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#40 これからは二人で……

最終章です!


 ジェラール様は、瞳から煌めきがこぼれ落ちるのをふせぐように一度天を仰ぎました。

 それから、空に向かって何度か瞬きをしてから、再び膝の上にいるわたくしを見下ろしました。

 その時はもうすっかりいつもの余裕なジェラール様に戻っていました。


「ああ……ところで……。

 君の最初の質問の答えに戻るけど…。」


「最初の質問……?」


「どうして君と俺がここにいるのか、という話だね。」


「あ……。」


 はい……。

 とわたくしは叱られることを待つ子供のように、おとなしくジェラール様の言葉を待ちました。


「時系列で行こう。

 昨日の夕方、俺はフレアベリー侯爵家に馬車で迎えに行き、大切な御令嬢をお預かりした……。

 王宮舞踏会に行った俺たちはワルツを2曲続けて踊り、予定通り、魔術師団長サミュエル・フレアベリー侯爵及びバスチアン・フレアベリー宮廷外務官両名御列席の前で、陛下に婚約の御許可をいただいた。

 …ここまでは大丈夫?」


「はい……。」


「その後、陛下の御許可に嬉しくなった俺は、羽目を外して、酒に弱い君にワインを飲ませた。」


「え、いえ…? ワインはわたくしが自分で……。」


「……都合よく君を酔わせた俺は、言葉巧みに君を王宮の噴水周りの暗がりに連れ込み……」


「えっ? でもあれは……。」


「……そこで嫌がる君にいかがわしいことに及ぼうとした結果、すんでのところで君に逃げられたのだが……それでもしつこく君を執念で追いかけてここにいる……。

 ………ということに、たぶん、フレアベリー侯爵家ではなっている。」


「え…ええっ!?」


「さらに言えば、俺が昨晩、まだ日付が変わる前に、この迷宮に君を探しに向かったことは、君の兄弟全員に知られている。なぜなら俺が一人一人に鍵の内容を聞いて回ったからね。

 ……そして君は、こうして一晩中俺の腕の中にいて……。」


 そう言ってジェラール様は、私の額に優しく口づけを落としました。

 そしてすぐに、こめかみから頬に優しく唇を添わせます。


「そして今は………朝だ。というかもうすぐ昼……だね。」


「……………。」


「すぐにどこかに逃げ出すアリシア・フレアベリー侯爵令嬢が、もし朝帰りの常習犯だとすれば、これはあまり問題にはならないかもしれないけど……。」


「朝帰りなんてっ! そんなこと、一度だってしたことございませんわっ!!」


思わず大声で反論してしまいます。


「だとすれば。」


 ついにわたくしの唇にたどり着いたジェラール様の唇が、しばらくそこでとどまります。

 ゆっくりと味わうように何度も口づけをして、ああ……その続きを誘うように……わたくしの唇を開かせようとそっと舌でなんどか往復します……。

 耐えきれずにわたくしがふと口を開いたとき、ジェラール様は、その舌先で軽くわたくしの舌に触れてから………直後、彼は何事もなかったかのように唇を離しました。

 その急に離れてしまったジェラール様の唇をぼんやりとみると、わたくしとのキスの名残でしっとりと濡れていました。


「……どんなに気まずいとしてもだ。

 俺は、これから君をいったん、侯爵邸に……いや、ここも侯爵邸の一部だけどね……無事に……何を無事と言えばいいのかわからないけど、とにかく、送り届けなければならない。

 そうすれば、きっと優秀なフレアベリーのご家族は、君に触れた瞬間、君の中を温めている熱が俺のものだってことまですぐに気づくかもしれないね。」


 ぼんやりと、その風景を想像してみました。

 ふいに現実として迫ってくるそれはただただ恐ろしくて………!


「……さあ、初めての朝帰りを、お兄様方全員に出迎えられる、覚悟はいい?」


 わたくしは、震えながらこくこくと頷くしかありませんでした。


「アリシア。できるだけ早く、結婚しよう。そうすればもうそんな心配はいらないからね?

