#39 永遠の月を君に
「王位継承権……ジェラール様もお持ちなのですか?」
その質問を口にする自分が信じられませんでした。
まさか……ジェラール様が、そんなに重要な立場に立たされているとは。
王位継承権を持つということ、それがどれほど重大なことなのか、私にはまだよく理解できませんでした。
ジェラール様は片眉を上げ、わたくしの表情を読み取るように見つめました。
その瞳は、わたくしを試すかのようで、心の中で震えが広がっていきます。
「ああ。……何番目だと思う?」
その問いに、わたくしは小さく首を傾げました。
「そうですね……15番目……位でしょうか?」
思いつく限り控えめな数字を挙げたつもりでしたが、ジェラール様は笑みを浮かべて首を振りました。
「残念。正解は……。」
ジェラール様が黙って指を4本立ててわたくしに見せました。
「……4番目……!?」
その数字が示す意味に、わたくしは思わず息を飲みました。
あまりにも衝撃的な事実が、目の前に現れたように感じます。
ジェラール様が、もしそのような立場にあるのであれば……一体、何が待ち受けているのか、全く予想がつきません。
「そう。4番目、と言えば、今の王のサフィールが生まれたとき、彼の王位継承権も4番目だった。
それほど……シャルトリューズ家は王位に近い家柄なんだ。」
「つ……つまり……あの……ジェラール様が…………。」
『王位につかれる可能性がある』という言葉が喉元まで出かかりましたが、不敬にあたるのではと思い、急いで飲み込みました。
それでも、わたくしの表情にはその驚きがありありと表れていたのでしょう。
ジェラール様は苦笑し、軽く肩をすくめて見せました。
「うん。でも実際は、そうあってはならない。
シャルトリューズ家は、王家の光を支える、影だから。」
言って少し切なそうに微笑みました。
「王位継承権を、必ず、他家より先んじて保持していなければならない。
しかし、実際に王位を継承することはあってはならないんだ。
こうしてシャルトリューズ家は、王国の歴史の中で不可欠な役割を果たしてきた。
目に見える表向きの筆頭公爵家としての光と、見えない王位継承者としての闇。
だが、どちらも無視することはできない。
リュミエールの光である王家を守り、輝かせ、王家に闇があるとき、それを代わりにかぶるのが……シャルトリューズ家の役割なんだよね。」
「……そんな……。それで、ジェラール様は……。」
ジェラール様はそれでよろしいのでしょうか?
ジェラール様は、その運命に納得しておられるのでしょうか?
「国家として、真に大切なものは何か。
それは、国土が平和で、民が、我々が、豊かに、日々を幸せに生きられることだ。
それを守るために力を尽くすことは、それが自己犠牲のように見えたとしても…それは価値のあることだと、俺は思っている。」
ジェラール様はわたくしを見つめました。
「ただ今の王家は……昨今の騒動の結果、王族がとても少なくなっている。
そのため、俺の結婚も、君も知っているように、もともとは王命として命じられたものだ。
シャルトリューズ家を栄えさせるため、ひいては王家を栄えさせるために。
もちろん、俺は、妻になる人に何か難しいことを考えさせたり、困難を強いるつもりなどは毛頭なかった。
そして、初めて会ったときの君は……今もだけど……
とても愛らしくて……」
ジェラール様は微笑み、わたくしを真っ直ぐ見つめました。
その瞳には、深い森のような静けさと、そこに溺れたくなるような優しさが宿っています。
「だから俺は迷わずに結婚を申し込んだ。
こんなに可愛い妻が家で帰りを迎えてくれたら、灰色の毎日も少しは明るくなるのではないかと期待した。
君と家族をすべての危険から守り、俺はひとりでどんな困難にも立ち向かう覚悟だった。」
そこで一度言葉を切り、ジェラール様は少し目を伏せました。
「だが……。」
言ってジェラール様はふたたび私をのぞき込みました。
「どうやら君は、家でおとなしくしているタイプじゃないみたいだし……?」
「……さ…さあ、どうでしょう? そ、そう…かも、しれませんわ?」
返事をしながらも、わたくしは動揺を隠せませんでした。
胸の奥がざわめき、息苦しさすら覚えます。
そんなわたくしに、ジェラール様はまた優しく微笑みかけました。
その微笑みが、わたくしの心を少しだけ落ち着かせます。
「それならば。
君には君自身でも、危険に立ち向かってもらわなくてはならない。
俺が君を守ろうとしていることに、君も協力してくれなければならない。
それは…君に負担をかけることになるかもしれない。
