5.Side:オニキス
「結婚してる!?」
「はい」
「僕と君が?」
「はい」
私が淡々と答えると、ジェット様は呆然としながら、口を開いたり閉じたりされていた。
「すぐに伝えなくては、と思っていたんですが…。どんなタイミングでどのように言うのがいいのか…と思っているうちに今に」
すみません、と付け加えると、いや、良いんだけど…と、ジェット様は首を振って答えた。
「色々、その方が都合が良かったので…。その、そのようにしております。もし、今すぐ解消したいということであれば…」
その準備も、と言いかけた言葉を遮られた。
「いや…僕からプロポーズしたんだから、解消したいということはないよ」
ないんだけど…モゴモゴと何か言いながら、ジェット様は悩んでらっしゃる様子だった。それはそうだろう。いきなりこんなこと言われても、混乱してしまう。
「全てお話します。紅茶を淹れ直しますので、ゆっくり座って話しましょう」
言いながら、ジェット様の手をとった。
「お部屋にしますか?それとも、ソファーにしますか?」
ソファーを指差すと、ふっとジェット様が笑った。
「ソファーにするよ、今日はまだまだ元気だから。君のベットをお借りするね」
くすり、と笑いながら言われて、自分でも忘れていたことを思い出した。ここにきたばかりのとき、ちょうどいいソファーがあったので、勝手にベット代わりにしていた。
「…その件は、勝手に使ってすみません」
「いや、怒ってるわけじゃないよ。家のものは好きに使って構わないよ」
ソファーに向かって手を引きながら、話を続けた。
「ちょうどいいな、と思い使ってましたが、今思えば、きちんと許可をとるべきでした」
「はは、いいよ、そんなこと。本当、君には最初から驚かされっぱなしだったなぁ」
ジェット様をソファーに座らせた後、紅茶を淹れながら続けた。
「どこからどうお話しましょう…。えっと、まず、結婚してるのは本当です。あなたの許可をなく結婚したのは申し訳ないと思っています。ジェット様の生家にも連絡しております」
「そ…そうか、家。そう…僕、問題があるって言うのは、家のことで、僕はあまり家の者から好かれてなくて…」
「はい。ジェット様のおうちでの扱いも知っています。ですので、もう二度と関わらないよう約束をしています。あなたをもらい受けるために、お金をお渡しして解決しております」
ジェット様、驚きすぎて目がまん丸。体に悪くないかな…。
淹れた紅茶を、手に持ちながら、ソファーに座った。一つをジェット様に渡した。
「あの…大丈夫でしょうか。今日はこのくらいにして、別の日に…」
あまりの驚き様にもうやめた方が良いかと思い私が言うと、遮るようにジェット様が慌てていった。
「いや!だめ!だめだよ!いま、今日、全部聞く!」
言った後、紅茶をぐいっと飲んだ。熱すぎないように冷ましておいてよかった。
「…よ、よし。いままでの話はわかった」
ちらりとジェット様の顔を見ると、キリッと驚き顔から無理やり戻していた。
「もちろん、ジェット様が生家との関係をお望みであれば…」
「いや、ない。家は、ない。あそこに僕の居場所はないし、兄だけで充分だからね」
それを聞いて、私は小さく頷くしかなかった。魔法の才能がなかったジェット様は、元々家での立場が弱かった。ジェット様の兄上は優秀な方で、比べられることも多かった。そこに、見た目が変わる病気も加われば…。
「でも…そんな、結婚って出来るもの?書類とか色々必要だし…僕の意思確認もなしに…」
「この世には、本人の意思に関係なく、何でも出来る権利が存在しているんです。ご存知ですか?」
ジェット様の真似をして、にっと笑ってみせる。この笑い方はジェット様が教えてくれた。
「ん?そんなのって…」
うーん…と顎に手をあてながら、ジェット様が考える。その横顔を眺めた。顔中にあった黒いアザはすっかり薄くなった。右手を普通に動かして、顎にあてる。その右手もほとんど普通に見える。
「あ!」
何かに思い当たったようで、こちらに視線を向けながら、ジェット様は言った。
「そういえば…王命って、そういうの…だったよね」
それに、小さく頷いて答えた。
「個人の結婚で?と王宮中がざわついておりましたよ」
あれは、なかなか見物だった。あの王から言ったのだ、なんでも叶えてやる、と。その願いを口にした瞬間、誰かが、は?と口にしていた。私の横で、私に入れ知恵をした、かつての同僚が肩を揺らしていた。今思えば、あいつ絶対楽しんでたな。
