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死にたがりの赤ずきんと気の長い狼の迂遠な関係 - サン

作者: 萩原間九郎

『サン。』


 身長は小学生並で、やや赤みがかった琥珀色の髪をボーイッシュな短髪に切りそろえ、大きな目をぼーっと開いて、どこか遠くを見つめている。三橋亜留は、そんな少女だった。

 集団行動が苦手なのだろうということは、すぐにわかった。誘われればそこそこについていくし、人から頼まれたことを、表面上は快く引き受けてやる。しかし、三橋亜留が自分から何かを提案するということは、ないようだった。どれもこれも、誘われたからやる。喜んで、もしくは自分から進んでなにかをやるということはない。見た目はともかく、その性格から、彼女はまったく目立たない存在だった。

 しかし、三橋亜留はある日を境に一斉に好奇の目を向けられることになった。

 その日は、衣替えの日だった。当然、私は夏服に変えて登校したし、他の生徒も同様。そんな中、三橋亜留だけが冬服を着用したままで、しかもこれまで通り、タートルネックのインナーと黒いタイツを着用していた。

 時期はもう六月。張り付くような不快な湿気と、上がり調子の気温のせいで汗が止まらないというのに、彼女は何故ああも完全防寒のままなのか。

 周囲の人間から好奇の目を向けられても、三橋亜留は頑なに冬服を変えない。別段校則に違反しているわけではなく、教師は黙認していた。そして、何かいわれるたびに、昔事故で負った傷があるから、と彼女は言い訳する。やがて周囲は何も言えなくなり、彼女の特異な服装は、冬服となるまでの間、アンタッチャブルな不協和音となるのだろうと思われた。

 そんなある日、私は屋上から飛び降りようとする彼女を見つけた。ヒステリックなところもなく、むしろ死のうとする行為に陶酔すらしているかのような、上気した表情。

 自殺を止めてやる筋合いはなかったが、その表情に私は惹かれた。正確には、食指が動いた。

 話しかけると、彼女の顔からは一気に陶酔が抜けていき、普段通りの茫洋とした表情に変わってしまった。

 残念。一瞬そうは思ったが、好都合だと思い直した。

 ここで死なれては、目立ちすぎる。

 私は彼女に、矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。彼女なら、三橋亜留なら私の欲求を満たしてくれる。わけもなく、そんな確信があった。知りたい。知らなければ。私は使命感にも似た衝動に突き動かされ、思いつく限りの質問をした。

 三橋亜留の方でも、私へ格別の興味を抱いてくれたらしい。自殺を止める人間がいても、まさか薦めた挙げ句にその死体を食わせろと言い出した人間は、ほかにはいないだろう。

 私は、本気だ。

 食えるなら誰の肉でも良い。ただ、後腐れがあるのは駄目だ。だから自分で殺して食べるなんて以ての外である。本気で自殺を考えている人間が好ましい。

 自殺志願者を見つけたとにても、制約はいくつもついて回る。誰にも死んだとしられないこととか、食べる部分がちゃんとのこっていることとか。

 今のところ、理想的な死に方は失血死だ。死体の損壊は少なく、余計な成分が混ざることがない。その上血抜きまでしてくれる。

 そういう意味では、三橋亜留との邂逅は、私にとって天の導きだった。彼女は何故か、血を流して死ぬことにこだわりを持っている。私が捕まえたときは屋上から飛び降りようとしていたが、そんなことは滅多になく、ほとんどが刃物による試みなのだという。

 まったくもって、お誂え向きなのだ。

 その翌日、私は三橋亜留を自宅に誘った。

 一軒家だが、私の他には誰も住んでいない。週に一度、開業医の伯父夫婦が泊まりにきてくれるが、それ以外は一人暮らし。

 だから、連れ込むのには好都合だった。

 私は常に彼女を質問責めにした。食事の準備をしているときも、食事を振る舞っているときも。彼女はうんざりとした表情を浮かべながらも、ひとつひとつ丁寧に答えてくれた。

 だが、たりない。質問だけでは足りないのだ。

 裸を見たい。

 そう私が言ったとき、三橋亜留ら驚くより慌てるより、怯えたようだった。

 言い方を間違えたのだろうと思い、

「あなたの身体を知りたい」

 といったら、顔は一層青くなった。

 私は同性愛者ではない。性的な興味で言っているーけではないのだが、どうも、そう勘違いされたらしかった。

「ぼ、僕の起伏のない身体を触っても、お、面白くないと思う……」

 声は震えていたが、何故か逃げ出そうとはしない。

「気にしないで。食べるのに良さそうな所を見繕うだけだから」

 彼女の琥珀色の瞳を覗き込みながら、脱ぎなさいと命令をする。彼女は青い顔のまま、自分の制服に手をかけた。

 脱ぎ終えた彼女の、白い柔肌に無数の傷跡を刻んだ肉体を見て、私は正直落胆した。傷跡は別にどうでも良いが、欠食児童を想起させるような、痩せた身体だったのだ。

「このままじゃ、死なせられないわね……」

 今死なれても、食べる場所がない。

「ご飯ちゃんと食べてる?」

「た、たまに……」

 目を泳がせながら、三橋亜留は答えた。

 無理もない。彼女の家庭は片親で、現在父親と二人暮らし。その父親も、仕事で滅多に家に戻らないのだという。ずぼらな三橋亜留がちゃんと食事を取らないのは、ある意味自然なのかもしれない。

「……となると、仕方がないか」

 私は前屈みになって身体の全面を隠そうとする三橋亜留に向き直った。

「ご飯の用意、してあげるから。ここに住みなさい」

「え、ええ!?」

「私が手ずから食事を与えて、世話をしてあげる。その代わり、ある程度の肉がつくまで、死ぬことは許さない」

「で、でも」

「でもじゃないわ。あなたが今死んだとして、私にどこを食べろというの?」

「う……」

「明後日までにあなたのお父様を説得してきて」

「は、はい……」

 瞳を見て命令すると、三橋亜留は不安げに頷いた。

 それから、やや間を空けて。彼女に食べさせる食事の献立を考えていた私に、

「あ、あの、佐宮間さん……?」

 おずおずと三橋亜留は問いかけてきた。

「まだ何か?」

「その、そろそろ服、着てもいい?」

 そういえば、裸にさせていたのだった。いい加減、羞恥の限界だと言わんばかりに、彼女は目に涙を溜めている。

 私は好きになさいと投げかけて、再び献立の立案に没頭した。




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