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#6 温室の求婚 2

 

「……さすが氷雷の騎士……なんと速攻な……。」


 隣でバスチアンお兄様が、呆れたように肩をすくめながら、低く呟かれました。


「あなたをきっと幸せにします。」


 ジェラール様はそう言って、氷が溶けるような微笑みを浮かべられました。

 その笑顔の輝きは、まるで春の陽光が差し込むような美しさ。

 わたくし、つい見とれてしまいます。


「いやいや、ちょっと待て、シャルトリューズ卿! いくらなんでも早すぎるのではないか!」


 お兄様が慌てて制しました。


「アリシア、本当にそれでいいのか!? まだ挨拶しかしてないだろう!」


 お兄様の声が温室に響いた瞬間、ジェラール様は一瞬眉をひそめられました。

 しかしすぐに優しく私を見つめ、力強くおっしゃったのです。


「もちろん、いいに決まっている。

 アリシア嬢とは、きっと素晴らしい未来を築けると確信しています。」


 その眼差しは、まるでわたくしの心に直接触れるかのようで、思わず息を呑んでしまいます。

 さきほどからずっと心臓が激しく打ち続けていて、今にも壊れてしまいそうです。

 深い湖の底に引き込まれるような美しい紫の瞳に魅了されたわたくしは、気がつくと同意するように小さく頷いていました。

 未来を築ける,とおっしゃいましたわ。


「わたくし……」


 ためらいがちに口を開いたものの、どう表現すればよいのかわからず、言葉が止まってしまいました。

 それでも、ジェラール様はわたくしから目を逸らさず、両手を優しく包み込んだまま、穏やかに問いかけられました。


「アリシア嬢、どうなさいましたか?」


 その温かい言葉に勇気づけられ、結局こう尋ねるしかありませんでした。


「あの……それで……わたくし、一体、何をすればよいのでしょう?」


「何を? とおっしゃいますと?」


「つ、つまり…わたくし……このご縁をいただいて、実際何をすればよろしいのでしょうか。」


 必要な魔法が何か、あらかじめ知っておかなくてはなりません。

 お嫁に行く前に、できる限り練習しておきたいものですもの。


「アリシア嬢、していただくことなどありません。ただ、今のままでいてくだされば、それで充分です。」


 わたくしの頬は、もう隠しようのないほど真っ赤になってしまいました。


 何もしなくてよいなど!

 その優しいお言葉に、わたくしの胸はさらに高鳴ります

 わたくし、まだ本当に何もしていないのに、それで充分とは、一体どういう意味なのでしょう!?


 いえいえいえいえ!

 わたくしが、きちんとお役に立てることを申し上げなくては!


「でも…わたくし……。

 ジェラール様に、わたくしがしてさしあげられることは、本当に何もないのでしょうか。

 あの……わたくし…きっとお役に立てると思いますの……。」


 とにかく何かを言わなくてはと思い、ジェラール様の瞳をじっと見上げて、そう申し上げました。

 しかし、緊張のあまり、声はかすかに震え、耳を澄ませなければ聞こえないほど小さなものになってしまいました。


 その瞬間、ジェラール様の口元がほのかに綻びました。


「では、アリシア嬢。」


 柔らかな声にわずかに含みがありました。


「私の子を産んでくださいますか?」


 えっ……?


 ジェラール様の思いがけない一言に、わたくしの頭は真っ白になりました。


「……お子、ですか?」


 なんとか声を絞り出しましたが、胸の内では嵐が吹き荒れています。


 お子を産む?  わたくしが?  一体どうすれば……!?


 混乱するわたくしがちらりと隣を見ると、お兄様が天を仰いで大きくため息をついておりました。


「……公爵殿、それは、さすがに順序が色々とおかしいだろう。」


 ジェラール様も、ようやくご自身の発言が適切ではなかったと気づかれたのか、わたくしから視線をはずされて、少し頬を赤らめながら言い訳を始められました。


「いや、そういうつもりではなく! その……将来の話でして!」


「将来……」


 わたくしは真剣に考え込みました。


 そういえば……わたくし、魔術でお子を作る術など、学んだことはありませんわ。

 それとも、公爵家に代々伝わる秘術が存在するのでしょうか!?

 わからないことは素直にお聞きするほうがよろしいですわね。


「それで、その……。」


 ジェラール様が言葉を探している間に、わたくしは思わず質問してしまいました。


「お子を作るには、具体的にどうすればよいのでしょうか?」


 その場が一瞬、静まり返りました。


「アリシア!」


 バスチアンお兄様がわたくしを咎めるように声を上げましたが、わたくしは真剣そのものです。


「わたくし、精一杯お手伝いしたいと思っております。

 ただ、その術はまだ習ったことがございませんので……?」


ジェラール様は困惑しきった表情で、視線を彷徨わせていらっしゃいます。


「いや……その………」


その様子に見かねたバスチアンお兄様が、もういちど大きなため息をつきました。


「……ジェラール、完全にお前の責任だな。」


「……!」


「いえ、わたくし、ただ学びたいだけですの! 教えてくださいませ!」


 必死に訴えるわたくしに、バスチアンお兄様は頭を抱えて呟かれました。


「アリシア、おまえ、本当に、そこから説明が必要なのか……!」


 ジェラール様はますます赤面され、とうとう片手で顔を覆われてしまいました。

 わたくし、もしかして、ジェラール様を困らせてしまっているのでしょうか。

 あら、そういえば、ジェラール様のもう一方の手は、まだわたくしの手を握られたままですわ。

 ジェラール様は、やがて決然とした表情をなさり、わたくしのことを見つめました。


「アリシア嬢、それは私が、のちほど丁寧にお教えします。

 ですから、いまはまだ何もお考えにならずにいらしてください。」


 どうしてこうなってしまったのでしょう!?


 バスチアンお兄様がついにあきらめたように、おっしゃいました。


「公爵殿。では挙式の日程は、後日ご相談しましょう。

 式までは、節度のある付き合いをしてもらえるよう、どうぞご理解いただきたい。」


 

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