ーprologueー外山敬斗、カンヌで快挙
娘が、外山敬斗の授賞式の様子をスマホで見ていた。大音量なのでところどころ会話が聴き取れる。
「お母さん、この人、昔はアイドルだったって本当?」
私は頷いた。
「うん、『STAR by keit』、略して『SbyK』」
「推してたんでしょ」
「推してたよ。私はどっちかと言えば、もう一人の方が好きだったな」
「ああ、なんとかヒカル?」
「白川光」
「そうそう」
娘にはこの二人のファンだということは、控えめにしか伝えていない。
「カンヌ映画祭、監督および主演を務められた『1/2の十五夜』でパルム・ドールを受賞されました。今のお気持ちは?」
「そうですね」
幼い頃、アイドルになる前の子役時代のキャッチコピー「反抗期のない塩顔イケメン」と謳われてきた時から面影は今も変わらない。
「一緒に演じたキャスト、制作スタッフ、現社長の関和成さん、長友司前社長、プロデューサーの真鍋智さん……」
「そして、相方への感謝の気持ちも伝えたいですね」
私は、スマホのフォルダを開き、写メに撮っておいた彼らの雑誌のインタビューを読み返す。雑誌は引越しの際に捨ててしまったが、彼らのお互いを評した言葉だけは読み返しておきたくて写真として残してある。これは彼らが高校を卒業する頃の談話だ。
私の推しは、何かを記録する、ということが大嫌いだったけれど。
【外山海音】
「光のパフォーマンスは、野球のピッチャーで言うと剛速球なんですよ。目にも留まらぬ速さ。それでいてコースもいい。ハッとさせられる言葉も放つんです。僕はあいつに敵わない。それなりの変化球を投げたり打ち取って周りに助けられながら、同じ投手でいられる。でも光は正直ゆえに時々、甘いボールを投げてしまう。だから僕のセコいクセ球も時には必要なんです(笑)」
「ロケ先で漁師さんと仲良くなって魚捌いてもらって満面の笑みで刺身食えるのはあいつの人徳(笑)僕はその隅で顔色を窺ってビクビクしてる。弱々しいなんて評する人もいるけれど、アイツは本当に強いメンタルしてます」
座右の銘「則天去私」
【白川光】
「海音は本当に視野が広い。周りのことがよく見えてるんです。僕が思い込んで下を向いてると、背中や腰をポンポン叩いて声かけてくれるんです。『今、力抜いていいと思うよ』『そんなに気にする言葉じゃないよ』とか。それからもう一度顔を上げて見渡すと、世界が広くなってる。あの俯瞰の眼は本当に羨ましい」
「でも、あんなに周りが見え過ぎていたら心が息できなくなる時もあると思う。そんな時はどんな役を買って出てでも彼を守りたい」
「時々冗談まじりに話すんですけど、『僕たちは一蓮托生だよ』って。あれ、半分以上本気なんです。晒し者になった僕を救ってくれたのは海音だから。彼が苦しむ時があったら、道化でも悪人でもいいから僕が防波堤になりたい」
「パートナーとして言うことは何もないけれど、しいて言うなら大量の冷凍うどん!(笑)疲れてくると食が細くなってきて、同じものしか食べないんですよ。今は僕の手料理を食べてくれてだいぶ経つから安心はしているけれどタッパーを渡す時に『手を怪我するなよ』って、そればっかり。らしいっちゃらしいんですけどね」
座右の銘「東京事変『閃光少女』の歌詞すべて」
それにしても、彼らは普通の学生生活なんて送れていたのだろうか。ただそれでも、二人はいつも幸せそうだった。
「次回作のプランなんてあるんですか?」
「いくつかストックはあって、これからのことはまだ考えている途中です。でも、長年温めているライフワークがあるので皆さん、楽しみにしていてください」
感情的にならず、それでも愛想を絶やさない表情はずっと見てきた。彼の、いや、彼らの歌って踊って演技してバラエティ番組に出る姿は、私たちの世代にとって同い年のスターそのものだった。
「やっと『STORY』出てきた!これぞ国民的グループだよね!最高だなー。STORYのメンバーって外山敬斗のイベントに必ず駆けつけるから待ってたんだ。いっつも『お兄ちゃん』『先輩』って呼ぶよね。同じ事務所だからかな?」
娘の世代にとっては、5人メンバーのイニシャルから1文字ずつ取って命名された『STORY』が『STAR by keit』のバックダンサーだったことも知らなくて当然なんだな。
「さっきから『海音さんたちのお陰です』とか『海音さんたちには今でも頭が上がりません』とか……『たち』ってまるで二人いるみたいじゃん」
そうだよ、二人いたんだよ。
「おかーさーん、外山敬斗って昔は『外山海音』だったんだね」
どうやらネットで調べたらしい。
「そうだよ」
「アイドル時代からキャラ変したかったのかな」
違う、そうじゃない。STAR by keitの「ケイト」を自分の名前で残すことで、彼はアイドル時代の自分を残しておきたいのだ。おそらく、相方の存在も。
楽しそうに歌う二人を思い出して声が詰まった。
「お母さん、ちょっと泣きそうじゃん。え、そんなに?この人のこと好きだったんだ。賞取れて良かったね」
私は笑顔を作って顔の前で手を振り、洗面台に行った。
私が好きだったのは、いや、好きなのは「この人」じゃない。
「この人たち」二人の姿だ。




