白川光のタップダンスの謎
俺の相方、白川光はいつもこう話す。
「僕は嘘がつけないんだ。特に海音には正直すぎるところがあるから許してくださいな」
でも俺は知ってる。あいつは何か隠している。それもユニットを結成してからずっとだ。
厳密に言うならば、芸能事務所の楽屋から飛び出して失踪して、浅草で見つかってから、光は妙な動きをする。
結成から半年経った今もそれは変わらない。
「光、どこ行くんだよ」
「えっと、うん、まあ、ちょっとね」
そういってそそくさとその場を離れてしまう。
俺たちは365日のうち300日以上は一緒にいるけど、毎日どこか人気のない場所に行く。
そして、まだ少しおぼつかない足取りでタップダンスを踏む。
何の影響だ。しかも俺が結成前に会ってすぐ言おうとしていたことと重なるんだよな……。
俺は、ついに意を決して光に声をかけた。
「あのさ、光……」
光は振り向くと、愕然とした顔で俺を見た。
「えっ!気づいちゃった?」
結成半年にして遂にバレた。そんな顔をしている。こっちは2日目でもうわかってたんだけどな。
「あのさあ……」
「いやこれは言えない!師sy……えっと、大事な人との約束で、あ、今のも忘れて!」
「聞かなかったことにするけどさ」
俺は溜息をついた。
「何でタップをそんなに踏んでるんだ?何も理由は話せない?」
光は首を縦にぶんぶん振った。
「浅草で誰かに会ったんじゃないか?その日に教わったとか」
光は、図星を疲れた表情をしてから慌てて首を横にぶんぶん振った。
「分かった、じゃあ何も聞かない。でも一人で抱え込むなよ」
光は首を縦にぶんぶんぶんぶん振った。
「まあ、いいや。ダンスも上手になるしリズム感はすべての基礎だからな」
「ありがとう!あ、飲み物取ってくるね!」
光は駆け出しレッスン上の外に出る。壁一面の大きな鏡には俺一人だけが映っている。
三か月前、置きっぱなしの光のスマホに通知が来た。つい目が行ってしまうと、送り主は「鉄仮面」、件名は「今日もやってるか?」だった。
それ以上は見ないようにして、罪悪感を消して溜息をつく。
俺は、光と組むと司社長に聞かされた時に、学習ノートに書いた仕事のメモを開く。小学6年生の時に配られたが、あまり出席しなかったのでまっさらなまま数冊残っていたのだ。
ノートの表紙には「アイドル論」と今より稚拙な字で書いてある。
おれは鏡に映る自分から学習ノートに目を落としそれを光に読んで聞かせる想像をしていた。
「年代、性別などすべて問わず、人気のあるアイドル、センターになれるアイドルには共通点があるんだ」
「何?海音、教えてよ」
「ダンスが上手いこと」
「ダンス?」
想像(妄想?)の中の光は目を丸くしていた。
「古今東西のアイドルグループの各センターを調べてみた。すると面白いことが分かったんだよ」
「何々?」
「例外なくダンスが上手いんだ。意外とビジュにそこまで定評が無かったり、曲がりなりにもアイドル『歌手』なのに歌が下手でもセンターはいるんだ。俺たちは二人組デュオだけど、デュオもやっぱり人気のある二人は踊りのキレが抜群なんだ」
「どうしてかな」
「話は簡単で、顔は、蓼食う虫も何とやら、歌は最悪、口パクで誤魔化せる、でも踊ってる姿は加工できない。それができないならAIかVTuberでいいもんな」
「なるほど……でも僕ダンスは……」
「司さんから聞いたけど苦手なんだろ?でも光は小型犬のようなタイプでビジュがいい、これは大きすぎるほどのアドバンテージだ。それに歌上手いだろ?ちょっと声が大きい方が優るけれど。歌が上手いということは音程が取れている、つまりリズム感があるってことだ」
「ほうほう」
「アイドルにとって、いや、何をやるにしてもリズム感こそ才能なんだ。お前はリズム感がある。恐らくだけど、細身だから体幹がそこまでなんだろう。無理をし過ぎない程度にダンスレッスンを極めたら顔、歌、ダンス三拍子揃うよ」
「ありがとう!でも、分析ノートがジャポニカ学習帳なのおもろすぎるね」
「うるさい」
「そしたら僕はセンターになれるね。そのまま別の何人かも加えて奇数のグループのセンターになろ!海音は端っこ……いや、いらないや、もうお別れだね、バイバイ」
「え?俺は?」
「俳優やれば?もともと子役じゃん。じゃーねー」
「そりゃないだろ……光、光、光……」
「海音?海音?」
「あ、ああ」
目の前に満面の笑みの光がいた。現実だ。現実の光だ。
「ずっとぼーっとしてたよ。大丈夫?」
「ああ、まあ」
「時々、心ここにあらずなと気があるよね」
光はタップダンスを踏みながら俺に話しかける。おぼつかないとは言っても、半年前よりはずっと様になっている。
半年前、光に会った俺は、いつか別々で芸能活動をすることも見据えてダンスを勧めようと思っていた。
でも今は、別のグループはおろか、2人で活動できない日が来ることが少し怖い。
光は、あけっぴろげで正直ですこしわがままで、そのくせ妙なところでしたたかだ。俺とは何もかもが違う。
でも、隣にいてくれるだけでとても楽になれる。
少しずつ上達する光のタップと、一向に話してくれない「鉄仮面」のことを思うと、俺はどんどん不安になっていく。
光のスマホの着信音が鳴る。
「おっ!師匠!……あ、やばっ……今日も支障がなくて何よりだぜ、スマホのWi-Fi!ははは……」
誤魔化しきれてないぞ、光。
「いやあ、いやあ」
嬉しそうに横顔をほころばせている。
「師匠にタップダンス褒められて嬉しいよな」
俺が限りなく確信に近い当てずっぽうでそう言うと、光は首を縦にぶんぶん振った後、ハッとした表情になって首を横に振って、今日の中学校の給食はミートソーススパゲティだったと話し続ける。
本当に正直なのは、俺の方なのかもしれない。そんなことを思いながらレッスン場の壁一面の鏡を見る。この景色に俺たち二人が映っていられるのはいつまでなのだろう。そんなことを思った自分がまるでカップルの片割れみたいで恥ずかしすぎて、思わず俯いた。
光がタップダンスを踏む足だけが視界に入っている。




