#31 双子の近衛騎士
フロアを出るとすぐに、控え室の前で警備をしていた双子の近衛騎士のもう片方、ディミトリ・フレアベリーを捕まえた。
「ディミトリ、迷宮の鍵を教えてほしい。」
「……鍵、ですか?」
その顔が一瞬で警戒に変わる。
どうやら既にアリシアが迷宮に閉じこもったことを知っているようだ。
「時間がないんだ。お前も状況はわかっているのだろう?」
「状況は、ですか……?」
わざとらしく首を傾げるディミトリに、イラッとしたが、今は我慢だ。
「……なぜ、式まで待てないのですか!?」
またか!
アリシアの兄たちのガードっぷりには、ため息しか出てこない。
「今すぐ必要なんだ。バスチアンは教えてくれたぞ。」
「そうですか……。」
ディミトリはしばらく悩んでいたが、やがて深く息をつくと、渋々口を開いた。
「わかりました。ただし、条件があります。絶対に他言しないと、騎士の誓約をしてください。」
「そこまでか?」
「ええ。」
「……わかった。やればいいんだろう、やれば。」
仕方なく、正しい手順で沈黙の誓約を交わした後、ようやく鍵の内容を教えられた。
「動物が放してありますので、慣らす必要があります。
僕の鍵は『それを絶対に傷つけないこと』です。」
動物? それなら案外簡単かもしれない。
アリシアが迷宮で飼えるくらいだから猫か何かだろう。
だが、一応確認しておこう。
「その動物というのは?」
「猫です。」
やはり猫か。
「……夜想猫です。」
「……セ…セレナードキャット!?」
俺の声が思わず裏返った。
念のため確認する声が自然と潜まる。
「しかし、それは厳重に個体管理されているはずでは。なぜそこにいる!?
そういえば以前、王立保護園から逃げ出したことが……まさか、それか? しかも放し飼い?」
ディミトリの表情が一瞬引きつった。
「不審者対策として、ちょうど良いと思いまして。見た目は可愛いので、妹も喜ぶかと。」
不審者対策だと? 俺が不審者だと言いたいのか。
心の中で抗議したくなるが、余計な言い返しをしている場合ではない。
「ご安心ください。夜想猫はアリシアには懐いていますから。」
「俺には懐いていないだろう!」
「あたりまえです。そうでないと迷宮の守りになりません。」
夜想猫……それは厄介極まりない習性を持つ魔獣だ。
翼のある猫で、ヴァイオリンを携えて現れる。
一見愛らしいが、近づく相手には激しく攻撃する。
剣を使わずに、夜想猫を従える方法はただひとつ。
即興で恋の詩を歌い上げることだ。
しかも、歌が下手だと怒り狂う。
王立保護園では、そのために声のいい詩人を専属で雇っているほどだ。
「騎士の誓約をしましたよ。他言はなさらないでくださいね。」
ディミトリの余裕ある笑みが、やけに腹立たしい。
だが、ともかくこれでふたつ目の鍵はわかった。
*****
その足で、先ほどの庭園に戻り、警備を担当していたエミール・フレアベリーを捕まえる。
彼もディミトリと同様に、鍵を教えることには難色を示した。
「僕の鍵、ですか……本当に必要ですか?」
「必要だ。」
「……やはり、式まで待てないのですね。」
「待つつもりはない。」
俺の即答に、エミールは短くため息をついた。
「しかし、僕の鍵は簡単ではありませんよ?」
「構わない、教えろ。」
エミールは不満げな顔をしながらも、やはり騎士の誓約を要求してきた。
聖なる騎士の誓約の大盤振る舞いだ。
「植物を傷つけずに通過する、それだけです。少しでも傷つけると、入れません。」
それだけ? 本当にそれだけなのか?
このやりとりにも記憶があるぞ。
俺は念のために確認する。
「その植物というのは?」
「薔薇です。」
「……もちろん普通の薔薇なんだろうな。」
「………恋蔓薔薇です。」
「ラブシャーヴァイン!? ……だが、それは王立植物園にしかないはずだ。」
エミールはしばらく沈黙していたが、やがて目をそらしながらポツリとつぶやいた。
「……差し芽で増やしました。」
「差し芽!? まさか、妹のために勝手に一枝拝借してきたのか?」
エミールの肩が微かに震えた。
「……大事な妹のためですから。
恋蔓薔薇は、少しでも不埒な想いがある者に対して、その蔦でまきついて通しませんので。」
「お前たちの妹愛は重すぎる!」
「閣下……頑張ってください。応援しています。」
エミールの激励が、余計に癪に障る。
ともあれこれで3つの鍵がわかった。
残り3つだ。
あと数回…? で完結します☆
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