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#1 王命、妻帯せよ! 

これは国王からの王命で始まる、騎士と令嬢のお見合いのお話です。

 

「ジェラール・シャルトリューズ公爵、妻帯せよ。」


 玉座に座る若き国王サフィールが、静かな声でそう告げた。


「はっ……」


 俺は片手を胸に当て、膝を折りかけて命を受けるところだったが、その言葉に息をのんだ。

 妻帯……?


 王のこの発言が、唐突に脳裏に突き刺さる。

 結婚して妻を持て、と……?

 意味を理解しているはずの言葉が、なぜか妙に現実感をもたらさない。

 何か別の意図があるのではないかと、思わず視線を向けた。


 サフィールと俺は学園時代からの友であり、非公式な場では気さくに話せる間柄だ。

 しかし、だが、サフィールはわざわざこの厳粛な謁見の場で、あえて王の威厳を纏って命令を下している。

 普段の友の顔ではなく、どこか冷やかな光を帯びた瞳で俺を見据える彼が、まるで別人のようにさえ見える。

 これはただの軽い思いつきではないはずだ。

 国の運命に関わる命令であることを、彼の瞳の奥に見た光が語っているように思えた。


「恐れながら……妻帯、とはいかなる意味でございましょうか。」


 王笏をくるりと回しながら、サフィールはまっすぐに俺に向き直ると、少し口元を緩める。


「もちろん、『結婚して妻を持て』という意味だ。」


 頭が良すぎるがゆえに変わり者の王は、昔からこうして時折突飛なことを言い出す。が、今はただその宣告に重みがあるのみ。

 俺の中に、過去への戸惑いや迷いが浮かぶのを感じつつ、静かに息をついた。


「……理由を伺っても?」


 とんとん、と床に王笏を軽く打ちながら遊ばせていた王は、美しい顔に少し微笑をたたえて続けた。

 彼が少し、唇に弧を描くだけで、薔薇が開くような華やかさを醸し出せるのは、いつものことながらさすがだと思った。


「シャルトリューズ公爵。

 そなたとそなたが率いる騎士団の働きには、いつも感銘を受けている。

 その冷徹な判断と、雷のごとき迅速な剣裁きで“氷雷の騎士”と称えられるそなたこそ、我が国、そして余の治世にとってなくてはならない存在だ。

 だが、そなたにはもう一つ、重要な使命があることを忘れてはならない。

 シャルトリューズ公爵家の後継を考えてほしい。

 公爵家の力が我が王国を支え、安定させていくのだからな。」


「もちろん、公爵家の後継については……いずれ検討するつもりですが……」


「いずれ、では遅すぎる。余はこの数年間で嫌というほど思い知った。

 時というものは、人がいかに望もうとも、その手をすり抜けて流れていくものだ。」


 彼の視線が鋭く俺を貫く。あの日から、幾度となく俺が避けてきた現実を、王が無情にも突きつけてきたのだ。


「公爵ジェラール・シャルトリューズ!

 ただひとりの、そなたにふさわしい令嬢を探し出せ。

 愛のもとに婚姻を結び、子をなすのだ。

 公爵家を栄えさせよ!」


 その言葉が決定的な響きをもって耳に届いたすぐあとに、王、サフィールは小さな吐息とともに、その青い瞳にわずかに悪戯をたくらんだような光を宿し、口調を崩した。


「ああ君、当然わかっていると思うけど、これは王命だからね、ジェラール。」


「………御意に。」


 サフィールの口角がまた少しだけ上がる。


「では、速やかな報告を期待する。」


 *******


 謁見室を後にした俺は、廊下を進みながら大きくため息をついた。

 玉座の前では感じなかった現実が、じわりと胸に重くのしかかる。

 足元を眺めれば、王命とはいえ、人生における大きな決断が、俺の未来に影を落としているのを強く感じた。


 数年前の、思い出したくもない不幸な事件が脳裏をよぎる。

 あの日、家族を守れなかった自分の無力さと後悔が、未だに癒えない傷として胸に残っている。

 当時まだ学生だった俺は、何も知らずに学園で平和に過ごしていたが、知らせを受けて急ぎ家に戻った時、目の前の惨状に言葉を失った。

 嫡男ではなかった俺が突然、公爵位を継ぐことになったのも、その苦い出来事がきっかけだった。


 あの時、俺は心に誓った。

 持てる力をすべて王国に捧げ、騎士として剣を掲げることのみが、ただ残された命を消費しながら生きながらえる道だと。

 命の保証などどこにもない。

 明日を迎えられるかも分からない戦いの現実が、それを教えてくれた。

 だから結婚など一度も考えたことはなかったし、守るべき家族を増やすことなどは考えないようにもしていた。

 俺が失うものを最小限に留めることで、二度と同じ後悔を抱かずに済むと信じた。

 

 そしてこの冷たい決意を抱えたまま、きっと早く生を終えるのだろうという覚悟もしていた。

 それが俺の選んだ償いであり、あと一日を生きる理由でもあった。


 王宮から館まで馬車で10分ほどの道のりを揺られる中、心の中の考えは定まらず巡るばかりだった。

 シャルトリューズ公爵家は、臣下でありながらも王位継承権を有する重い家柄。

 俺が過去に囚われて命を燃やし尽くすなど、確かに許されるはずもなかった。


 国王の命令を拒むことはできない。

 結婚しなければならないのなら、従うしかない。

 求められているのは、家を継ぎ、その役目を果たせる後継者を迎えること。

 それだけなのだ。


 再びため息をつき、心の中にわずかに残る迷いを振り払おうとするかのように、馬車の揺れに身を預ける。

 窓の外の景色が目に入るたび、現実感がじわりと胸に重くのしかかる。

 五月だというのに、肌寒い空気に包まれた街並みが、ゆっくりと流れていく。

 

  

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