朝、起きたら改造ゾンビ『ブリューゲロ』になっていた
「お目覚めかね、加藤くん」
そんな威厳のあるオッサンの声で目覚めると、俺は手術台の上に縛りつけられていた。
軍服を着たオッサンは、右目にドクロのついた眼帯をし、鼻の下にヒゲを生やした『大佐』という感じの人物だった。
「こ……、ここは……?」
そう言ったつもりだったのだが、俺の口から出たのは「こ……ココア?」ですらなく──
「ぶ……、ブリュワ?」
そんな下品な音だった。
「加藤真二郎くん。悪いが大学から歩いて帰る途中の君を、我々悪の組織『ポッキー』が拉致させてもらった」
大佐が説明してくれる。
「君は見た目はふつうに人間だが、ゾンビだ。死んでいる。内臓は腐っている。
君にはこれから町へ飛び出して、ポッキーを両手に持って、ガッキーのように歌いながら、しかし齧るのはポッキーでもガッキーでもなく、通行人の頭を齧り、次々と脳味噌を喰らい、ブリューゲロ・ウィルスを伝染させ、町をパニック状態にしてもらう」
「ぶ、ブリュリュ?」
「そうだ。シンプルで簡単な仕事だろう? 誰でもできるお仕事だろう?」
「……ブリュっ! リュっ!」
「嫌がってもダメさ。君からはもうじき理性が消え失せる。ただ脳味噌を喰らいたがるだけのバケモノと化し、化物語で町に維新を引き起こすのだ」
「……ゲロゲロピー」
「うん、いい子だ。物わかりがよくて助かるよ」
戦闘員みたいな黒いスーツを頭から爪先まで纏ったひとが、俺を縛りつけているベルトを解いてくれた。
「さぁ、行くのだ、改造ゾンビ『ブリューゲロ1号』よ! 日本をゾンビにしてしまえ! ははははは惨劇の始まりだ!」
自由になった俺は、まずは大佐の頭に齧りついた。
腐 腐 腐 腐
悪の組織『ポッキー』を壊滅させると、俺は外へ飛び出した。
懐かしい気がした。たぶん外へ出るのはほんの昨日ぶりなのに。
食欲が俺を動かしていた。
俺はただ人間の脳味噌を喰らいたがるだけの化物語として、維新を起こすべく、ポッキーを両手に、ガッキーのように、踊るように歩を進めた。
「あっ、へんなひとだー!」
「こらっ! 見ちゃいけません」
そんなステレオタイプなやりとりをする親子はつまらないのでスルーして進んだ。
楽しい。
なんか楽しい。
生きてるって感じがする。あんなに退屈な毎日を送って平凡な大学生だった俺が、まるで世界を救うヒーローになったような気持ちだ。
このつまらない世界をいったん滅ぼし、後に改造ゾンビの世をもたらす救世主となるのだ、俺は! みんなで楽しくなろうよ!
凄い力を手に入れたものだ、俺は! 一齧りで人間の脳味噌を喰らい、仲間を増殖させる、スーパー・モンスターだ、俺は! ゲロゲロゲロ(笑い)!
「待ていっ! ブリューゲロ! 貴様の好きにはさせん!」
後ろからそんなふうに呼び止められ、「ブリュ?」と言いながら振り向いた。
するとそこに侍の格好をした、バッタみたいな顔をした、つまりは着物を着て日本刀を差したライダーみたいなのがいて、ポーズを決めていた。
俺は聞いた。
「ブリュ、ブリュ、ブリュ……?」
「なぜ貴様が改造ゾンビだとわかるのか、だと? 確かに見た目はふつうの人間と変わりない……が!」
ライダーは教えてくれた。
「ふつうの人間はそんなふうにポッキーを両手に踊るように歩かないッ!」
ガーン
頭を鐘のように打たれた気分だった。頭蓋骨の内側で腐った脳が揺れた。
「そして貴様がゾンビである何よりの動かぬ証拠が……」
ライダーが失礼にも俺を指さした。
「目が白眼!」
ちょうど横にあったショーウィンドウに俺は自分を映して見た。
確かに!
目がぜんぶ白眼だった。
これでちゃんと物が見えてるなんて、人間ではあり得ない!
「斬り捨てさせていただく!」
ライダーが日本刀を抜いた。
「貴様がゾンビ・ウィルスを世界にばら撒く、その前に!」
ムカついた。
コイツは何を正義のヒーローを気取ってやがるんだ。
人間なんて、私利私欲のために生きてる醜い生き物なのに、なぜそんなものを守ろうとするんだ。
ただ脳味噌を喰らいたいだけの崇高なる俺様の邪魔をするなアァーーッ!
(続……かない)




