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忘れ物センターの男

作者: 宮本 清久
掲載日:2025/12/08

『忘れ物センターの男』】


終電間際の駅で、俺は財布を落とした。

よりによって今日に限って、大事な契約書と身分証が全部入っていた。青ざめて駅員に頼むと、白い手袋の青年が無表情で俺をじっと見つめた。


「忘れ物センターに案内します」


妙に静かな声だった。

案内された扉には“関係者以外立入禁止”と書かれている。


「ここに……落としたんですか?」


「ええ、あなたの忘れ物はすべてここにあります」


青年はそう言って、薄暗い部屋へ俺を入れた。

棚がずらりと並ぶ倉庫のようだが、俺はある違和感に気づいた。


棚に並ぶのは財布や傘だけじゃない。

“写真” がある。

それも大量に。


幼い頃の自分の写真、学生時代の集合写真、元カノとのツーショット——

部屋には、まるで誰かが俺の人生をコレクションしているかのように“俺”が飾られていた。


「おい……なんだこれ……」


青年は淡々と言う。


「忘れ物ですよ。あなたが忘れてきたものです」


「いや、忘れてない!これ全部、俺の過去の……」


「過去は誰でも落とすものです。失ってから気づく方が多い」


ぞくりとした。

写真を手に取ると、ふと棚の奥に見覚えのある小さな箱が見えた。

それは——半年前に突然失踪した親友・沢村が持っていたものと同じだった。


「沢村の……?」


青年はにこりと微笑んだ。その笑顔がぞっとするほど冷たい。


「彼も、忘れ物を取りに来たんですよ。

ただし、思い出したくないものの方が多かったみたいで」


「沢村はどこだ!」


「彼は向こうの部屋です。どうぞ」


青年が指さした先の扉は、病室のような白い光を漏らしていた。

胸の鼓動が早まる。俺は扉を押し開けた——


そこには、病衣のままベッドに横たわり、目を閉じた沢村がいた。


「……沢村!?おい、聞こえるか!」


そばに貼られたカルテには、こう書かれていた。


『記憶喪失(回復予定なし)』


足が震えた。

まさか全ての“忘れ物”をここで抱えきれず、記憶が壊れたのか?


青年が背後で囁く。


「人は、忘れすぎると壊れます。

あなたはまだ間に合いますよ。どうです、思い出していきますか?」


俺は部屋の棚を見渡した。

そこにはさらに不気味なものが並んでいた。


——見たことのない“未来の自分”の姿や記事。

——死亡記事と書かれた紙切れ。

——いつか手に入れるはずの出世の名刺。


「これ……未来か?」


青年は首をかしげる。


「忘れる前に、落としていく人もいるのです。

とても先のものまでね。あなたも、どうぞ選んでください」


俺は震える手で“未来の自分”の書類を手に取る。


そこには——


『2025年12月12日 死亡』


と書かれていた。


「冗談じゃ……ない……!」


思わず駆け出そうとした瞬間、青年の手が俺の肩を軽く押さえた。


「逃げる方もいますが、未来は忘れられませんよ」


青年の目は、まるで古いレンズの奥に底なしの闇があるようだった。


「あなたの未来も、ちゃんとここに保管してあります。

だから——安心して忘れていいんですよ」


耳元でささやく声に、全身の震えが止まらない。

俺は反射的に扉に向かって走った。


振り返ると、青年は静かに頭を下げていた。


「また忘れ物があれば、いつでもどうぞ」


扉を超えた瞬間、気づけば駅の改札前だった。

ポケットには、確かに失くしたはずの財布が入っていた。


……あそこは、本当に現実だったのか?


ふと気づくと、財布の中のカードの裏にメモが挟まっていた。


『12月12日、忘れ物センターにてお待ちしています』


心臓が跳ねた。

それは、三日後の“俺の死亡予定日”だった。

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