 ずっと俺と一緒にいても大丈夫になるんだよ?

 君の身体に流れる熱が、朝が来るたびにほとんど俺のものと入れ替わっていたとしても、誰にも何も言われない。」


「ええ、ジェラール様。」


 わけもわからず、とにかく必死で同意するわたくしに、ジェラール様が満足げにうなずかれました。


「でも今回は……一緒に切り抜けなくてはね?」


 そう言いながら、ジェラール様は、ぼろぼろに切れた布切れと化しているシャツを、再びなんとか着ようとし始めました。

 それを見たわたくしは急いで残った魔力をかき集めて、ジェラール様の着替えを一式、取り寄せてお渡しします。


「せめてこちらを着てくださいませ。」

「どうやって手に入れたの?」

「一番近いところにあったジェラール様のお着換えですわ。邸の車庫にジェラール様の馬車が止まっているようですわね。」


 ジェラール様は驚いた表情で私を見つめた後、少し笑みを浮かべて言いました。


「君、ほんとに何でもできるんだな。でもまた魔力がなくなったら大変だから、もうそれくらいにして?」


 言いながら、ジェラール様は手早く着替えをなさいます。

 そして不要になった衣類をまとめ、剣を抜きました。

 紫色の炎が刃先に現れると、静かに空気を揺らしながら衣類を包み込み、一瞬のうちに燃え尽き、跡形もなくなりました。


「迷宮を出る準備はできた? 忘れ物はないね?」


「はい。」


 わたくしはジェラール様の手にそっと自分の手を滑り込ませました。

 迷宮の四阿をゆっくりと見渡します。

 大好きな場所でした。

 楽しいときも悲しいときも、よくここで過ごしてきました。

 でも、もしかしたらこの先、もうここに来ることはないかもしれない、と感じました。

 でもそれでもよいのです。

 また新しい秘密の居場所を作り出す楽しみができましたわ。

 今度はきっと、公爵邸の庭に、かもしれませんわね。


「行きましょう! ジェラール様。

 一緒に、朝帰りを叱られに。」


「ああ、でもちょっとまって……。もう一度……?」


 言ってジェラール様がわたくしを引き留めました。

 見上げた瞬間、ジェラール様のお顔が近づき、またあっという間に唇が塞がれました。


 ん……んんっ……!


 反射的にジェラール様の胸をとんとん、と軽く叩きました。

 叩く手の力が弱くなっていくのが、自分でもわかりました。

 頬が熱くなり、恥ずかしさと微かな喜びが入り混じったような、不思議な感情が胸に広がります。


 ようやく唇が離れた瞬間、わたくしはジェラール様の顔をぼんやりと見つめていました。


「ああ……アリシア、やっぱり君は……。」


 ジェラール様は少しだけ笑ってそう言うと、再び軽く唇を触れさせ、もう一度。そしてさらにもう一度、ついばむように口づけを落としました。

 そのたびにわたくしの心臓は高鳴り、抗議する気持ちもどこかへ消えていきました。


「うん。魔力の交換でなくても、やっぱり君の唇は甘いってわかったよ。」


 ジェラール様のその言葉に、わたくしは一気に我に返ります。


「いっ……今、その確認……必要でしたか!?」


 顔を真っ赤にして反論するものの、声がどこか震えています。


「だって、君のお兄様達、怖いからね!

 俺にも勇気が必要なんだよ。」


 言ったジェラール様の笑顔はまるで少年のようでした。


 

  ~ fin ~

 

ここまで読んで下さって、本当にありがとうございました!

いったん、ここで完結とさせていただきます。

応援して下さってありがとうございます。もしできましたら、

画面下の方にある【☆☆☆☆☆】から評価をいただけますと、とても嬉しいです。


よかったらまた次のお話も読みに来てください。

お待ちしております。


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