第71話:脳ストック研究所
九鬼と璻の会話に藤宮は補足を入れるように会話に参加した。
「九鬼くんの言うとおり脳ストック研究所の場合、脳内器具を取り付ける選択肢を持たなかった人間です。理由は身体がある事によって精神的苦痛や身体の病気から逃れたいと考えている人に脳だけで生きる選択を与えた機関でもあります。この場合、ペテンティアと脳ストック研究所が共同で作ったサイバースペース空間で永遠に生きる事ができます。その人たちが亡くなる認識になるのは脳死した段階で寿命が尽きるということになっています。2050年の現在、世界で2万〜3万人ほどいるって噂ですが……"生きる事"自体に執着した人間の安易な選択ですよ。全く」
璻はなんの不自然さもなく石屋が生活の中に溶け込んでいることに驚きながら藤宮の話を聞いた。璻は藤宮に対して無知なことを反省しながら言葉を返した。
「そこまで私、深く知りませんでした。最新技術って聞いていましたけど、実際の内容はそんな事やってたんですね。食べたり寝たりしたくない人たちがこぞってゲームやりたいために脳ストック研究所に行くイメージでした」
藤宮は悲しそうな表情を浮かべると璻の会話に応えた。
「璻さんの考え方は間違っていませんよ。若い人が脳ストック研究所に行く理由は大半そうですが、そういう理由じゃない人もいます。中年層の方も脳ストック研究所に行く割合が多いです。理由はさまざまありますよ。食べ物が簡単に手に入らなくなった事や実際に人と関わりたくない人が増え面倒くさくなった事も要因の一つです。そういう方々は過去の昭和、平成、令和の時代に戻りたい気持ちが強いので、脳ストック研究所側で都合がいい世界を作り永遠に脳だけで遊んで生きていきますね。何かに躓いた時に引きこもって逃げるのではなく、自分の感情に向き合うべきなんですが、今の若い人やそういう中年層はこういうめんどくさい選択すら考えないでしょうから」
藤宮の話を聞いていた諏訪は何か思い出したように藤宮に問いかける。
「あーそういや、脳ストック研究所に確かウチの水流士派遣で行ってるよな。たまに聞く話だけど。なんでもホルマリンの水分子を変える作業が必要だからとか」
藤宮は諏訪の話を返した。
「今行っているのは関西地区の東雲さんですよね。確かもう少しで帰ってくるとか言ってましたけど?」
諏訪と藤宮の話を聞いた九鬼は心底嫌な顔をするとボソッと呟いた
「水流士って本当善悪関係なく仕事するよな……」
諏訪は九鬼の言葉を聞き逃さなかったのかすぐさま言葉を返した。
「朔、お前なぁ。毎回言ってんだろ?水に関することは水流士を通すのがルールだからな。善悪関係ねぇーんだよ。地球は水があって全ての生物が生きられるんだ。悪側の人間も水はいるし善側の人間も水はいる。俺らはその"どっちでもない"側に立ってんだ。だから水分子が見れて読解できんだ。感情を偏らせるなよ。ったく……」
九鬼は少し拗ねると軽はずみな発言をした事に反省したのか諏訪に返事を返した。
「はい……すんませんでした」
藤宮は九鬼をフォローするように全員に話始めた。
「どの人間にも優劣はなく、どの経験をしてどんな視点で物事を見ているかの違いですから、そこも学んでいけばいいと俺は思いますよ。ペテンティアも脳ストック研究所も人間のデータを取りつつ彼らの籠の中で暮らす事を選択した人間を簡単に長く生かす事に特化した機関ですからね……彼らは長く生きる事で生きるってなんだろう?と人間に考えさせる役割があるわけですし、そもそも我々、水流士は水を循環し自然な形にする事であって。彼らの人間を長期的に生かすという目的とだいぶ前提条件がかけ離れています。それに石屋を潰す側の善?側組織もありますが、その人たちはその人たちで石屋を潰す事しか考えていないのです。なのでやってる事は石屋とあまり変わらない。今の世界政府自体も寿命も自分で決めていい。身体の寿命で死ぬか?永遠に脳だけで生きるかそれも自由だとか言ってますし、与瀬村さんの生い立ちを考えるとそういう選択肢が出てくるのも不思議じゃないですよ」
璻は藤宮の話を聞きながら与瀬村あいなの選択も生い立ちと経歴を見たらしょうがない事かもしれないと感じていた。
2050年、亡くなる選択肢も今や簡単にできる。今までなかった選択肢だ。長く生きる事もできるようになった昨今、身体があるか?ないか?なんてもはや重要ではない。それだけ、こだわらない人が多くいる。だからこそ、生きる目的と生きる過程、経験を重要視した考え方が大事になってくる。ダラダラと長く生きても仕方ないと感じている人ほど、早く寿命を終わらせる人が多くいる。
……それほど、与瀬村あいなは精神的に追い詰められているのかもしれない……
璻がそう考えた瞬間、穂積が席から急に立ち上がる。
「あああのっ……この与瀬村さん本当は誰か依存される自分を自覚していているって事は引っかかる出来事があったからじゃないんででしょうか?」
九鬼は問い詰めるように穂積に応える。
「どんな時だよ。俺らじゃ想像できねぇな。例えはあるのか?例えは?」
穂積は少し考えながら言葉を話し続ける。
「私も……けけ経験あるんで。少し共感できるんです。八咫烏の一族だからと愚痴や悩み事を無償で聞いてくれると漬け込んだ人にずっと依存され悩みを四六時中聞いていたことがあって。段々と自分がわからなくなるんです。必要とされた事が嬉しくて無償で聞くんですけど、こっちはどっと疲れて……断ったら悪いかなとか考えると喉がキュッと詰まる感覚があって」
