最後の後程伺いますって何?
疑問点を抱きながら、商店街にある時計を見るとまだ学校には数時間早い。また時間まで再度寝ようと、家へと向かった。
学校へゆっくりと向かう菊乃は、静かな商店街のなかで正真正銘の独り言を呟いていた。
「さすがに男性にあなたストーカーされてますよなんて言えないわ。ましてや霊情報…」
あの線路の霊がずっと気になっていたのは異性としても見て好いていること以外に、彼に―氷雨にストーカーがついていたことに一番気になっていたことらしい。
それを伝えたくて氷雨の足をつかみ伝えたかったが伝わらず、菊乃へとそのことを伝えた。
そしてその事を伝えるか氷雨との道中悩み、結局伝えるのはやめた。
とりあえず一緒に帰りストーカーに諦めさせるのはどうかと、我ながら雑で勘違いが生まれやすい提案だと菊乃は思った。
「でも、彼女(線路の霊)との約束だからね」
白んでくる空を眺めながら菊乃は呟いた。