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#12 リュミエールの休日 2


 案内された部屋は、柔らかな自然光が優しく差し込む、広々とした贅沢な空間でしたの。その場には、安らぎと優雅さが満ちているようでしたわ。

 部屋の壁にはいくつもの大きな鏡が飾られ、周りにはさまざまな生地が用意されております。

 マダムは次々と美しい布を手に取り、わたくしの身体にそっと当てては、その目利きの確かさで、わたくしに最も映える色合いを選んでくださいます。


 まず選ばれたのは、深い海のような青色の生地。けれども手触りは雲のように柔らかくふんわりしています。


「ふわりと裾を広げて作りましょう。裾に銀糸で流れ星の模様を刺繍致しますと、夕闇に光を放つルミエラのように可憐で神秘的ですわ。」


 次に選ばれたのは、白百合の花を思わせる淡いクリーム色の絹地です。繊細な模様が織り込まれ、動くたびに光を受けて優雅に輝きます。


「こちらは薄い布を何枚か重ねて光を細やかに反射させましょう。清純な御令嬢の雰囲気によくあいますよ。」


 ああ、どちらのドレスも本当に魅力的で、選ぶのが難しく感じますわ。

 わたくしが困ってジェラール様を振り返りますと、ジェラール様はわたくしを見つめて言いました。


「両方ともとてもよくお似合いです。あなたがどちらを選んでも、きっと誰よりも美しいことでしょう。」


 そのとき、マダムが次に出してきた銀糸が織り込められた淡い紫色の生地に、わたくしの目が釘付けとなりました。

 その美しい布のつややかさは、まるで月の光を纏ったようです。

 一目見ただけで心を奪われてしまいました。


「こちらは、隣のルナリア王国から輸入された特別な絹でございます。」


 マダムが、柔らかな口調で丁寧に説明なさいます。

 それから、瞳をかすかに瞬かせて、意味ありげに微笑みました。


「公爵様の瞳と髪の色にも合っておりますので……王宮舞踏会には、最適かと存じますわ。」


 その言葉に、わたくしの頬が、一瞬で熱く染まりました。

 この国では、恋人の瞳や髪の色をドレスに纏うことで、その親密さを示す習わしがございますわ。

 少し気恥ずかしくなり、赤くなった頬を抑えながら、そっとジェラール様をうかがいます。

 ジェラール様の色をわたくしが纏っても、よろしいのでしょうか。


 すると、ジェラール様もほんの少し目元を赤らめながら、穏やかにおっしゃったのです。


「アリシア嬢……あなたが好きな色でよろしいのですよ。」


 その言葉に、わたくしの胸がぎゅっと高鳴りましたの。

 選ばれた布地は、ええ、まさにわたくしが一番好きな色なのですもの。


「…………は、はい! わたくし……これが良いと思いますの! これにしますわ!」


 思わず大きな声で返事をしてしまい、慌てて唇を手で押さえましたけれど、ジェラール様は少し微笑んで、嬉しそうに目を細めてくださいましたの。

 マダムはにこにこしながら、手際よくさらさらとデザインを描き始めます。


 そのとき、ジェラール様が胸元から金色の布地に包まれた何かを取り出しましたの。


「そのドレスには、こちらが合うかもしれません。」


「まあ……!」


 淡い金色のベルベットの布地の上に、紫色のアメジストとダイヤモンドで作られた精緻な鳥の形をした髪飾りが、そっと翼を休めておりました。

 聖なる鳥、紫雷鳥(シルリオン)です。

 そのすばらしさに、わたくし、呼吸をわすれてしまいましたわ。


「素敵……。」


 気づかないうちに、わたくし、声に出しておりましたの。

 ジェラール様が、ほっと息を吐きながら、わたくしの手のひらの上に、その髪飾りをそっと乗せてくださいました。


「あなたに差し上げます。」


 そのお声はわずかにかすれていました。

 わたくしの胸も、今にも音が漏れてしまいそうなほど高鳴っていますの。


「……あ…ありがとう……ございます。ジェラール様……。」


 手の中で輝くその髪飾りは、どこまでも美しく、静かな輝きを放っておりました。

 嬉しくて呆然としているわたくしを、マダムが優しくカウチに導いてくれました。


「ではフェアベリー嬢、こちらへおかけくださいませ。次は公爵様の衣装を決めましょうね。」


 マダムは店の奥からまた幾種類もの布地を取り出しました。


「公爵様の凛々しさを引き立てるには、こちらの深い紺色の絹地などが最適かと存じます。それに金の刺繍を合わせれば、どんな場でも堂々とした印象を与えられるでしょう。」


 並べられた布地はどれも上質で、美しい煌めきを帯びておりました。

 特にマダムの勧める濃紺の絹は、夜空のような漆黒に近い色合いで、その滑らかな質感は見ているだけで触れたくなるほどです。


「フェアベリー嬢のドレスに合わせて……少しアクセントとしてクラヴァットとサッシュに紫を取り入れましょう。

 それから……刺繍は金だけでなく赤も入れましょうね。……もちろんフェアベリー嬢の瞳の色ですわね?」


 ジェラール様が穏やかな笑みを浮かべながら、わたくしをみました。

 そして、わたくしの意見も、尋ねてくださいます。


「よろしいですか、アリシア嬢?」


「えっ………?」


 わたくしの心臓が跳ねました。

 ジェラール様も、わたくしの瞳の色を入れてくださるのですか?


「あの……あの……舞踏会では、ジェラール様はどのように装われても、きっと皆の視線を集められますわ。」


 少し照れを隠してわたくしが申し上げると、ジェラール様は小さく笑って首を振られましたの。


「アリシア嬢がそのようにおっしゃるのであれば……それも悪くはない。」


 ジェラール様が頷く傍らで、マダムは慣れた手つきで衣装のデザインを描き、こちらも瞬く間に立体的なイメージが現れていきましたの。


「では、これでよろしければ製作を進めさせていただきますわ。

 お仕上がりは舞踏会の2日前までに、ええ、完璧な形でお届けいたします。」


 そうおっしゃるマダムにわたくしとジェラール様は感謝を述べて、店を後にいたしました。


 外の光は眩しく、わたくしはとっさにジェラール様の袖につかまりました。

 わたくしの髪には、いただいた髪飾りが初夏の陽光を受けて輝いています。

 見あげると、ジェラール様は穏やかで優しい表情を浮かべながら、歩幅をわたくしに合わせてくださっておりましたの。


 

※髪飾りを贈るジェラールの心境は2章前の <#10 紫雷鳥の髪飾り>へどうぞ☆

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