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#2 公爵ジェラール・シャルトリューズの事情 

公爵、帰宅しました。

 

 館に戻るとすぐに、執事のルークを執務室に呼び、王命の内容を簡潔に告げた。


「王の意により、結婚することになった。適当に相手を見繕ってくれ。条件は、心身共に健康であること。それだけだ。」


 突然の指示に、ルークは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情を取り繕い、微笑みを浮かべた。

 だが、その瞳には微かに含みを持った光が宿っている。


「適当に、とのことですが……閣下、結婚相手を『適当』に選んだ先人たちが後にどうなったか、ご存じでしょうか?」

「どうなった?」

「たいてい、悲劇です。もっとも、閣下がそうお望みであれば、全力で、適当にお選びしますが。」


 その皮肉交じりの返答に、俺は思わず顔をしかめた。


「いや、『適切』に頼む。」

「承知いたしました。それでは、すぐにご用意致します。」


 ルークは前公爵時代から仕えている執事の息子だ。

 幼い頃から家に仕え、執事の息子として厳しく躾けられたため、言葉遣いや態度には抜かりがない。

 だが、彼の母は俺の乳母でもあり、兄弟のように過ごした時期もあるため、立場を超えて打ち解けた付き合いができている。


 ルークは一礼すると、静かに部屋を出て行った。

 俺は一人残され、窓の外の景色をぼんやり眺める。


 妻となるべき女性に多くを望むつもりはない。

 周囲が振り返るような美貌も、あえて問われる知性も、必要とはしていない。

 性格がほどほどに落ち着いていて、家柄が釣り合っていれば、それで十分だ。


 もちろん俺自身、彼女を大切にするだろう。

 浮気などは断じてする気はない。

 外に子ができて、後々の騒動になるなど避けたいし、そのような複雑な人間関係には興味もない。


 公爵夫人として負担を感じず、安らげる暮らしを用意するつもりだ。

 家のために嫁ぐ相手に、必要以上の重荷を背負わせるわけにはいかない。

 それくらいは、俺のわずかな罪滅ぼしとして果たさなければならないだろう。

 せめて平穏な生活を与えることだけは、俺にもできるかもしれない。


 そんなことを考えていると、やがてルークが大きな箱を抱えて戻ってきた。

 彼は箱をテーブルの上に置くと、慣れた手つきで中身を並べ始める。

 書簡とそれに付属する品々が、家ごとに色分けされたリボンでまとめられ、整然と並べられる様子は、まるで一流の職人が作品を仕上げる瞬間を見るようだった。


「いずれの御令嬢も申し分のない方ばかりでいらっしゃいます。

 この中にきっと、閣下のお眼鏡にかなう方がいらっしゃると存じます。」

「……すごい数だな。」


 テーブルいっぱいに広がる候補を前に、俺は思わず息をついた。


「今月届いた分でございます。

 ほかの分につきましては別室に保管しておりますが、必要とあらば即座にご用意いたします。」


 どうやら、結婚相手を探しているのが男ばかりではないことは明らかだった。

 公爵家という地位の重さが、改めて肩にのしかかる。


「……これ以上増やさなくていい。」

「かしこまりました。」


 ルークが涼しげに微笑んだので、こちらの心の負担は少し軽くなった。

 俺は山の中からひとつ、淡いクリーム色の箱を手に取った。

 手のひらに伝わる温かさに気づく。


「魔法がかかっているな。」

「ほんのまじない程度でございます。ご心配には及びません。」


 箱を開けると、そこには楕円形の額がひとつ入っていた。額に納められていたのは、繊細に描かれた細密画(ミニアチュール)だった。絵の中の女性は銀に近い淡い金色の髪を風にゆらし、赤みを帯びた灰色の瞳をこちらに向けている。

 淡い薔薇色のドレスを纏い、優しげに微笑む彼女の表情は、まるで幸せな夢の中にいるかのようだ。その微笑みはきらきらと輝き、同時に不思議な優雅さと清らかな品格を感じさせた。

 美しい、と素直に思った。絵だからこその表現もあるだろうが、それでもその眼差しには妙に心が揺さぶられるものがあった。これも『まじない程度の魔法』の効果なのか。


「そちらは、フレアベリー侯爵家の御令嬢、アリシア様でございます。」


 ルークがさらりと言葉を添えた。


「なるほど。魔術師団長サミュエル・フレアベリーの娘か。趣味は園芸……?」


「ええ、フレアベリー侯爵家の庭園は、訪れた人々が必ず足を止めるほどの美しさだと伺っております。季節ごとに趣向を凝らした花々が咲き誇り、特に初夏の薔薇は一見の価値があるとか。」


「きっと家庭的な令嬢なのだろうな。

 ……兄が六人、下に弟が一人……随分と賑やかな家だな。」


 ルークが短く頷く。


「はい。フレアベリー侯爵は当代一の魔術師として名を馳せておりますが、同時に御子息が多いことでも知られております。

 閣下が重視される『安定』という観点においても、信頼に足る家柄かと存じます。」


 俺は納得して静かに頷いた。

 家の誇りや強さは、こうした構成からも感じられる。

 そして、それが意味するものも悪くない。

 後継者の問題を考えれば、彼女がその体質を受け継いでいれば、心強い限りだ。


「ルーク、これで決まりだ。訪問の日程を調整してくれ。」


「承知いたしました。

 それにしても、最初の箱でご決定とは……閣下もなかなかの直感力をお持ちですね。」


 その軽口に、俺は苦笑した。


「ああ、決断は早い方だと自負している。」


 ルークの柔らかな笑顔に見送られながら、細密画をそっと机の上に置いた。


 まずは会ってみればいい。

 意外と悪くないかもしれない。




次回アリシア視点。

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