4.Side:ジェット
それからも変わらない日々は続いた。毎日歩く練習をして、フレンチトーストをつくって貰ったり、庭に出たり。体力が落ちてたせいか、なかなか一人で歩くことは出来なかった。
「…うーん、なかなか一人で歩くことは難しいなぁ」
日課の足のマッサージをして貰いながら、思わず、はぁ、と大きなため息をついてしまう。
「もどかしいですか?」
「うーん…オニキスにも色々して貰ってるのに、こんなこと言うのも良くないと思うんだけどさぁ」
そんなことはありませんよ、と言いながら、マッサージをしてくれている彼女を盗み見る。
「…歩けるようになったら、だなんて思うんじゃなかった」
ボソリ、と思わず呟いてしまった。呟いた言葉が聞こえなかったのか、不思議そうに見つめられた。
「…いや、なんでもないんだ。…僕さ、昔魔法を習う学校に行ってたりしたんだよ!また練習しようかなぁ」
才能なかったけど、とまたため息をついてしまった。
「少しずつ体力も戻ってきましたし、それも良いかもしれませんね」
私でよければ、少しは教えられると思います、なんて言うけど。多分それって、君の世界一贅沢な使い方じゃないかな?
「あまりにも魔法の才能がなくて、別のものの方がうまくなったんだけどね」
「別のもの?」
「うん。…ふふ、見せてあげよう。コインある?」
そう聞くと、彼女は僕の目の前に手のひらを見せた。すると、何もないところから、コインが一枚落ちてきた。…うん。
「何も聞かないことにするね」
魔法なのだろう、おそらく。収納に特化した容量以上の鞄が存在している、とは聞いたことある。だが、それは鞄と聞いたが…。空間に収納?とかできるのか。今、確かに何もないところからコインが出てきた。
「久しぶりだし、ちょっと手の動きが悪いからうまくできるかな…」
言いながら、手を軽く閉じたり開いたりする。うん、なんとかいけるかな。
手を動かしながら、何度目かでコインが消える。
「…あれ?」
いつの間にか消えたコインに気付いて、固まる彼女に手を見せる。
「君みたいに魔法で消したりしてないからね」
言いながら、片手を彼女の顔の横に持っていく。
「ここにあった」
彼女にコインを差し出した。今までで一番驚いたように目を見開いている。驚いてる、驚いてる。想像より良いリアクションだ。
「あまりにも魔法が出来なくて、魔法を使わないのに魔法みたいな技術があるって聞いて、そっちの練習ばっかりしてたんだよ」
コインを渡すと、心底不思議そうに、表と裏を見ていた。その目には好奇心みたいな、初めてみたオモチャにワクワクしてるみたいな子供っぽさがあった。
「種も仕掛けもないよ」
この技術の決め言葉のようなものをそっと呟く。コインを見ていた目がこちらに向いた。
彼女は、目を細めて、口は幸せそうに綻んでいた。今までで一番、可愛い笑顔だった。こちらまで笑顔になってしまうような、眩しさに目を細めてしまうような、優しくて暖かい笑顔だった。心臓が、大きくなった。
「やっぱりジェット様は凄いですね」
…僕を殺す気か?と思わずにはいられなかった。
そっと目を反らして、俯きながら、片手で顔を隠しながら長いため息をついた。それはもう、長く深いため息を。
「ジェット様?」
「うん…いや、良いんだ。喜んでくれたなら」
本当に…一人でしっかり歩けるようになったら、かっこよく告白しよう、なんて思うんじゃなかったよ。
それから数日後、僕らは庭に出てきていた。いつものベンチに座りながら、久しぶりに自分の魔法を使おうとしていた。
「ジェット様は水の適正が高いので、水の魔法からが良いと思います」
「そうなんだ?知らなかったな」
昔、火の魔法がかっこよくてそればっか練習してたけど、間違いだったのか。
隣に座った彼女が右手を持ち上げて、その上に水球を作った。
「自分で出すより、維持することから始めると良いと思うんです」
言いながら、水球が僕の前に、移動してきた。彼女の左手が僕の右手をとって、水球を受け取るように水球のしたに持っていった。
「丸いまま、維持するように、支えてみてください」
「う、うん」
魔法を使うのなんて、久々過ぎて緊張する。重ねた彼女の手から、治療のときとは違う力を感じる。ああそうだ、魔法ってこの感覚だなぁ、と思い出した。
彼女の魔法の力をなぞるように、自分の力を重ねる。水球を包むように。
「そうです。少しずつ私の力を弱めていきますね」
少しずつ、水球の形が綺麗な丸から変わっていく。
「う…わ…!」
「大丈夫です、落ち着いてください」
ボコボコとしながらも、彼女よりもかなり不格好ながらも水球はそのまま浮いていた。
「お…おお!」
「久しぶりとのことですが、充分出来ていると思います」
いつの間にか支えていた彼女の手はなく、一人で水球を浮かせていた。
そこで、ふふ、小さい笑い声が聞こえてきた。彼女をチラリと見ると、口元に手をあてながら笑っていた。
「本当に魔法が好きなんですね、とっても嬉しそうです」
そう言われると、自分はどれだけはしゃいでいたのか、と恥ずかしくなった。
「あ…えっと…」
しどろもどろした瞬間、一気に僕の集中力はなくなった。魔法の支えを失った水球が、ばしゃり…とは、ならなかった。
水球は、また綺麗な丸い形に戻って浮いていた。もちろん、それは横の彼女の力だ。
「今日は天気が良いですね」
そう言うと、彼女はちらりと太陽の位置を確認した。
その瞬間、水球は細かい目に見えないぐらいの水滴になって、霧状にさぁっと広がった。
「…う、わぁ……」
