#11 リュミエールの休日 1
ジェラール様との約束の日が訪れました。
わたくし、嬉しさのあまり昨夜はなかなか寝付けず、そして朝も陽が昇るよりも早く目覚めてしまいましたの。
今日は王宮で開かれる舞踏会の衣装を揃えるため、街の仕立て屋までジェラール様とご一緒に馬車でお出かけいたしますの。
わくわくいたしますわ!
ジェラール様の馬車は、しっとりと深い夜のように黒くて、傷ひとつなく艶やかな光沢を湛えて磨きあげられていますわ。
美しい装飾が繊細に施され、扉には公爵家の誇り高き紋章が静かに威厳を放っていますの。
それを引く二頭の芦毛の馬は、つやつやに毛並みを整えられた堂々としたたたずまいで、雪のように輝くたてがみは丁寧な編み込みが施されています。
拝見するのは二度目ですが、やはりその優雅さには心奪われてしまいます。
まるでジェラール様ご自身のように、洗練されていて気品にあふれていますの。
その馬車に、今日はわたくしも乗せていただけるのです!
乗り込む際には、ジェラール様が自らわたくしの手を取ってくださいましたわ。
けれども、わたくし、我が家の馬車より少し高めのキャビンに乗り込むのに少々手間取ってしまい、思わず彼の手に全ての重みを預けてしまいましたわ。
なんて恥ずかしいこと!
頬が赤くなってしまったわたくしを見て、ジェラール様は柔らかく微笑みながら、「アリシア嬢は羽のように軽い」とおっしゃったのです。
そのお優しいお言葉に、どれほど救われたことでしょう。
ふとした仕草にも思いやりが感じられて、わたくし、ますます胸がときめいてしまいますわ。
馬車の中は、ふかふかのベルベットのクッションが敷かれていて、ほんのりと上品な香りが漂っています。
わたくしが先に座らせていただきましたから、ジェラール様がお隣にお掛けになれるよう、そっと端の方に寄りましたの。
いつもお兄様たちと馬車に乗る時は、そうして一緒に景色を眺めたりお話をするのですもの。
でも、ジェラール様は対面のお席、それも扉に近い場所をお選びになりましたのよ。
もしかしたら、万が一の時にすぐ動けるよう、騎士としての判断で扉に近い席をお選びになったのでしょうか。
ええ、きっとそうですわ! そのさりげないご配慮に、また胸が高鳴ってしまいますわ。
さらに、少し離れた向かい側にお座りになったおかげで、ジェラール様のお顔を失礼なく拝見することができてしまいます。
その端正なお顔立ち、涼やかな瞳、そして優しげな微笑み!
ああ、目が合うたびに心臓が波打ってしまいます。
ときめきすぎてしまって何度もすぐに視線を逸らしてしまいましたけれど、そんなわたくしをジェラール様は少し楽しそうにご覧になっていらっしゃるご様子です。
わたくし、それがまた恥ずかしくて、ひとこともお話しできませんでしたの。
馬車はまるで雲の上を滑るように静かで、心地よい揺れもほんのかすかに感じられる程度でしたわ。
ジェラール様とふたりでこうしている時間は、とても幸せで、もっと長く乗っていたいような、これ以上心臓が持たないわ、と思うような…。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、気づけば、もう目的のお店に到着しておりましたわ。
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<シャルム・ド・クレール>
その名だけで王都の誰もが息を呑む、宮廷でも評判の仕立て屋さんですわ。
半年先まで予約が埋まっていると伺っておりましたけれど、こんなにも急に予約が取れるなんて……さすがは公爵家のお力といったところなのでしょうか。
それとも、わたくしたちが奇跡的に幸運だったのでしょうか。
いずれにせよ、このような特別な場所に、ジェラール様とご一緒できるなんて!
到着すると、品のある門衛が一礼しながら扉を開けてくれました。
店内に一歩足を踏み入れると、そこには息をのむほど美しい生地や衣装がずらりと並んでおります。宮廷舞踏会そのものに迷い込んだようですわ。
店の奥から現れたのは、まるで光を纏ったかのような、きらびやかな装いのマダム。
「シャルトリューズ公爵様、フレアベリー侯爵令嬢様、ようこそお越しくださいました。」
その言葉に続けて、マダムは微笑みながら優雅に一礼し、長年の知り合いにでも会ったかのように温かい歓迎の雰囲気を漂わせました。
「わたくし、このシャルム・ド・クレールの店主、エヴェリーヌ・ルヴェルでございます。
お二人の衣装をお作りできるなんて、たいへんな名誉でございますわ。どうぞ、こちらへお進みくださいませ。」
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