「僕、王命で結婚してるの…?」
「はい」
ジェット様は、またそこで固まってしまった。
「生家にもお伝えして、今後あなたには関わらないことをお約束しております。今回の結婚にあたっての持参金と言うことでお金も渡しております」
「そう…。なんか言ってた?」
ジェット様は少し寂しそうに笑っていた。
「いえ…問題ないと。王命でなんて光栄です、というなことを」
「まあ、なんとなくはわかってる。あれを引き取っていただけるんですか、とか、そんな感じだろうね」
ジェット様の言い様は正しい。もう人間とよべるかもわからないような状態になってますが、どうして…よろしいんですか、と驚いていた。もうずっと前から家での様子は調べてわかっていた。どうしても準備に時間がかかってしまった。本当はもっと早く、こうしたかったのに。
「それを君の口から聞きたいわけじゃないし、それはいいんだ。うーん…そもそもなんで、君は王命なんてたいそうなものを使った…というか、使うことができるの?」
「そうですね…。どこから話すのが良いのか…。ジェット様は、この国に数字で呼ばれる魔法使いの話はご存知ですか?」
「もちろん知ってるよ!昔からある有名な話だよね。王家の直属で、この国の魔術師団が束になっても叶わないっていう。凄くカッコいいよね!ドラゴンが何頭も暴れて世界が亡ぶ危機かも、というときにさっと現れて倒したという、あの絵本は僕も大好きなんだ!あまりにも荒唐無稽な話だから、おとぎ話みたいなもので、そんな魔法使いは存在しないって…言われ…て…………」
楽しそうにニコニコ話していたジェット様が、ピタリ、と固まってこちらをみた。
「その話が本当かどうかは知りませんが、数字の魔法使いは存在しています。魔術師団に所属せず、王と周囲の数人しか知らされておりません。ずっといるわけじゃないんです。いない時代も長くあります。私は…20年ぶり、とかだったかと。13という名で呼ばれておりました」
そこまで話して、紅茶を一口飲んで、ジェット様を見つめた。目を大きく見開くだけでなく、口まで大きく開かれていた。
それをみて、くすっと笑いが漏れてしまった。
「現実感のない話ですよね。荒唐無稽な話です」
「いや…一緒にいるなかで、君は魔法使いとしてはただ者じゃないな、とは思っていたよ…。でも…」
数字の魔法使い…実在したんだ…と呆然と呟いているジェット様。私は、なんだか、その様子がだんだん楽しくなってきた。
「その数字がつけられたのはいつだったか…。以前話したように、私は魔法の研究施設で育ちました。そのまま魔術師団所属になる予定でした。ですが、どうもそんなレベルではない…というか。家族もおらず、私の存在を知るものが少なかったのもちょうどよかったのでしょう。当代の王がえらく気に入ったようで…。気付いたときには数字で呼ばれる魔法使いとして、色々なところを飛びまわってました」
「いつ…どれくらい、魔法使いとして働いてたの?」
「3年…4年でしょうか…。ここ1、2年は特にバタバタとしていたので、時間の感覚が怪しいのですが」
「そう…なんだ…。それを誰も知らない…王様と少しの人しか知らないってことだよね。数字の魔法使いがいるって」
「ええ、数字の魔法使いの働きは、基本的に広く知らされません。…筆頭魔法使いと呼ばれる男がいるんですが、ご存知ですか?」
「もちろん!今の筆頭魔法使い様は、ここ数代で一番の実力者だって呼ばれてるよね」
「その男の成果となるようになっているはずです。実際のところ実力はありますし、全てそいつのせいにしておりました」
あいつ、私がいて2人分の成果が出せると思われてるから、今大変かもな、と今困っているであろう男の顔を思い浮かべると、少し愉快な気持ちになった。
「そいつのせい…って…。あ、たまに出てくる同僚って」
「そうです、それが筆頭魔法使いですね」
「うわぁ…凄い、凄すぎる。登場人物がずっと豪華だ」
登場人物が豪華。そうなんだろうか…自分の目でみる彼らは、変わったところもあるが普通に感じた。
「…王の命を聞いて、働いて、色々と役に立っていたようで。働きに感謝している、と。そのような縁もあって、筆頭魔法使いに相談したところ、王命で結婚しちゃえば?と言われて…」
