神々の黄昏は、シャンパンの泡の数ほどに
クリスタルガラスのシャンデリアが、王宮の大夜会会場をこれ以上ないほど傲慢に照らし出していた。
天井画に描かれた神々は、金箔の雲の上から私たち人間を見下ろしている。その神々の冷ややかな視線は、今まさに私の頭上に降り注ぐ、衆人環視の罵倒と実によく調和していた。
「エレオノーラ・フォン・アスガルド! 貴様の平伏せざる傲慢、そして健気なるマリアに対する陰湿極まりない嫌がらせの数々……もはや見過ごすことはできん! 本日、この神聖なる夜会の場において、貴様との婚約を破棄することを宣言する!」
大気を震わせるほどの大音声。声を張り上げているのは、我が国の第一王子であり、私の「元」婚約者、アウグスト・フォン・ラングハイムだった。
彼の輝く金髪は完璧にセットされ、純白の礼服には金糸の刺繍がこれでもかと施されている。その姿はまるで童話から飛び出してきた正義の騎士のようだが、残念なことに、その頭蓋骨の内部に詰まっているのは脳味噌ではなく、最高級のバターか何かのようだった。
彼のがっしりとした腕にしがみついているのは、男爵令嬢のマリア。
桃色のふわふわとした髪に、潤んだ栗色の瞳。彼女は怯えた小動物のような仕草でアウグストの胸に顔を埋めながら、睫毛の隙間から私を見下ろしていた。その瞳の奥にギラギラと輝く「勝者の悦虐」を、私は見逃さない。彼女はどうやら、自分がこの世界の主役であり、私は排斥されるべき悪役だと信じて疑わないらしい。
(ああ、素晴らしい。実に素晴らしいわ)
私は胸中で、スタンディングオベーションを贈っていた。
鼓動が歓喜に跳ねるのを、私は淑女の仮面の裏側で必死に抑え込む。扇で口元を隠し、深く、深く、絶望に打ちひしがれた哀れな女の息を吐き出した。
「アウグスト殿下……それは、一体どういうことにございますか? 私が、マリア様に嫌がらせを……? 何かの誤解にございます。私はただ、殿下の婚約者として、この国の未来を思い……」
私の声は、我ながら完璧な震えを帯びていた。涙で潤んだように見せるため、わざと瞬きを多くする。
周囲を取り囲む貴族たちの間から、ひそひそとした囁き声が漏れ聞こえてきた。
「見苦しいぞ、アスガルド公爵令嬢」
「いつも病弱を理由に引きこもり、裏で糸を引いてマリア様を苦しめていたのだな」
「やはり、あの冷酷な『財務の怪物』アスガルド公爵の娘だ。血は争えん」
クスクスという嘲笑。冷ややかな視線の雨。
この場にいる貴族の九割は、私ではなく王子と、その新しい愛妾となるであろうマリアの側に立っている。当然だ。彼らはみな、我がアスガルド公爵家が近年、王国内のあらゆる利権を買い占め、彼らの放蕩な生活を「法と契約」という名の鎖で縛り付けていることに不満を抱いていたのだから。
「白々しいぞ、エレオノーラ!」
アウグストは勝ち誇ったように顎を上げた。
「マリアが学園の売店で買おうとした限定のアプリコットタルトを、貴様の権力ですべて買い占めさせただろう! さらに、マリアが大切に育てていた中庭の花壇のバラを、夜の間にすべて引っこ抜かせた! それだけではない、彼女の教科書を泥水に浸し、あまつさえ彼女のドレスに泥を引っかけるよう下僕に命じたな!」
(……ぷっ)
危うい。本当に危うかった。
今、私の胃のあたりから突き上げてきたのは、悲鳴ではなく純粋な爆笑だった。
大の大人が、それも一国の王位継承権第一位の男が、国家の縮図たる宮廷夜会の真ん中で「アプリコットタルト」と「花壇のバラ」について、国家反逆罪並みの熱量で演説しているのだ。これ以上の喜劇がこの世にあるだろうか。
ちなみに、彼の指摘は半分正しく、半分は私の「親切心」によるものだった。
アプリコットタルトを買い占めたのは、そのタルトに使用されていた小麦粉から重篤なカビ毒が検出されたため、我が家の息のかかった商会が流通を差し止めたからだ。マリアの健康を守ってあげたと言ってもいい。
花壇のバラを引っこ抜いたのは、彼女が「珍しい綺麗なバラの種を見つけたの!」と喜んで植えたものが、隣国で「家畜が一口食べれば狂い死ぬ」と指定されている猛毒の寄生植物だったからだ。放置すれば王宮の庭園が全滅するところだった。
教科書が泥水に浸かっていたのは、彼女が雨の日に窓を開けっ放しにして帰ったからであり、ドレスの泥は、彼女がアウグストとの逢瀬に夢中になるあまり、王宮の馬車馬の足元に自ら飛び込んで転んだ結果である。
