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#14 シャルトリューズ公爵家の噂 1

 

 それから数日後、わたくしはルチア・ヴァレンシア子爵令嬢のお邸におりました。

 ルチアの家の、優雅で洗練された香りが漂うルチア専用のサロンで、わたくしたちはこっそりと秘密のお茶会を開いておりましたの。


 ルチアは王立女学園時代からのわたくしの親友で、現在、調香師としてその才能を発揮しているのですわ。

 ヴァレンシア子爵家が手広く経営されている商会を通じて販売していて、王都ではいま、大変な人気ですのよ。

 華やかな香水だけでなく、それぞれの目的に合わせた効果がある特別な調香も大評判で、上流社会では引っ張りだこの存在です。


 いつもはルチアの家に行くというと、なぜかお忙しいはずのバスチアンお兄様が送迎をして下さるのです。

 バスチアンお兄様はルチアのことを、とても気になっていらっしゃるご様子。お好きなのだと思いますわ。

 でも今日はお兄様は不在でしたし、あとでがっかりされたらお気の毒ですもの。

 ですから家の者にも内緒で出てきたのですわ。

 親しいお友達と過ごす時間は、わたくしにとっても楽しみなことですもの。


 テーブルには、焼きたてのスコーンと濃厚で新鮮なクリーム、小ぶりでみずみずしい果実のタルトが並んでいました。さらに、花の香りがふわりと漂うヴェリーヌが目を引きます。

 繊細なポットからは、ルチア自慢のハーブ入りの紅茶がほのかな湯気を立てていました。


「ねえ、アリシア。つい数日前のことよ。

 ほんの偶然に、丘の上のカフェであなたが魅力的な男性と一緒のところをお見掛けしたのだけれど?」


 ルチアが少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら言うと、わたくしは思わず手元のティーカップを少し傾けてしまいました。


「まあ、ルチアったら! いらしたの? わたくし全く気づかなかったわ!

 お声がけしてくれてもよろしかったのに!」

「あら……とても話しかけられるような雰囲気ではなかったわよ?」


 ルチアは身を乗り出すようにして、目を輝かせました。彼女は、学園時代から『秘密』を探るのが得意なのです。

 なんでも、情報を手に入れることは、ご商売をするうえでも一番大切なのだそうですわ。


「それで、あの……ジェラール・シャルトリューズ公爵とあなたって、どういう関係なのかしら?」


 ルチアの口調は明らかに興味津々。わたくしは、どこから話せばいいものかと少し困りながら答えました。


「どういう、とおっしゃいましても……まあ、その………」

「?」


 ルチアの瞳が興味津々できらきらと見つめます。その目の輝きに負けるように、わたくしは小さく息をつきました。


「わたくしとジェラール様は、その……婚約致しましたの」


 頬を赤くしてわたくしがそう告げると、ルチアは目を大きく見開き、しばらくは言葉を失ったかのようでした。


「まあ! あら……アリシア……婚約……? 本当に!?

 あのシャルトリューズ公爵と?

 どうしてまあこんなに急に……?」


 そう言いながら、彼女は次第に困惑したように眉を寄せましたが、次の瞬間、ふっと軽い笑い声を漏らしました。


「わたくしてっきり……あの宮廷の女性に大人気で有名なシャルトリューズ公爵まで、ついにあなたの毒牙に……じゃなかった、魔力にとらわれ…いえ! ……いえいえいえ!

 つまりその、あなたの魅力、に気づいてしまったのかと……!

 ああ、だって、あなたの周りって、いつもちょっと……その……個性が際立つ感じの男性ばかりがうろうろしていて、フレアベリーの素敵なお兄様方が追い払うのに必死だったじゃない?」


 そして、ルチアはしばらく考え込みました。


「で、それで、シャルトリューズ公爵とはいつから親しいの?

 いつ婚約されたの?

 お兄様方は皆様賛成しているの?」


 興奮を抑えきれない様子で、次々と質問を投げかけます。

 わたくしは少し困りながらも、ようやく話を始めました。


「ええと……あの。今月の初めの頃よ。父の勧めでお見合いをして、結婚を申し込まれて、承諾したの。

 バスチアンお兄様が立ち会って下さって、ええとても頼もしい兄ですのよ。

 そして他の兄たちも…応援してくれているわ」


 わたくし、それでも大切なところには、忘れずにバスチアンお兄様の名前も入れてお話ししましたわ。

 バスチアンお兄様、わたくし、微力ですがお兄様がルチアによい印象を持たれるように頑張りますわね!


 そんなわたくしの内心を知ってか知らずか、ルチアはちょっとほっとしたように笑いました。


「あら、それはまた……ではこの婚約は、つまり、お家同士の繋がりっていうことなのね?

 でも、伯爵家以上の方に求められる国王陛下の御許可は、まだこれからなのね?」


 ふんふん、とルチアは何かを考えるようにうなずきます。


「まあ……ジェラール・シャルトリューズ公爵は、地位も容姿もとても優れていらっしゃるから……。

 ふふっ……最近『理想の結婚相手』ともてはやされているわよね。」


 ルチアが、2杯目の紅茶を注いでくれます。


「ところでアリシア……シャルトリューズ公爵家の秘密、あなた、ご存知?」

「秘密…?」


 ええと、先日伯爵家のお茶会で耳にした話によると、数年前、シャルトリューズ公爵家は、口にするのも恐ろしい不幸な事故に見舞われ、存続すら危ぶまれる状況に陥ったとか。そこで、当時まだ学生だったジェラール様が急遽公爵に叙爵されるという異例の措置が取られたそうですけれど……。


「数年前に何か悲劇があったらしいと、聞いたことがありますわ……」


「そうよ……シャルトリューズ公爵家の先代当主ルシウス様は、穏やかな性格で知られる宰相だったの。でも、ある日突然、王都の公爵家に魔獣が現れ……御当主のルシウス様、奥方のエレノア様、御嫡男のエドワード様、そしてまだ幼い御息女のメアリ様まで、全員がお命を落とされた……あまりにも痛ましい事件だったそうなの。

 それをきっかけに、御次男のジェラール卿が、学生の身分のまま公爵に叙爵されることになったの。

 ……と、まあ、これが公式にされているところなの。」


 ルチアはわたくしの反応を見ながら、さらに続けるかどうかを迷っているようです。


「ルチア、お続けになって。」


 ジェラール様が関わる話をするのは、心の中で少し後ろめたさを感じますが、それでもわたくしは頷きました。

 

「実は、この話にはもう少し黒い噂があったのよ。表に出ることなく、うまく手が回ったみたいで、すぐに沈静化したけれど…」

 

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