「相談?ってのはなんなの?」
そう言われて、ちらり、とジェット様を見た。人に説明する、話すって難しいな、と思う。あまり人と話すことなく生きてきて、たまに話すときに、あまりうまく話せいない自分に、あまり通じてなさそうな様子に、まあ良いか、と思っていたけれど…。この家にきてからは、より良く感じるようになった。ジェット様は構わないと言ってくれるので、良かったけれど…。
「…ずっとあなたの症状を聞いていました。きっと私なら治すことが出来るのでは、と思い何度か行かせてほしいと言っていたのですが…。数字が特別扱いして良いのは王だけだ、と色々…一人ではうまくいかなくて。ジェット様には家族がいて、その辺もどうするのがいいのか…」
「色々しようとして行き詰まって、相談したってことだね」
こくりと頷き、その時のことを思い出した。何年も前から、調べていた。かつて会った小さな彼は、大きく成長していた。あまり家での扱いはよくないように思えた。でも、その救い方はよくわからなかった。私に自由な時間はあまりなくて、出来ることも何もなかった。そして、体に異常が現れるようになって、書類で見る彼はずっと苦しそうだった。
「筆頭に相談する前も色々やりました。どんなに力は合っても、自由はありませんでした。ここ1、2年は自由を手に入れるために色々考えたんです。力で圧倒するしかないな、と」
「…力で?」
「ええ。筆頭一人ぐらい、倒せる自信はありました。ですが、国に所属している全員が束になって来られると、自信がありませんでした。この世には何かを封印したり、力を弱めるものもありますからね」
「なる…ほど…?」
「力が足りないからだ、と思いました。逆らえないな、と思えるぐらいの力があれば、自由になれるのでは、と思いました」
「なるほど…僕もそろそろ驚かなくなってきたよ。なったんだね?」
「はい。…ですが、思ったより時間がかかりました」
本当に時間がかかった。その間は、よくわからないが、私は金を持っていたらしいのでジェット様の治療のための医師の手配や薬の手配はしていた。この辺は、筆頭のやつが、うまいことやるから!お願いだから仕事して!とうるさいので任せていた。
「そう…なんだ。ね、ねえ、そもそもなんだけどさ」
ジェット様は机に紅茶を置いて、私の手に触れながら聞いた。
「なんで僕のことをそこまで…。どこで知ったの?」
ああ、そうか…。私はあのときのことも話していなかった。
過去を思い出しながら、そっと窓の外へ目をやった。もう陽が落ち始めたようで、室内はいつの間にか暗くなり始めていた。
「一度だけ…会ったことがあるんです、あなたに。その時に、少しだけお話をしました。その時のことが、忘れられなかったのです」
「僕と…?」
ふふっと思わず笑ってしまった。
「あれは、確か、私が10才になった頃だったと思います…」
なにも持たない、なにもない私の、唯一の光だった。それを人は、思い出と呼ぶんだって、最近知った。
その頃の私は、どうやら色々と足りてないものがあったらしい。このままでこの子は大丈夫なのか?もう少し同い年の子供と交流が必要なのでは?という声が聞こえてきた。言われるままに動いて、難しい魔法書しか読まずに育った子供には、人間らしさというのが皆無だった。魔法以外興味がなかった研究所の人間に育てられ、誰も何も思わなかった。でもいよいよ、疑問を持つ人が出てきたらしい。
そこで決まったのが、色々な施設への訪問だった。同じような年の子供たちがいる様々な施設を巡った。そこで魔法を披露して、少しだけ話す。そうして、何施設か巡った。
「皆、凄いとか、どうすればできるのか、とか…色々なことを聞かれました」
そっと、ジェット様の方を見る。何かを考えるように、俯いていた。覚えてくれていても、覚えてくれてなくても、構わなかった。
「結局、誰かと少し話すぐらいじゃ、あまり私に変化はなかったんです。まあ、それはそうでしょうね…そんな少しで変わるわけなかったんです」
でも、と言いながら、私の手に載せていたジェット様の手をとって、両手で握った。
「一人だけ、私を変えた人がいました。…庭に行きましょう」
え、と少し驚いた様子のジェット様の反応を待たずに、外のベンチへ転移した。