私はそれらの事実を、すべて詳細な報告書として王子の執務室に届けておいたはずだった。だが、おそらく彼はその報告書を「悪女の言い訳」として読まずに暖炉の薪にでもしたのだろう。文字を読むのが苦手な方だから、仕方のないことかもしれない。
「殿下、それらはすべて……」
「言い訳は聞かん! 証拠は上がっているのだ!」
アウグストは懐から、一通の羊皮紙を取り出した。
それこそが、私と彼の婚姻契約書、そして今回の「婚約破棄」を公的に証明するための告発状だった。
「ここに、我が王家の名において、貴様との婚約を白紙撤回する旨を記した。すでに我が父、国王陛下からの許可も得ている。エレオノーラ、貴様のような嫉妬に狂った醜悪な女は、ラングハイムの王妃にふさわしくない。即刻、この場から立ち去り、公爵邸で己の罪を悔い改めるがいい!」
マリアが、アウグストの影から私に向かって、これ以上ないほど甘やかな、そして勝ち誇った笑みを浮かべた。彼女の脳内では今頃「悪役令嬢を倒し、王子様と結ばれるハッピーエンド」というやつだ。
私は、ゆっくりと頭を垂れた。
肩を微かに震わせる。周囲には、私が絶望のあまり泣いているように見えただろう。
(ああ、ついに。ついにこの日が来た。契約書の条項、第十七条、第三項。――発動条件、クリア)
私の脳内にある「高速演算」が、パチパチと心地よい音を立てて弾け飛んだ。
「……承知いたしました、アウグスト殿下」
私は顔を上げた。涙は一滴も出ていないが、目は赤く見せるためにさっきからわざと擦っておいた。
「殿下がそこまで私を忌み嫌い、マリア様を愛していらっしゃるというのであれば、私がこれ以上、お二人の清らかな愛の邪魔をすることは不本意にございます。……婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「フン、物分かりが良いな。最初からそうしていれば、これほど恥を晒さずに済んだものを」
アウグストは満足げに鼻を鳴らした。彼は、自分が歴史に残る偉業を成し遂げたかのような顔をしている。
私は彼の手から、婚約破棄の合意書を受け取った。そこには確かに、国王の御璽が押されている。これで、国家公認の婚約破棄が成立した。
「では、私はこれにて失礼いたします。……最後に一つだけ、老婆心ながら申し上げてもよろしいでしょうか?」
「何だ? 命乞いなら聞かんぞ」
「いえ、命乞いなどと滅相もない。ただ……」
私はマリアの方へと視線を向けた。彼女の身に纏うドレスに、私の目は釘付けになっていた。
「マリア様、その大変素晴らしいドレス……『ルミエール商会』の特注品でいらっしゃいますね? 南方の純銀糸をふんだんに使い、星屑を散りばめたような極上のシルク。時価にして、およそ金貨五百枚というところでしょうか」
マリアは一瞬、ギクリとしたように身を硬くしたが、すぐに胸を張った。
「ええ、そうですわ! アウグスト様が、私のために用意してくださったのです。エレオノーラ様のように、地味で陰気なドレスしか着られない方には、お似合いになりませんでしょうけど」
「ええ、本当に素晴らしいお召し物ですわ」
私は満面の笑みを浮かべた。
「ルミエール商会は、我がアスガルド公爵家が株の八割を保有する傘下の企業です。そしてアウグスト殿下、そのドレスの代金、およびこの三ヶ月間にマリア様が購入された総額金貨三千枚に及ぶ宝石や調度品の代金ですが……すべて、王家の『ツケ』、すなわちアスガルド公爵家からの融資口座から引き落とされております」
アウグストの眉がピクリと動いた。「それがどうした」と言いたげな顔だ。
「つまり、お二人が今着ていらっしゃるその豪華な衣装も、マリア様が毎日召し上がっている最高級のハチミツも、すべて我が家の財布から出たお金で支払われているということです。……そして、婚約が破棄された以上、我が家は『王家の親族』ではなくなります」
私は一歩、後ろに下がって、完璧なカーテシーを披露した。
「ラングハイム王家が我がアスガルド公爵家に負っている、累積債務、総額金貨四億八千万枚。婚約破棄に伴う特約条項に基づき、明日正午を期して、一括返済を要求いたします。もし返済が滞る場合、事前に締結された『国家資産担保条約』に従い、王宮、王領地、ならびに国内のすべての鉱山および関税徴収権の所有権が、我が公爵家へと移転いたしますので、あらかじめご承知おきくださいませ」
静寂が夜会会場を支配した。
シャンパンの泡が弾ける音すら、今はやけに大きく聞こえる。