穂積の話に共感できなかった九鬼はもっともなアドバイスを穂積に言い放った。
「つか、最初から断ればよくね?話聞いてほしい奴になんでいい人で見られたいって前提で話聞くんだよ。それが不自然だろうが。その人、舐めてんだろうがお前のこと」
穂積は九鬼に言われた事に面食らったのか驚きながら応える。
「そそそ、それは……そうなんだけど」
それを見ていた諏訪は珍しく九鬼を褒めた。
「おおっ珍しく朔がいい事を言ったな。でもその言い方だとカウンセリングしたら30点だな…」
九鬼は諏訪の言い草が気に食わなかったのか言い返す。
「なんでだよっ!普通の話じゃねぇか」
九鬼と諏訪のやりとりが面白かったのか藤宮があははと急に笑うと九鬼を見て話始めた。
「九鬼くん、それは"自分が"の考え方ですよね。その人に寄り添って考えないのでカウンセリングだと赤点です」
そういうと藤宮は穂積の顔をじっと見ると話しかけた。
「では……穂積さんはそういう経験があるんですね。無償で優しくアドバイスした方に無碍にされた事があると。ですが、寄り添ってあげる事は重要ですがそれではカウンセリングになりません。どう相手に発言するのがベストだと思いますか?」
穂積は頭を抱えながら藤宮の質問に応えた
「べべべベストって……うううーん。そうですね。与瀬村さん専用のカウンセリングの本とかありますか…前例がないの苦手で」
それを聞いた九鬼と諏訪が何故か2人同時にツッコミを入れる
「あるわけねぇーだろっ!!!」
九鬼は笑いながら穂積の発言を蒸し返す。
「お前、カウンセリングは台本があると思ってんのか!コントじゃねぇんだぞっ」
諏訪も笑いながら穂積の発言を応える。
「どんなカウンセリングだ!聞いた事ねぇよ。本があったら誰でもできるじゃねぇか。穂積それはねぇわ」
穂積はバカにされているのかと思うとキュッと身体を小さくさせ穂積の耳が真っ赤になっていた。あまりに九鬼と諏訪がバカにしているので耐えられなくなった璻は机をバンっ!と叩くと睨みつけながらその場に立った。九鬼と諏訪の2人に向かって静かにキレる。
「はぁっ…いい大人が何してるんですか?トラウマを癒す水流士が身内のトラウマを増やしてどうするんです?初めて依頼こなすのにアドバイスする前から穂積さんの意見笑うって今の普通にパワハラですよね?」
璻が本気でキレているのがわかったのか、九鬼と諏訪はシュンと顔を下に向けると諏訪が一言謝った
「悪かった。別にそんな意図なかったんだわ」
穂積はあわわすると諏訪と九鬼に優しく言葉をかけた。
「わわ私気にしていないので……」
藤宮がはぁっとため息を出すと立っている璻を見ながら意地悪を言った。
「じゃあ〜俺、璻さんに質問しますが、璻さんなら与瀬村さんにどうカウンセリングをしますか?」
急な質問に璻は戸惑いながら藤宮の問いに応える。
「私ですか?私なら……依存された事がある過去の気持ちとその時の事実を聞きます。そこから出ている感情の原因が母親なのか?父親なのか?まず、感情と事実を本人が認知するところから初めますかね。この人はきっと事実と感情がごっちゃになっているので感情を整理整頓する事が先だと思います」
璻の回答を聞き藤宮はなぜか嬉しそうに頷くと穂積を見てニコッと笑いながら、璻を指差した。
「これが模範回答ですよ」
穂積は心配そうに藤宮を見つめると不安を口にした。
「あのっ…今の私じゃハードルが高いです……」
藤宮は自信を持って穂積に言い聞かせる。
「あははは。大丈夫、璻さんがなんとかしてくれますよ」
藤宮の根拠のない自信と仕事を丸投げしていることが気に食わなかったのか璻は藤宮に対して文句を言った。
「ふ〜じ〜み〜やさぁん?今私に全て丸投げしようとしましたね?いい加減にしてください。私が入社して何度目だと思ってるんですか?!あなたも一緒に考えるんですよ!!上司なんだから」
3人の会話に諏訪が話に割って入る
「おい。3人で勝手に話を終わらせるな。まだ、すり合わせ終わってねぇからな、上辺しかやってねぇだろうが。父親と母親の話、カウンセリング方針、まだ大事な事何も決めてねぇから」
諏訪の発言にその場にいた全員が確かに大事な事を話し合っていない事に気づいた。ここまでの時間は意味があったんだろうかと璻はふと後悔をしながら静かに席についた。
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・サイバースペースで過去に執着しながら永遠を生きる人たち
生きることに執着した人たちにとって脳ストック研究所は天国のようなところです。永遠に生きることが目的の彼らは突然亡くなるという概念はありません。なぜなら自分で亡くなることを決められるので突然死のようなことはないのです。この人たちは自分で全部決めたいが従軸なので流れに身を任せるのという不安定な選択肢がそもそもありません。
・脳ストック研究所に派遣で行く水流士
脳ストック研究所はある協定で水流士を派遣することが決められています。保存液のホルマリンは水からできており水分子を調整する必要があるからです。ちなみに関西地区の水流士、東雲と藤宮は面識があります。藤宮はよく水流士同士で飲みに行くのが好きなのでそこで東雲と出会っています。
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