目を閉じて、あの時のことを思い出した。珍しくて、少し難しくて、何か面白いと子供たちが感じられるものが良いと言われた。そんなこと言われても、自分には何が面白いのかわからなかった。ただ、色々見せている中だ、おお、と歓声があがったのものがあり、それにした。火の魔法を研究するなかで見たもの。
目を開けて、あの日よりもっとうまく扱えるようになった魔法を発動する。
パチパチ、という小さな音を立てて、火花が空に生まれる。大きさを様々にして、色も変えて、形も変えて。
「…ある魔法学校に行くことがあり、そこでこの魔法を披露しました。見ていた生徒達は喜んでくれたようです。そして、その後、交流ということで、一言二言話したんです」
ジェット様は、目の前に生まれる火花を見ながら、瞳を大きく見開いて、大きく揺らしていた。
「その日、そこで出会った少年は、私の前まできて、目の前に小さな花を差し出してくれました。確かになにも持っていないなように見えたのに…。そして、言ったんです、素敵な魔法を見せてくれてありがとう、僕は魔法は見せられないけど、君の笑顔が見たい!…と」
そう言って、少しだけ照れたように笑ったあの顔を、いつでも昨日のことのように思い出せる。
ジェット様は、もう驚きはなくなって、真剣な瞳になっていた。
「私はなんだか呆気にとられてしまって、しばらく呆然としてしまったんですが…その少年は誇らしげに笑ったままこちらを見つめてて。その様子が面白くて、私は声を出して笑ってしまいました」
魔法を消して、右手をあげて、空中から、小さな花を取り出した。
私の差し出した花をそっと受け取って、ジェット様は花を見つめながらぼそぼそと話した。
「…なんであの時の僕、こんな適当な花にしたんだろう…。これ、校庭の端に咲いてた花だよ」
「ふふ、そんなところも良かったのでしょうね」
「あの時の魔法、覚えてる。だから、僕は火の魔法をうまく使えるようになりたくて…」
「そうなんですね。…じゃあ、見せる魔法は大正解でしたね」
「年下だったのに…すごく綺麗で、学校にいるどの女の子とも雰囲気が違って…。どんな顔で笑うのかな、笑顔が見たいなって思ったんだ」
指で掴んだ花をくるくると回しながら、ジェット様は楽しそうに言った。
「昔から、そういう子を見ると、なんでか笑顔が見たくなっちゃうんだよね」
「そうなんですね…。私の初めての笑顔でしたよ」
そう言いながら、今ではすっかり板についた笑顔を見せる。心から楽しくての笑顔なんて無かったが、笑顔というのは人との関係を円滑にさせるもののようで。数字の魔法使いのときもたまに使っていた。とにかく、筆頭のやつがうるさかったのも原因だけど…。
「そっか…」
「誰かを笑わせたいなんて…そんなことしたい、そのために何かしたい、なんて私は思ったことありませんでした。そんな気持ちもあるのですね」
自然に出てくる笑顔を向けながら、ジェット様の方を見つめる。
「…ジェット様。こちらのおうちで色々な本を読んで、私はやっと気付きました」
私が真剣な瞳で見つめると、ジェット様は少し驚いた後、同じように真剣な瞳で見返したくれた。
「ジェット様。あれを一目惚れ、と。私の初恋というようです」
きょとん、という顔をした。
「ジェット様、あの時からお慕いしておりました。筆頭に言われました、執着が過ぎて重すぎる、と。私の気持ちはあまりよくないようです。…こんな私ですが、本当によろしいですか?」
ジェット様は私の言葉をきょとんと聞いた後、少しの間をおいて、あはは、と笑い出した。
「確かに、なんだか僕の知らないところで大変なことになってたみたいだし、僕のことずーっと、見てたみたいだね。僕のどこにそんな魅力があるのかは全然わからないけど…」
ジェット様は穏やかに笑っていった。
「二人で一緒に幸せになろうね」
とても幸せそうな笑顔でそう言った。
その後に、見つからないように厳重に隠したこの家が筆頭に見つかって、お願いお願い、ちょっとだけ助けて!ちょっとだけ!と懇願され…私は無視しようと思ったが、あまりのボロボロ具合に同情したのか、ジェット様が、少し助けてあげたら?君が仕事してるとこ見てみたいな、と言われたので、黒いでかいドラゴンを一撃で屠りに行くのは、また別の話。
これで完結となります。
最初に投稿するものは長くなく、ちゃんと終わらせたい、と思い、二人しか出てこないお話にしました。
読んでくださった方、ありがとうございました。




