第62話:感情的な言動の卒業
璻も紙を手元に置くとペンを持ちながら説明をする。
「まず自分が認識しているトラウマを書きます。私だったら……そうですね。母親の愚痴を聞かなきゃいけないと書きます」
璻がサラサラと紙に自分のトラウマを書いた。九鬼と山田は不思議そうに璻の手元を見つめると璻は紙を二人に見せながら説明をする。紙にはこう書かれてあった。
”トラウマ:母親の愚痴を聞かなきゃいけない”→
九鬼は紙を見ながら笑うと璻に質問をする。
「はははは〜お前のそれはトラウマに当たるのか?」
嘲笑う九鬼に対し璻は怒りを抑えつつ冷静に山田と九鬼に説明をする。
「今から説明しますからしっかり聞いてください。小さい頃の私は卑屈な人間でした。幸せそうな人間が嫌いだったし、満たされている人も気に食わなかった。でもそれって幼少期から母親の愚痴を聞き続ける事で卑屈になった事が最近わかったんです。母親の愚痴を聞き続ける事で親の悪口が自分自身への悪口かもしれないと受け取ったり、自分には生きている価値がないと感じやすかったり、母親の愚痴を聞いて育つと周りの人間に対して敵対視したりするんです。私は無意識に被害者ヅラを親から学ぶことができた。自己肯定感を下げる立派な英才教育の完成です」
真剣な璻の話に九鬼は隣で黙って話しを聞いていた。穏やかそうに見える璻自身も親から悩み苦しむ事があるのかと思うと九鬼は深く驚いた。
……コイツも無意識の内に親の考えを押し付けられて苦しんでいたんだな……
九鬼はなんとなく璻の気持ちを重く受け止めたのか璻の顔をじっと見つめると優しく言葉をかけた
「そっか……笑って悪かった。お前もなんだかんだ苦労してんだな。」
反省をした九鬼に対して璻はため息を吐くと次の手順の説明を始めた。
「はぁっ……いいですか。次の説明しますよ」
璻はペンを走らせ紙に次の言葉を書く
「トラウマを書いたら、次は自分はこう思っていましたと書きます。これで自分の気持ちを認知します。私の場合なら……私は母親の愚痴を聞く事で親から愛されようとしていました。母と依存関係を許していました。母親が誰かに自分の愚痴を言われるかもしれないと思うと自分の感情を言えないでいました。と書きます。はい!こんなふうに」
璻は二人に紙を見せる。紙にはこう書かれてあった。
”トラウマ:母親の愚痴を聞かなきゃいけない”→私は母親の愚痴を聞く事で親から愛されようとしていた。母と依存関係を許していた。母親が誰かに自分の愚痴を言われるかもしれないと思うと自分の感情を言えないでいました→”
九鬼が問いかける
「トラウマを紙で書く事言葉で把握し、考え方を書く事で改めて自分の考え方を認知させるのか?」
璻は頷きながら紙で書くことのメリットを説明をする
「はい。最初は非常にショック受けると思います。自分はこういう考え方してたんだって事に。トラウマを書かないでいると頭の中の記憶は数分も経てば消える事がほとんどです。具体的に書く事で感情を残す事が出来る。トラウマを認識するにはもってこいなやり方です」
九鬼は深く納得した様子で璻に声をかける。
「んで書いた次はどうするんだ?」
璻は九鬼の質問に答える
「では次にトラウマに対して具体的にこうして欲しかったと書きます!」
九鬼は璻に質問をする
「こうして欲しかったか?ってトラウマに対しての具体的な行動の事を言っているのか?」
璻は九鬼に対してまた補足をする。
「そうです。私の場合は……愚痴を言わないで私の話を聞いて欲しかった。私の感情を聞いて欲しかった。私を認め褒めて欲しかったですかね?この感情を認識すると本当はどうして欲しかったのか本人が認識出来るようになります」
山田は2人の話を聞きながら恐る恐る手を挙げて質問をした。
「あっ……あの……」
九鬼と璻は手を挙げた山田を見つめ璻は話に応える
「山田さん質問でしょうか?」
山田は少しずつ手を下ろし辿々しく話す。
「はっ……はい。具体的にどうして欲しかったって認識すると何が変わるんですか……?おっ…俺変わる事が怖くていきなり女性に優しくしろとか……できな……」
璻は山田の質問に対して答える
「具体的に認識すると山田さんが培ってきた女性に対しての被害者意識がなくなります。その人のトラウマの深さによって改善速度は変わりますが、徐々に変わる事が一般的です。それに女性に必要以上につらくあたる事が悪い事と感じている山田さんの考え方のほうが不自然に感じます。必要以上に女性に優しくしなくてもいいんじゃないんでしょうか?」
山田は戸惑いながら話を返す
「俺、言い方キツイって昔言われて……」
璻は山田の様子を見ながらゆっくりと応える。
「失礼ですが…それはどなたに言われたんでしょうか?」
山田は璻に顔を背けると俯きながら応える。
「むっ……昔の会社に勤めていた時の上司の女性でした。言ってる事とやっている事が違う女性で」
璻は俯いた山田を見ながらさらに核心を突くような発言をする。