仮に俺がそばにいられない時に、家族に危険が迫ることがあれば、君自身が盾になる必要さえあるかもしれない。
君は、俺といる限り、一緒に、シャルトリューズ公爵家の光と闇を背負って行かなくてはならなくなる。
リュミエールの未来を、闇から支えていかなくてはならないんだ。
………その、覚悟をしてもらえるだろうか?」
ジェラール様の話の重さにわたくしは圧倒されました。
今までわたくしの能力など特に必要とされていないと、勝手に拗ねておりましたけれど、そのような小さなことなどどこかに飛んで行ってしまうほどに……。
ジェラール様は、わたくしに、大きな大切なことを求めてくださっているのです。
無言で見つめ返しているわたくしに対して、ジェラール様が不安そうに言葉をつづけました。
「難しいかもしれないが……でももう俺は……君を……手放せない。」
そう言ってジェラール様が、静かに剣を手に取りました。
その柄の部分から、慎重に何かを取り出しました。
わずかに金属が擦れる音が耳に残り、その静かな音がかえって場の静寂を際立たせます。
それから、もう一度わたくしの左手を取ると、私の薬指に、優しくそれをはめました。
金属のひんやりとした感触が指先に伝わると同時に、不思議な温もりが手のひら全体に広がり、心の奥まで静かに染み込むようでした。
「アリシア。これは、シャルトリューズ公爵家に代々伝わる『永遠の月』だ。」
ジェラール様の声は低く、まるで時を越えた記憶を紡ぐような深みを帯びていました。
そこにあったのは、透き通るほどに清らかな大粒の真珠。
繊細な薔薇の花びらを模した気品あふれる古風な台座に優雅に据えられ、月の光そのものを閉じ込めたかのように柔らかく神秘的な輝きを放っています。
わたくしがこれまで見たどの指輪とも比べることができないほどに美しくて。
その輝きは、「綺麗」などという単純な言葉では到底表せない、まるで永遠に続く『月の光』そのものでした。
「……母の形見だ。その前は、祖母のものだった。
何代も前から、シャルトリューズ公爵が愛するただ一人の夫人の手を飾り、守り続けてきたものなんだよ。
きっと君のことも守ってくれる。」
ジェラール様の声は、静かに、けれど確かな思いを込めてわたくしの心に響きました。
わたくしの指で輝く『永遠の月』。その輝きに目を奪われながら、胸の奥で言葉にできないような感覚が広がります。
ただの美しい装飾品ではなく、時代を越えて受け継がれてきた愛と想いが、この指輪には込められているようでした。
過去の公爵とその夫人たちがわたくしをそっと見守ってくれているような気がします。
指先から伝わるかすかな温もりとともに、何か柔らかなものに包まれているような感覚が、わたくしを穏やかに包み込みました。
「……アリシア、君を愛してる。
出会ったばかりなのに、おかしいだろうか。
でももうどうしようもないくらいに、俺はもう、君に囚われているんだ。」
ジェラール様の声がわたくしの心を満たし、優しく押し寄せます。
「君がもし、シャルトリューズ公爵家の面倒くささに怖気づいたとしても、
俺はもう、君を手放してあげられない。
君が望む限り、いや君が望まなくても、俺を君のそばにいさせてくれ。
だから、どうか…アリシア……俺の妻になって……。」
彼の言葉の一つ一つが、わたくしの胸の奥深くに染み込んでいきます。
その真摯な告白に、瞳が自然と潤むのを感じました。
ジェラール様の瞳には、まるで柔らかな朝日を映したような、それがわたくしの心を揺さぶります。
「……はい。
ジェラール様!」
わたくしは震える声で返事をしました。
「わたくしは、あなたと共に歩んでいきます。
公爵家の光も、闇も。
ジェラール様の喜びも、悲しみも、すべて、わたくしはきっと受け止められますわ。そして……」
わたくしは両手でジェラール様の頬を包み込み、真剣に、どうか伝わるようにと願いながら言葉をつづけました。
「わたくしは、魔物に魅せられたりは致しません。
わたくしはエレノア様とは違いますわ。
決して魔物を身に宿したりは……。
ですから、どうぞ安心してくださいませ。
そのようなことで、家族を危険にさらしたりは絶対に致しませんわ。」
ジェラール様はわたくしをじっと見つめました。
その瞳は揺らめいていて……まるで泣いているようでした。
「……ありがとう、アリシア。」
その声はわずかに震えていましたが、確かな温かさを深い愛情を感じさせてくれました。
ありがとうございます♪
ちょうどこの章で10万字超えました!
読んでくださってありがとうございます。
次回で一旦完結します!




