表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

自由落下

掲載日:2026/05/16

「恋に落ちる速度は、自由落下フリーフォールに似ている。空気抵抗など存在しないかのように、ただ抗えない引力に引かれ、加速していく――」

高校時代の男勝りなバンド仲間が、見違えるほどの美女になって現れたとき、僕らの間にあるはずだった「ただの友達」という境界線は、すでに意味を失っていた。

本作は、久々の再会に胸を躍らせる主人公・祐介が、夢の国という重力圏の中で、自らの恋心にどこまでも自然に、そして劇的に引き寄せられていく瞬間を描いたショートストーリーである。

隣り合う二人の距離、重なる手、そして加速していく鼓動。

純粋な引力に身をまかせた恋が、最高到達点に達したその瞬間――あまりにも無慈悲な、本当の「急降下」が幕を開ける。心の安全バーを締めて、祐介の切ない顛末を見届けてほしい。

自由落下

きっかけは、スマホに届いた一件のラインだった。

【春休み、みんなで〇ィズニー行かない?】

送り主は、高校時代のバンド仲間・和泉 環奈

(いずみ かんな)、僕の唯一の女友達だ。

彼女の誘いに、メンバー全員が即OK。

日程があっという間に決まった。

「ふぁ~あ。」

大きなあくびがついて出る。

「集合十分前。他のみんなはまだみたいだな。」

缶コーヒーを啜りつつ、周囲を見渡す。

制服、私服、ヘアバンドにカチューシャ。

みんながみんな、浮足立って誰かを待っている。

《友達か、あるいは恋人だろうな。いいなぁ……。》

羨ましさや憧れの感情が浮かんでくる。

気付けばその光景を、ぼんやりと眺めていた。

「あれっ?もしかして、祐介君?」

ふと、隣から声が掛かる。

「えっ?あ、はい。そうですが?」

振り向くと、そこには綺麗な女性が立っていた。

あどけなさを残しつつ、色気を感じさせる目鼻立ち。

三つ編みにして、肩に流された茶髪。

おまけに、ベージュのカーディガンと黒のパンツコーデが、彼女のスタイルの良さ

を際立たせている。

「やっぱり!良かったぁ、人違いだったらどうしようかと思ったよ~。」

彼女は笑って、僕の肩を叩いている。

随分と楽しそうな様子、一方で、僕はそれどころじゃなかった。

《肩ぁぁぁぁ!!誰かは知らんが、美女の手が、ぼ、僕の肩にぃぃぃぃ!!》

葦名あしな 祐介ゆうすけ19歳。

乏しい女性経験がここに来て、裏目に出てしまった。

額や全身から、今にも脂汗が噴き出しそう。

体が限界を迎えかけた時だった。

「おっ。環奈ちゃん、葦名君、二人ともここにいたー!」

遠くから、三人の男女がこちらに駆け寄ってくる。

距離が近づくにつれ、その顔触れは見知ったものだと発覚した。

「彩香ちゃんに、コータ、それにアッキー!!久しぶりっ。」

「おつ~。」

「やっほ~」

「久しぶり、ってか環奈髪伸びた?めっちゃいいね~。」

僕そっちのけで盛り上がる四人。

うち三人は、今日来る予定だったバンドメンバー。

そして、気になるもう一人は……

「ちょっと待て。今、環奈って言ったか?!」

「えっ?そうだけど。」

それを聞いて、ガバっと振り返る。

ふふっと、笑みを浮かべて、美女は言った。

「改めて、和泉環奈ですっ。今日はよろしく!!」

人生史上、最も急上昇、急降下する一日が幕を開けた。

***

それからの時間は順調に過ぎていき、不意にドキッとすることはあれど

なんとか平常心を保って過ごせていた。

「時間的に次でラストかな。」

時刻は、午後の八時。

背景は黒く塗り潰され、その上に色とりどりの光が重ねられ始めた頃。

僕らは、当テーマパークの目玉である、〇ワーオブテラーの前に来ていた。

「私このアトラクション、子供の時以来なんだよね~。」

「え、そうなの? じゃあ、久しぶり過ぎて心臓止まるんじゃないか?」

「ちょっ、マジ止めてよね~。」

などと言いながら、僕らは列に並び始める。

幸い、近くでパレードをやっていることもあって乗るまでにそう、

時間は掛からなかった。

「え、もう乗る感じ? ムリムリ、準備できてないんですけど!!」

「ほら、後ろ詰まってるから。早く行った行った。」

「嫌ぁぁぁぁ……。」

直前で駄々をこね始めた環奈を、引きずるようにしてエレベーターへ

乗り込んでいく。

そうして係員の指示に従い、着いた座席の隣には環奈がいた。

「うぅ。隣、私でごめんね。最悪、しがみ付くかもだからよろしく……。」

「環奈怪力だし。腕、もげないといいなぁ。」

「っておい。乙女をゴリラ扱いするとは、いい度胸してるじゃない。」

彼女を見て、フッと笑みが零れる。

《今朝ドキドキしてたのが嘘みたい。やっぱり、環奈は環奈だ。》

―――ガタンッ

音を立てて、アトラクションがスタートする。

座席の至る所で声が上がり、次第に高揚感が辺りを包みこんだ。

「フォ~~~~!!」

熱気に当てられ、僕自身もくらりと酩酊しかけた、

―――その時だった

ぴとっ

「?!」

右手に、何かが触れた。

金属でも人工物でもない、独特の感触。

目を凝らして見てみるとそれは、普段から見慣れている肌色のものだった。

「えっ?」

思わず環奈の方へ振り向いた。

俯いたままの彼女だったが、ゆっくりと

その顔を上げる。

「ッ?!」

熱を帯びた視線は、真っすぐ僕だけを見ている。

顔は赤く熟れたリンゴの様、艶やかで潤んだ瞳から、気づけば目を離せなくなった。

「……手、握ってもいいかな?」

彼女は言った。

細い指先が、僕の掌を這っていく。

―――ドクンッ

心臓が大きく跳ねる。

その声に、仕草に、表情に、僕の中のボルテージは一気に

最高潮クライマックスへと達していた。

「お、おう。わかった……。」

その手を優しく包み込む。

―――温かい。

男性のものとは違う感触。

柔らかくて、それでいて、触れたら壊れてしまいそうな繊細さがあった。

景色が下へと流れていく。

《ダメだ、相手は環奈だぞ。今まで、そういう目で見たことなんて―――》

やがて重力を感じなくなった頃、目の前の景色がパッとひらけた。

夜闇に点々と光るパークの明かりと、浮かぶ星々。

そして、そのどれよりも輝いて見える彼女の横顔。

《そっか。僕は環奈を―――》

急降下を始めたエレベーター、強く握られた手を見て確信する。

「―――好きになってしまったんだ。」

恋に落ちた瞬間だった。

―――エピローグ―――

「ところで裕介君、大学で彼女はできたかい?」

「ッ?!」

〇ィズニーからの帰り道。

二人で歩いていると、突然彼女が言い出した。

《……ここに来て、その話題。これってやっぱり、僕に気があるって事では?》

「そ、そういう環奈はどうなんだよ?相変わらず、独身界隈なんじゃないのか?」

そう言うと、彼女は目を丸くした。

「あれ?言ってなかったっけ?」

そう言って、スマホの画面を見せてきた。

「私、彼氏できたよ。」

「―――え?」

ガシャンッ

何かが砕けた音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
決して叶うことのない片思い。これが青春ってやつですねっっ!!!
2026/05/18 18:28 さっちゃん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