そこには小さな虹が出来ていた。いや…もう、なんと言うか。
「完璧すぎる」
小さくボソリ、と呟いた言葉は聞こえなかったのか、彼女は不思議そうに小さく首を傾げてこちらを見ていた。そんな仕草を見せられて、うっと詰まらずにいられる男がいるなら、僕は教えて欲しい。本当に何もかもが完璧過ぎる。
「オニキスに出来ないことはないの?」
「…出来ないことばっかりですよ」
虹まで作ってそんなこと言う彼女に、僕はただただ己の非力さを呪った。
あのあと、もう少しだけ庭で魔法の練習をして、いつもの部屋に戻ってきた。
「かなり歩けるようになってきましたね」
手を借りながらベットに座るとき、そんなことを言われた。
「そうかな?魔法の補助がないとまだまだだと思うんだけど」
「自分でちゃんと足を動かして、バランスをとって、歩けてます。きっと、あと数日でゆっくり歩くぐらいはできますよ」
嬉しそうに笑って言う彼女を見て、僕の心がふわふわと暖かくなる。
「うーん…それはとっても嬉しい。だけど、オニキスが嬉しそうなのがもっと嬉しいな」
僕がそう言うと、驚いたように一瞬表情を変えた後、また嬉しそうに笑ってくれた。
「じゃあ、すごく喜んでください」
なんだかすごくバカっぽい台詞だったけど、そんな会話に僕はとても幸せを感じた。繋いだ手を強く握り返していた。
それからほどなくして、僕はついにベットではなく食卓の椅子に座ってご飯を食べていた。
彼女の言ってた通り、数歩ずつではあるけれど、歩けるようになってきた。
「ねえねえ、オニキス。またフレンチトーストが食べたいな」
「わかりました、材料を揃えておきますね」
「うん。次は僕も一緒に作って良い?」
食卓に座り、一緒にご飯を食べていた彼女は食べる手を止める。少しだけ驚いたように、こちらを見ながら言った。
「一緒に、ですか?もちろん良いですが…。作れるんですか?」
これは、僕の体が、という意味ではない。僕は、いちおう家に手伝いがいるような家だったので、自分で食事の用意をすることなどほとんどしたことがない。
「うん、もちろん作れないと思う」
彼女は少し黙った後、ふふっと笑いながら了承してくれた。
フレンチトーストの材料が届きましたよ、と彼女に言われて、僕は意気揚々とキッチンへやってきた。キッチンと言っても、そんなに立派なものではない。そのまま食事がとれるよう、食卓もある。食卓の上に材料が並べられていた。
「こちらに」
手で示された椅子に座った。彼女が後ろにたって、僕の体にふわりと布をかける。
「エプロン!僕の分も用意してくれたんだ」
「もちろん、料理するなら必要でしょう?」
その後、彼女と一緒にする料理は楽しかった。彼女の指示通り卵を割って、ミルクを入れて、砂糖を入れてかき混ぜる。とても簡単な手順だったが、とても楽しいものだった。
焼くのは私がまとめてやりますね、と言われたので、焼くのもやってみたい!頼む!と言って、僕は彼女の分を、彼女が僕の分を焼くことにした。
「どうしてこんなことに…。やっぱり交換しない?」
「どうしてですか?私はこれが良いです」
彼女は今、僕が盛大にこがしたフレンチトーストを食べている。あれは、フレンチトーストか?丸焦げトーストでは…。
「僕に焼かせてくれる、お互いの分を焼きましょう、と言われたときに気付くべきだった。失敗するとわかってたんだろう?」
彼女はクスクスと笑いながら言った。
「そんなことありませんよ、ただ貴方が初めて焼いたフレンチトーストを食べたかっただけですよ」
うまく焼ければ上等、失敗すれば自分が食べたば良いとでも思ったのだろう。
小さくため息をつきながら、黒いフレンチトーストを食べる彼女を見つめる。カッコ悪い…とってもとっても、カッコ悪い。それに申し訳ない。あれは体に悪そうだ…。
「オニキス、僕の話を聞いてくれる?」
フレンチトーストを食べ終え、紅茶を飲んでいる彼女に告げる。改まった僕を見て少し驚いた様子を見せた後、紅茶を脇に置いて、うっすら笑って答えた。
「もちろんです。なんでもお聞きします」
僕はスッとたちあがり、向かいに座った彼女の横に立った。不思議そうに見上げる彼女の瞳を見ながら、上から見る彼女は見慣れないなぁ、などと、緊張する自分の心を誤魔化すようなことを考える。
ふとした瞬間でありたいと思っていた。僕にくれた、優しい時間。特別なタイミングではなくて、いつも通りの二人の時間で。景色がきれいな場所でも、おしゃれな外食でもないけど。丸焦げトーストしか贈れない僕だけど、今、伝えたい、と思った。
彼女の側に跪いて、彼女の手を取った。
「オニキス。君を愛してる。ずっと一緒にいたい。…色々問題はあるんだけど、僕と家族になって、家族として一緒にいてくれる?」
驚いて固まっている彼女の手に、目を閉じてそっと口づけた。
閉じた目を開けて、彼女を見上げた。彼女は驚いたまま、固まっていた。
彼女の目を見つめ返事を待った。見つめて…返事を…。
……。
…………………。
…………………………………。
「……オニキス?相当キザに言ってる自覚はあるから、黙ってられるとだんだん恥ずかしくなってきた」
「…え!……あ…す、すみません。まずは、立ってください」
「返事を聞かせて欲しい」
立たせようとする彼女の手に逆らって、強く手を握る。
「…え。えっ…と。とっても嬉しいです。本当に、嬉しいです」
「じゃあ返事は?」
「もちろん、その…返事は、家族になります。」
…というか、と凄く言いにくそうに、困ったように、彼女らしくない様子で語られたことは、とんでもない話だった。




