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#9 魔術師の庭で 3

 

「そしてこちらは、四季折々の花が楽しめる庭ですの。手前の円形花壇(コルベイユ)にも、ちょっとした秘密がございますのよ。」


「また秘密ですか?」


 ジェラール様が柔らかくお尋ねになりました。


「ええ。人が歩く方向に合わせて、ルミエラの花の向きを揃えるよう植えられておりますの。その動きが波のように見えるでしょう?」


「確かに…!」


 ジェラール様は感心したご様子でうなずかれました。

 ルミエラの花びらが揺れ、光の反射が小さな波紋を描きながら広がる様子を、ジェラール様の眼差しが追っていらっしゃいます。

 わたくしは内心、こんなにも優しい眼差しを受けているルミエラの花が、少しだけ羨ましく思えてしまいました。


「そしてこちらも夜には花びらがほのかに光を放つのです。それが寄り添い見上げる光景は、まるで光る波の中にいるようですわ。」


「それはぜひ、一度拝見したいですね。」


「……実はわたくしも、まだ見たことがありませんの。兄たちが夜は外出を許してくれませんの。」


 小さく呟くと、ジェラール様はくすっと笑われました。


「それはご家族があなたを大切に思っている証拠ですね。」


 胸の奥にじんわりと温かさが広がり、自然と笑みがこぼれました。

 それからふとジェラール様の視線が奥の木立に向かいました。


「では……あちらに見えるのは迷宮ですか? どのような秘密が隠されているのですか?」


 わたくしは思わず足を止めてしまいました。

 迷宮の話題になると、少し恥ずかしくて、口ごもってしまいます。


「そ、それは……わたくしだけの秘密の迷宮ですの。魔法がかかっておりますので、不用意に入られると迷ってしまわれますわ。」


 少し早口で申し上げると、ジェラール様は微笑みながらおっしゃいました。


「なるほど。それはぜひとも迷わないよう、いつかアリシア嬢ご自身にご案内いただきたいですね。」


 そのお言葉に、胸がふっと軽くなり、ほっとしましたわ。

 ジェラール様はそれ以上踏み込まず、優しく話題を留めてくださったのです。


 やがて木陰にしつらえたテーブルへとたどり着くと、ジェラール様はわたくしが腰かける椅子を引き、ご自身で背を支えてくださいました。


「どうぞ、アリシア嬢。」

「ありがとうございます。」


 わたくしが感謝を申し上げながら席に着くと、ジェラール様も向かいの椅子に腰を下ろされました。


 運ばれた紅茶の香りがふわりと漂い、テーブルには邸のパティシエが腕によりをかけて作った色とりどりのお菓子が美しく並べられています。

 わたくしがおすすめすると、ジェラール様は「どれも美味しそうですね」と微笑みながらお皿に丁寧に取ってくださいました。


 木漏れ日が葉の隙間からこぼれ落ち、ふたりの間にやわらかな光が広がります。

 そよ風が吹き抜けるたびに、木々の葉がさわさわと音を立て、庭の空気は美しく、まるで一枚の絵のような光景です。

 こんなに素敵な方とふたりでお茶をすることができるなんて!

 本当に、夢のようです。


 こうして……わたくしたち、ほんとうに楽しくお話しすることができたのですわ!

 気づけばわたくしは、庭のことだけでなく、家族のことや仲の良い友達のこと、子どもの頃のいたずら、池に落ちて叱られたことまで……まぁ、なんてこと! 本当にたくさんお話してしまいましたの。


 時間はあっという間に過ぎ、日が少し傾いてまいりました。

 そのとき、はっと気づきました。

 ジェラール様の誘導がとても上手で、わたくし、自分の話ばかりしてしまいましたわ!


「あの……わたくしばかりお話してしまって……。」


 ジェラール様は微笑んで言いました。


「アリシア嬢。あなたには最初から、本当に驚かされています。

 いただいた手紙で、少しはあなたのことを知ったような気になっておりましたが……。」


 その言葉に、わたくしは顔を赤らめながら、微笑みました。

 ジェラール様は一度言葉を切り、わずかに視線を彷徨わせてから、再びまっすぐに目を合わせられました。


「でも、こうして実際にお話をしていると……。

 いえ、お会いして、まだ二度目ということを思えば、当然のことかもしれませんが……」


 彼の眼差しには、まるで何もかもを見透かすような力強さと、心をそっと包み込むような温かさが宿っていて、わたくしは思わず視線を外したくなるほどでした。


「まだまだ、あなたのことを、ほとんど何も、知らないのだと……改めて感じさせられます。」


 ジェラール様のその言葉に、わたくしはほんの少し驚きながらも、胸の奥にじんわりとした喜びが広がるのを感じました。

 わたくしのことを、もっと知りたいと思ってくださるなんて……なんて光栄なことでしょう。

 彼の声音からは、どこまでも誠実で、そして温かな思いやりが滲んでいるように思えます。

 その後、ジェラール様はどこか名残惜しそうに視線を向けながら、静かにおっしゃいました。


「アリシア嬢、

 陛下へのお目通りは、来月に開かれる王宮舞踏会での機会に決まりました。」


「まあ…!」


「また来週お会いできますか? 一緒に衣装を整えましょう。」


「まぁ……それは……では、仕立屋を呼びましょうか?」


 そう申し上げると、ジェラール様は首を横に振り、穏やかながらも考え深げな表情を浮かべられました。


「いえ、今回は、こちらから店に伺うことにしましょう。

 それから少し街を散策して……ご一緒に休日を楽しみましょう。」


 ジェラール様と、ふたりでお出かけするなんて……!

 そ、それって……もしや、デートではありませんの!?


 頬がこれまで感じたことのないほど熱くなるのを覚えます。 

 その瞬間、心の中で、大きな鐘が一斉に鳴り響いたように感じましたの!

 けれど、こんなときこそ冷静でなければなりませんわ。

 ジェラール様に子どもっぽいと思われてしまうなんて、絶対に避けたいのです!


「わたくし、楽しみにしておりますわ!」


 なんとか平静を装い、淑女らしい微笑みを浮かべながらそうお答えしましたが、胸の内はときめきと期待でいっぱいでした。

 どうしましょう!

 ドレスだけでなく、心の準備もしなくては……!


 そんなことを考えながら、わたくしはジェラール様をお見送りしましたの。

 馬車に乗り込むご様子も、とても凛々しくていらして、振り返られた瞬間の穏やかな微笑みに、また心がきゅっと熱くなるのを抑えきれませんでした。


  

このただただ穏やか……にみえるジェラール卿の心の内は、次回へ。

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