「……は? な、何を言っている?」
アウグストの脳味噌(最高級バター)が、ようやく事態の異常性を察知して溶け始めたようだ。
「それでは皆様、どうぞ素晴らしい夜をお過ごしください。私は、明日の『集金』の準備がございますので、これにて失礼いたします」
私は振り返り、一切の未練なく、大夜会の会場を後にした。
背後から、「おい! 待て! エレオノーラ! どういう意味だ!」という王子のマぬけな絶叫が響いてきたが、私は一度も振り返らなかった。
────
「お疲れ様でございました、お嬢様。実に見事な大根役者ぶりでございました」
王宮の外に待たせていた、我が公爵家の漆黒の馬車に乗り込むと、御者台から降りてきた初老の執事、セバスチャンが恭しく扉を閉めながらそう言った。彼の声には、深い敬意と、同時に隠しきれない愉悦が混じっている。
「失礼ね、セバスチャン。私はあれでも、悲劇のヒロインを全力で演じたつもりよ。涙腺を刺激するために、袖口に仕込んでおいた玉ねぎのエキスが目に染みて、本当に大変だったんだから」
私は馬車のふかふかの座席に深く腰掛け、窮屈なコルセットから解放されるように大きく息を吐いた。
馬車が静かに動き出す。車窓から見える王宮は、闇の中に浮かび上がる巨大な墓標のようだった。
「それで、公爵(お父様)への報告は?」
「すでに。旦那様は、事前にお嬢様からの合図を受け取った瞬間、中央銀行の地下金庫の鍵をすべて施錠させ、王家へのあらゆる信用供与を停止いたしました。現在、ラングハイム王国の国庫にある現金の残高は、金貨換算でわずか『十二枚』にございます」
「じゅうに、まい」
私は思わず、吹き出してしまった。
「一国の王家が、明日の朝食代にも困るレベルじゃない。あの無能なアウグストが、マリアとかいうおがくず頭の女のために、どれだけ国費を流用していたかがよく分かるわね。……ねえ、セバスチャン。王家が明日、四億八千万枚の金貨を用意できる確率は?」
「万に一つもございません。彼らが保有する唯一の『現金化可能な資産』である王宮の美術品も、すでに先月、お嬢様が裏で手を回して、市場価値を三分の一にまで暴落させておきましたから」
「ふふ、そうだったわね。過剰供給は価格の暴落を招く。経済の基本すら知らないから、あのおバカな王様たちは、我が家が『美術品を高く買い取ってあげる』と言っただけで、喜んで担保に入れたのよ。まさか、その買い取り資金自体が、彼らの首を絞める縄になるとも知らずに」
私は馬車のシートに転がり、お腹を抱えて笑った。だが、現実の復讐はそんなに甘くない。
私を裏切り、愚弄し、我がアスガルド公爵家の富を貪り尽くそうとした代償は、感情論ではなく「数字」によって支払われなければならない。
私は彼らを殺さない。追放もしない。
ただ彼らから「特権」と「金」という名の衣服をすべて剥ぎ取り、一人の労働者、いや、一匹の債務者として、この資本主義(私が作り上げた経済システム)の底辺で、死ぬまで這いつくばらせるのだ。
「ああ、楽しみだわ。明日の正午、アウグストはどんな顔をして私を迎えるかしら?『冗談だろう、エレオノーラ』とでも言うのかしらね」
「おそらくは。あるいは、国王陛下が血を吐いて倒れられるか、どちらかでございましょう。すでにアスガルド商会は、王都のすべての穀物市場の買い占めを完了しております。明日から王宮への食料納入は、通常の『倍の価格』、いえ、債務不履行へのペナルティとして『十倍の価格』で請求いたします」
「素晴らしいわ、セバスチャン。彼らには、我が家の小麦粉で作った最高に高価なパンを、涙を流しながら食べてもらいましょう。マリア様が欲しがっていたアプリコットタルトも、一個金貨百枚で売ってあげたらどうかしら?」
「それは名案でございます。彼女の『男爵令嬢』としてのプライドが、そのタルトの価格に耐えられるかどうか、見ものでございますな」
馬車は闇夜を進む。
私の心は、これまでにないほど晴れやかだった。
アウグスト、マリア、そして我が家を「平民上がりの成金」と蔑んできた無能な貴族たち。
あなたたちが今夜、甘い夢を見ている間に、世界の支配者は交代したのよ。
明日、太陽が昇る時、あなたたちの愛する「輝かしい王国」は、我がアスガルド公爵家の「巨大な子会社」へと変貌するのだから。
「さあ、始めましょう。誰も逃れられない完璧な債権回収を」
私は暗闇の中で、邪悪な、しかしこれ以上ないほど美しい笑みを浮かべた。




