崖っぷちの少年ユニット
「彼女はいません……」
怯えた声にMCが半ば呆れ声で被せる。
「まあ、君アイドルやからね。本気で聞いとらんがな。でも、好きな女の子とかおらへんの?」
「好きな人……」
「そう、好きな人とかいないんですか?」
圧のある、取ってつけたような標準語に光は力無く答える。
「じ、自分が嫌いです……」
こらあかんわ。そう吐き捨てる芸人を冷たい目で見ながら、俺は誓った。白川光、俺の相棒を必ずスターにしてやる。
楽屋に帰ると、音符の書かれたA4用紙とにらめっこを始めた。光は、椅子に座って鏡を見ながらブルブルと震えている。
「『君の瞳に僕がいる』……」
後が続かない。そもそも、この歌詞もありふれている。アイドルの歌詞として受け止められるとはいえ、少し甘ったる過ぎるかもしれない。これは、ラストのサビの本当に終盤である。
やたら表に出たがる作家や演出家、自分の新たな一面を誇示するように裏方に回りたがるアイドル。
この業界に限らず「今の職場ではないどこか」に行きたいと願う社会人の誰もがいざ新しい生業に飛び込むとこう思う。
結局どこも一緒だ、と。
俺はその悩みに若干、13歳にして出くわしてしまった。やはり自分に作詞なんて無理なのだろうか。
12歳で共演したアニメ映画の声優以来、久しぶりに会った白川光は別人になっていた。
「こ……こんにちは、す、す、すみません……」
怯えた泳ぐ目、暗い表情、放っておくとすぐにうなだれる姿勢。例のネットミーム事件だな。俺はそう思った。
「白川光 絶叫ニキ」と検索すれば、白川光の歌う姿が悪意のある切り取られ方でいくらでも出てくる。
中学に入っていじめられたらしい。同級生による拡散だそうだ。子役仲間がスマホで観ていたが、俺はそんなもの目にも入れたくなかった。
この世界にいる誰もが、晒しものになる時代だ。特に芸能界にいる人間は。
噂話で躍起になる同業者を眺めて、息が苦しくなった。俺たちはいつからこんな汚い水槽に放り込まれたんだろう。
初めて会った時、子役の光は無防備なまでに天真爛漫で、そこが危なっかしくもあり、魅力でもあった。
でも、あんなにそのままの自分を見せていたら、難しい年頃の同級生からしたら格好のサンドバッグになってもおかしくない。
そもそも、俺たちが再会する前には、光が俺と同じ事務所に引き抜かれることになっていた。今から7日間、時を戻す。
「あなたとこの子を組ませたいの」
1週間前、俺の所属する『TEENtoOLDER』の司社長は少しシワのある両手の指を組んで見慣れた表情を輝かせながら話し始めた。
机には両手でピースをして笑う白川光がいる。こんな美形の少年がいるのかと圧倒されてしまう。
確か、すでに卒業アルバムの写真がネットに飛び交っていたはずだ。
「可愛すぎる小学6年生男子」
「白川か……」
「あら、何かご不満?」
「あいつ、危なっかしいんだよな。それに僕も、そろそろ学業に専念するって言いましたよね」
「絵になるのよ、あなたたち」
「話、聞いてます?」
「何度も共演してるじゃない」
「2回だけですよ。時代劇とアニメ映画の声優」
「その2回がぶっ飛んでるのよ!」
司社長は語気を荒げるように大声を出して机を叩いた。皆怖がるが、付き合いの長い俺にとってはいつものことだから気にしていなかった。
「良いコンビになると思うわ。でも、あなたの意思はもちろん尊重するから安心して」
おいおい、何が「尊重する」だよ。俺、この事務所、辞められるのかな?
俺は白川光の、整いながらどこか能天気な表情を見てため息をついた。ものすごい色白だ。写真が文字通り白く発光しているように見える
「十中八九、辞めますよ。俺はこの世界を」
「お節介かもしれないけれど、辞めてどうするの?今から進学して一般企業を目指すには、あなたはかなり有名過ぎるわよ」
「まだ中1ですよ。アニメ声優の主演は張ったけれど、皆すぐに忘れますよ。あの件に関しては白川の方が有名ですから」
「寂しくなるけど……前に裏方ならやりたいって言ってたじゃない?いくらでも紹介するから、事務所には残りなさいよ」
演出や脚本執筆の道に興味があるということはよく話していた。
中学生になったら作詞の話も回すと言われたがいざとなると躊躇うし、それは俺が子役から事務所の規定通りにアイドルユニットを組む前提だった。
「でも、俺が辞めたら白川はどうなるんですか?ソロデビューさせる気ですか。あの不思議ちゃんを?」
「もしあなたが辞めるなら、こういう案も考えてるの」
司さんが紙片を差し出した。
「HP to the World」
「グループ名?」
司さんが頷いた。
「何がどうなってこのグールプ名に?由来は?」
「HP to theWorldよ。あの子を中心に据えて5人くらいのアイドルを組ませて世界に売り出すの。欧米の基準だとちょっと童顔だけど、あのルックスと歌唱力なら海外にも通用すると思う。でも、あなたと二人で組んだら絶対、いいデュオになると思うんだけど」
うちみたいなそこそこの資金力の事務所で世界に売り出す。その構想は採算が取れているのか心配だったが、敢えて触れないことにした。
白川光の写真を手に取る。遊びたい盛りの子犬がはしゃいでいるような表情だ。こんなにキラキラしていたら、真ん中にしか立つことができなそうな、そんな笑顔だった。
それだけに、白川光の落ち込んだ表情の発端になった事件は小さな会社の皆には想定外だったみたいだ。
うちに来る前の元々いた所属事務所との契約で出た最後のバラエティ番組で言いたい放題言われる奴を見て、俺はある少し年上の少女を思い出していた。




