10話 ニート、古代の魔物を知る
その縦長の瞳孔、黄色い瞳を見た瞬間、俺は忘れていた記憶を思い出した。
俺がこいつに出逢うのは三度目だ。
一度目は蹴り飛ばされ、頭を砕かれた。
二度目は姿すら見ずに殺された。
そして三度目。
俺は直ぐに先輩に警告を出す。
「――逃げろ!」
俺の言葉にあいつを確認した先輩が、即座に逃走を命令する。
小林さんが索敵していたはずだが、どうして見つからなかったんだ?
……思い出した。
前に一度、俺も索敵していたはずなのに目の前にいたことがあった。
なにかこいつには索敵を掻い潜る手段があるのだろう。
『キヒヒ』
――突然、突風が吹き荒れる。
視界が妨げられ、目を開けた時には死体の山にそいつの姿はなかった。
どこだと探すと、すぐに見つかった。
そいつは、俺たちの近くに立っていた。
その手に小林さんの頭部を持って。
「っ! なんなんだこいつ!」
即座に抜刀するが、その動作すらあいつにとって緩慢に過ぎるのだろう。
気づいた時にはもう一人の先輩探索者の胸が腕に貫かれる。
残りは俺ともう一人だけ。
俺は動けず、先輩は逃げ出した。
『キヒッ』
ニヤリとそいつは嗤った。
血の気が引く、悍ましい笑みを浮かべ、そいつは俺ではなく逃げた先輩を追いかけた。
――数秒もせずに、その先輩は殺された。
俺とそいつは目を合わせる。
忘れていた記憶が呼び起こされ、こいつの正体は知らせる。
――古代鬼。
この迷宮にいるはずのない化け物は、三度目の死を俺にもたらした。
【スキル:⬛️⬛️が発動しました】
――探索者IDカードを受け取り、家へと戻る。
これで五度目だ。
だが分かったこともある。
あの二等級異界化迷宮には、何故かあいつがいる。
探索者として素人の俺ではその理由を考えることも出来ないが、俺よりも熟練の探索者が手も足も出ないのだ。
俺にはどうする事も出来ない。
――探索者協会というものがある。
日本国土の30%、世界で見ればもっと多い範囲で迷宮核による異界化迷宮により人間の住むことの出来る範囲は侵食されており、世界人口は10億を優に切っている状況を打破すべく世界各国が国の境なく助け合う為に生まれた組織だ。
俺もここに所属していることになる。
過去70年の間に起こった異界化迷宮や、出現する魔物についての調査を行っており、銃火器の効果が薄い魔物に対する武具の製作もここが行っている。
俺は許可をとって探索者協会の魔物事典なるものの閲覧を行った。
そこに、古代鬼の情報はなかった。
だが古代とつく魔物の情報はあった。
魔物は迷宮核が異界化迷宮を生成する過程で取り込んだ資源を用いて、迷宮核が産み出す魔物である。
魔物は生きており、内臓や生殖機能を有しているが、繁殖を行う事はないとされている。
基本的に食事も必要とせず、故に排泄もない。
その辺りのメカニズムは憶測が大半らしいが、とにかく魔物は繁殖せず食事を必要としない、迷宮核を守る為の保護機能のようなものである。
その為か、魔物は生きたまま異界との境界を越えることが出来ない。
その理屈から逸脱しているのが、古代と名のつく種族の魔物である。
過去に古代の魔物は二体確認されており、どちらも日本国外での発見とされている。
古代竜。
世界最大の国土を持つ国家に現れた異界化迷宮より出現後、境界を越えて国の機能が喪失するほどの被害を与え、以降未確認。
境界を越えたとされる初めての例。
古代樹。
世界最大の砂漠地帯に出現した異界化迷宮より、境界を越えて地中に根を伸ばしているのを確認されている。
根からは頻繁に⬛️⬛️が出現している。
詳細不明。
――と、ある。
古代竜に関しては俺も知っている。
正確には名前は知らなかったが、かの国が異界化迷宮に飲み込まれたという話はあまりにも有名だからな。
数十年も前の事だが、いまもあの国は立ち入り禁止となっている。
ともかく、古代竜や古代樹のように、古代とつく魔物は普通の魔物よりも明らかに異質。
恐らく、古代鬼が確認されたのは今回が初なのだろう。
あれだけの規模の破壊と殺戮を行ってるのだ。
普段大人しいなんてことは無いだろう。
どのみち、俺がどうこうできる相手ではない。
だが考えてみれば、前回の流れを辿ればその脅威が知れ渡ることになるだろう。
決めた。
調査に行くことになるだろう先輩方には悪いが、俺は見なかった事にする。
後は頑張ってくれ。
――――3ヶ月後。
日本探索者協会東支部は、未知の魔物による襲撃により壊滅した。