タイトル未定2026/05/07 20:16
――人生って、本当にクソだ。
リシェル・アルヴェインは、煌びやかな舞踏会の中央でそう思っていた。
「リシェル・アルヴェイン!! お前との婚約を、ここで破棄する!!」
高らかに叫んだのは、王太子ギルバート。
その隣には、豊かな金髪を揺らした女――セレナ・フォン・ルティアがしなだれかかっていた。
は?
いや、ちょっと待って。
意味分からないんだけど。
「……殿下。説明を求めても?」
冷静を装って問い掛ける。
でも、内心は普通に修羅場だった。
昨日まで普通だったじゃん。
むしろ「君しか愛せない」とか言ってたじゃん。
何? 一晩で脳みそ溶けた?
「貴様は聖女でありながら嫉妬深く、セレナを虐げていた!!」
「はい?」
「私はずっと耐えていたのです……!」
セレナがわざとらしく涙を流す。
はぁ!?
お前、三日前に私の婚約者とキスしてたよね!?
しかも庭園で!!
私、見たから!!
「殿下が不貞を働いていた件については?」
空気が止まった。
ギルバートの顔が引き攣る。
「な、何を……」
「見ましたので」
「証拠はあるのか!?」
「ありますけど」
会場がざわついた。
リシェルはバッグから小型魔導具を取り出した。
記録映像。
バッチリ映っている。
抱き合う二人。
キス。
あと普通に「リシェル邪魔よね〜」って会話。
終わってる。
「…………」
ギルバート、顔面蒼白。
セレナ、膝崩れ。
貴族達、ヒソヒソタイム突入。
勝ったな。
そう思った瞬間だった。
「偽造だ!!」
ギルバートが叫んだ。
うわ、最低。
「リシェルは以前から私を支配しようとしていた! この映像も捏造したに違いない!!」
「殿下、それ無理ありますよ」
「黙れ!!」
空気が変わる。
王族。
その権威。
真実より、立場。
ああ――そういうこと。
つまり最初から、私を悪者にするつもりだったんだ。
「聖女リシェル。お前の聖女資格も剥奪する」
その瞬間だった。
ドン、と。
謁見室の巨大扉が開いた。
「随分と好き勝手やっているな」
低い声。
空気が震える。
入ってきたのは、漆黒の軍服を纏った男。
銀灰色の髪。
鋭い青眼。
帝国最強と呼ばれる公爵――クロード・レーヴェン。
「……クロード公爵」
誰かが呟く。
空気が一気に張り詰めた。
ギルバートですら顔色を変える。
「な、何故ここに……」
「王命だ。聖女護衛任務」
クロードは真っ直ぐリシェルを見る。
その視線だけで、息が止まりそうになる。
「……随分と酷い扱いを受けているな」
「まあ、それなりに」
「ならば、こちらで保護する」
え?
「は?」
ギルバートが素っ頓狂な声を出した。
「リシェル嬢は重要人物だ。無能な王太子の感情で処分していい存在ではない」
容赦ゼロ。
会場の貴族達が笑いを堪えてる。
ギルバート、顔真っ赤。
「き、貴様ぁ!!」
「それと」
クロードは床に転がった魔導具を拾った。
映像を再生。
会場全体に映し出される不倫現場。
公開処刑である。
「証拠能力に問題は無い。第一級記録魔術式だ」
「…………」
「つまり、お前は婚約者を裏切り、不貞を働き、罪を捏造した」
ギルバート、終了のお知らせ。
セレナは震えていた。
「ち、違うの……私は……」
「黙れ」
クロードの一言で、セレナが泣き崩れた。
強い。
この人、怖。
「行くぞ」
「え?」
「もうここにいる必要はない」
そう言ってクロードは自然にリシェルの手を取った。
大きな手。
熱い。
驚くほど優しい力。
そのまま舞踏会場を後にする。
背後では、王太子失脚のざわめきが広がっていた。
◇◇◇
「……助かりました」
馬車の中。
向かいに座るクロードへ頭を下げる。
「礼なら不要だ」
「でも」
「元々、あいつは気に入らなかった」
窓の外を見ながら吐き捨てる。
感情薄そうな顔して、意外と口悪い。
「それに」
クロードがこちらを見る。
「君が泣かなかったからな」
「……はい?」
「普通なら泣く場面だ」
「泣くより殺意が勝ちました」
「……そうか」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
クロードが笑った。
え。
待って。
何その破壊力。
顔良。
人類に許される顔面偏差値超えてる。
「君は面白いな」
「褒めてます?」
「ああ」
その日から。
リシェルはクロード公爵邸で暮らすことになった。
そして知る。
“氷の公爵”なんて全部嘘だったと。
「寒くないか」
「いや近いです近い」
「ちゃんと食べろ」
「監視されてる?」
「寝不足だな。今日は休め」
「過保護すぎません?」
めちゃくちゃ甘い。
何これ。
怖。
しかも。
「リシェル様ぁ〜!」
使用人達が超優しい。
前の王宮と待遇違いすぎる。
ギルバート時代なんだったの?
地獄?
そんなある日。
「復讐したいか」
クロードが唐突に聞いた。
書類から視線を上げる。
「……したいですね」
「なら協力する」
「理由を聞かないんですか?」
「必要か?」
淡々とした声。
「裏切られたなら、やり返せばいい」
シンプル。
でも、その言葉がやけに胸に落ちた。
「……公爵様」
「クロードでいい」
「じゃあクロード様」
「様はいらん」
「難易度高いんですよそれ」
クロードがまた少し笑う。
この人、笑うとずるい。
心臓に悪い。
そして復讐は始まった。
ギルバートの不正会計。
セレナの賄賂。
裏で繋がっていた貴族達。
全部暴いた。
クロードの情報網、怖すぎる。
「悪役令嬢より悪役ムーブしてません?」
「褒め言葉だな」
「褒めてないです」
最終的に。
ギルバートは王位継承権剥奪。
セレナは国外追放。
見事に転落した。
ざまぁ完了である。
そして全てが終わった夜。
庭園で一人風に当たっていると、クロードが来た。
「寒いぞ」
肩に上着が掛けられる。
「……終わりましたね」
「ああ」
静かな夜だった。
でも不思議と寂しくない。
「これからどうする」
「んー……のんびり生きます」
「なら」
クロードがこちらを見た。
真っ直ぐ。
逃げ場のない視線。
「俺の隣で生きろ」
思考停止。
「…………へ?」
「好きだ、リシェル」
待って待って待って。
急展開。
心臓がバグる。
「私はっ、その……」
「嫌か?」
不安そうに聞くの反則では?
普段強い男がそれやるの駄目でしょ。
破壊力。
「……嫌じゃ、ないです」
「なら決まりだな」
クロードがそっと額に口付ける。
熱い。
顔が熱い。
「これからは誰にも傷付けさせない」
低く優しい声。
ああ、本当に。
地獄みたいな婚約破棄だったけど。
全部失ったと思ったけど。
最後に掴んだこの幸せだけは、絶対に手放したくないと思った。
――こうして。
婚約破棄された聖女は、冷徹公爵に溺愛されながら、世界一幸せになりました。




