夏の大三角
高校2年生の春、日陰に残っていた雪が段々と溶けてなくなったこの季節に、私はあなたと同じクラスになった。
私の通っている高校は、ひと学年6クラスある、〇〇県の田舎高校にしてはまあまあ大きい高校だった。
いちばん栄えている街までに、電車で20分。立地もそんなに悪くはないので、県南や県北から色んな種類の高校生が学校に通っている。
例えば、真面目に勉強しにくる学生、友達と毎日楽しく過ごすために通っている学生、とりあえず高卒資格が欲しいから学校に通う学生、目的はひとそれぞれだった。
私はというと、特に目的もない、仲良い友達もあまりいない、ちょっと寂しい高校生だった。
髪はいつも下ろしているがアイロンなども特にしていない。またコンタクトが怖いのでずっとメガネをかけており化粧もしていない、申し訳なさ程度に眉毛は整えているが、地味な女だと我ながら思う。
周りを見渡すと、女子生徒は休み時間にアイロンで前髪を直したり、リップを塗り直したり、まつ毛をビューラーで上げたりと身なりを整えていることが多い。
会いたい相手でもいるのだろうか、可愛いと思ってもらいたい相手がいるのだろうか、私にはいないのに…。
ふと我に返り、こんなことを考えてしまう自分に嫌気が差した。他者を気にしすぎるのはよくない。
だが、私も恋などすれば、変わりたいと思えるのだろうか。
毎日休み時間は、スマホで映画やドラマを眺めていた。適当に流して眺めているだけなので、内容は全く頭に入ってきていない。
いつも通り、映画を眺めていると急にむしろから肩を叩かれた。
びっくりして後ろを振り向くと、笑顔で話しかけてくる清村さんがいた。
「木村亜衣って、映画好きなの?」
と、急に話しかけてきたのは清村玲、出席番号が近いため、私の席の後ろに座っている。
「そうだよ。」
そっけなく答える。清村さんは艶のある黒髪、大きな二重の目、綺麗な鼻筋と特徴をあげる通り顔が整っているため、変に親しくなると女子がうるさいため、あまり話したくない。
「そっけないなあ。俺もさ、いま木村が観てる映画すごい好きなんだよ。けど、マイナーすぎてさ観たことある人がいないから、今ふと目に付いて嬉しくてさー。」
声がどんどん大きくなる。それほど好きな映画だったのだろう。まあ、私は眺めているだけなのだが。
また、清村さんの声が大きいため女子の視線が突き刺さる。
「はあ。」
「ちょっとなにその反応!亜衣ちゃんってばそっけない!」
清村さんが席から立ち上がり、私の席の前に立つ。
「俺ら、趣味合うと思うんだけど、他にも映画のおすすめあったら教えてもらえる?お互いのおすすめの映画教え合おう。そしたら、まだ観たことのない面白い映画に出会えるかもしれないしさ!ね!」
彼は机をバン!と叩き、私の顔を覗いてきた。
その時、不意に彼と目が合った。
私は思った。
彼の瞳は、まるで暗闇の夜空の中輝いてる星のようだと。
子供の頃に夏の夜に観た、星空のようだと思えた。それぐらい彼の瞳はキラキラと輝いてみえた。
「ベガ…。」
と私が呟いてしまった。
「え…?」
清村さんはびっくりした表情をしている。
その顔をみて、ハッとした。
絶対キモい悪い星オタクだと思われた、という焦りの気持ちが出てきた。じんわりと額に汗が滲んできた気がする。
彼の様子はというと、俯いて震えていた。
それだけ嫌なことを言ってしまったのだろうか。
「清村さん…、ごめんなさい、わたし…。」
謝ろうとした時だった。
「はっはっはっはっ!」
彼は急にお腹を抱えて笑い始めたのだった。
急に笑い始めたので、動揺が隠せない。
「亜衣ちゃん面白すぎ!!!俺がベガ?せめて、アルタイルにしてよ。」
ね?と言いながら、彼は私の方を見つめてきた。
「も、もしかしてだけどさ…、天体好きなの?」
彼は口角を上げて笑った。
「天体っていうか、天体にまつわる神話が好き。そんなことより、俺がベガってどういうこと?織り姫ってこと?彦星がいいんだけどなー。」
「じゃあ、アルタイルね。」
「じゃあってなに!俺のことめんどくさいやつだと思ってる?」
「思ってないよ。ただ…。」
「ただ…??」
と続きを言いかけたところで、予鈴がなってしまった。
「げっ、次移動教室じゃん。亜衣ちゃん、話してくれてありがとう。そうだこれ、あげる!」
彼がノートを切って、何かを書き始めた。
その切れ端を私に渡した。
と、同時に次の授業を受けるために、彼は走って教室を後にした。
『@rei_.2616_. ←lincのID』
彼から渡された切れ端にはこう書いてあった。
これは、登録した方がいいのか…、友達がいない私にはどうしたらいいのかがわからなかった。
翌朝、スマホのアラームが鳴った。
スマホのアラームを止めると同時に、目を覚ますためにネットニュースを眺める。
体には良くないというのはわかっているが、何か見ないと目が覚めないからしょうがないと思っている。
スマホのロックを外そうとしたら、一件lincから通知がきている。両親しか追加してないのに、誰だろう、まさか…と思ったので開くことにした。
私の予感は当たっていた。まさかの清村さんからメッセージが届いていた。
『お疲れ。もっと亜衣ちゃんと映画の話と天体の話をしたいと思って追加した。少しでも嫌だと思ったら、すぐにブロックしてもらって構わないから、俺と話して欲しい。嫌じゃなかったら、スタンプとか送って。待ってる。』
私の頭によぎったのは、クラスメイトいや学年全体の女子が私と清村さんがメッセージのやり取りをしている、というのがわかったらうるさいのではないか、と思ってしまった。
変に目立ちたくはない、だけど、今までこんな風にメッセージを送ってきてくれる人はいなかった。私と話したい、と思ってくれる人もいなかったと思う。女子からどう思われるかという不安と、彼からのメッセージが嬉しい、という気持ちが心の中で交わった。
私はどうしたいんだろう。自分がどうしたいかで、行動を行いたいと思った。
ベッドの中でスマホをいじっていた手を止めて、部屋のカーテンを開けて太陽光を浴びる。
「決めた。私は清村さんと話したい。」
と声に出して言い、彼にメッセージを送った。
『おはよう。よろしくお願いします。』
この文字を送るのに、15分掛かってしまった。
母の作ってくれた朝ごはんを食べて、急いで家を出た。