「それ、山田さんのお母様に言われたような感じしませんでした?」
璻の発言で何かに気がついたように山田は顔をあげるとふと声が漏れる
「あっ……」
山田の頭の中で過去の映像が流れ始める。山田がフリーランスになる前、会社に勤めていた。最初は女性ばかりの職場に飛ばされ女性の上司は言行不一致な事が多く山田は常にストレスに感じていた。一言一言同僚の女性と喋ることで評価されているようなそんな窮屈な職場だった。ある時、女性上司に会議室へ呼び出された山田は説教を食らっていた。
「山田くん、その言い方なんとかならないの?一歩間違えば女性差別よ!一体社会人何年目なの?」
山田は頭を下げいつも通り平謝りを始める。
「すみません。つい業務の事になると熱くなってしまって…」
女性上司はため息を出して応える。
「はあっ〜ったく…今、私の部署から部署異動出すように言われてるけどそれ…山田くんにしようかな?」
山田は戸惑いながら藁にもすがる思いで女性上司に言葉をかける。
「えっ……先輩こないだ俺を昇進させるって話したじゃないですか!」
女性上司はフッと鼻で笑うと山田に対して偉そうに応える。
「あれ?本気で信じてたの?冗談でしょ。山田くんみたいな言い方のキツイ人。女性しかいない職場ではあなたも職場にいる同僚もツラくなるでしょ?部署異動願い出しとくわね。あとでデータにサインしといて」
山田はその瞬間悟ってしまった。山田自身が女性に優しくしなかったから別の部署に飛ばされたと深く思い込んでしまった。山田は頭の中にある過去の記憶から戻ると妙に納得した様子で顔に手を当てて急に笑い出す。
「あははははは〜そういう事か〜」
急に笑う山田を璻と九鬼は不思議そうに山田を見つめていた。
顔から手を離すと山田は璻をじっと見つめ璻の質問に応える。
「はい、龍後さんが言うように昔女性上司に言われた言葉や言動が母親そっくりでまるで母親の言葉のように聞こえていました。それが正しいと思っていたんです。違ったんですね……」
山田がトラウマに気づいた事に璻は勘付き山田にアドバイスする。
「認識出来てよかったです。これがトラウマの認識です。元々男性は感情を伝える事が苦手です。そうだって思い込んでいた自分に何回も気づき本当はどうして欲しかったのか?を山田さんは今自分の言葉で私に伝えられたり出来ますか?」
山田は少し考えた。いろんなネガティブの考えが山田の頭の中を巡る。
……男だから感情論を言って女々しいと思われないだろうか?期待を裏切られたりしないだろうか……
山田はその考えさえも自分の中の幻想かもしれないと思い勇気を出して自分の考えを璻に伝えた。
「どうして欲しかったか……?俺、感情言うの得意ではないんです…でも聞いてください。本当は俺仕事で女性上司に評価して欲しかった。業務成績は良かったのに上司の決定一つでやりたかった事ができなくなる事が嫌で認めて欲しかったんです」
山田の本心を聞けて璻は嬉しそうにすると山田に言葉を返す
「それが本心ですね。山田さん全然女性の私とお話出来るじゃないですか。それに私には言い方全然キツいと思わないですよ。それが自分が自分にかけたトラウマです。一つ認識しましたね」
山田は璻の言葉を聞き嬉しそうにした。山田は自分の弱いところは全て隠す物だと思っていた。誰かに伝えることで心が軽くなったような感覚がした。まるでずっと閉まっていた部屋に太陽の光が入り、窓を開けると新しい風が入ってくるようなそんな爽快感を山田は感じていた。
山田が変わるその様子を九鬼は璻の隣で見ていた。
……マジかよ。水分子を使わずにコイツ一瞬で人の記憶に干渉した……
九鬼の心の中で璻の事を羨ましく思う反面妬ましい感情が激しく揺れ動いていた。
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・母親の愚痴を聞きつづける
幼少期から母親の愚痴を聞き続けることによりそれが本人の中で普通となってしまいます。特に子供の頃は母親から母性性を学びます。心の安心感、情緒の安定、人との信頼感などを学ぶので幼い頃に母親の愚痴を聞き続けることにより情緒が常に安定せず、心の中が不安でいっぱいになります。それは大人になっても変わりません。母親の呪いともいうのでしょうか…璻も母親の愚痴を聞くことが多かったので無意識に卑屈に育ってしまったことに気づきました。
・女性に優しくしなくてはならない。
これは物理的に男性が女性を殴るという意味ではありません。山田陽翔は社会人1年目の際に女性が多い職場で働いていました。ただその女性の上司が山田陽翔の母親のような振る舞いが多く困惑していました。社会に出ても幼少期のトラウマが深く残っている場合、母親と似ているような人物と会うようになります。それは本人も気づいていないトラウマがあるよと脳の中でネガティブな錯覚を起こすようになるからだと言われています。山田陽翔はようやくこのトラウマに気づけるようになります。生まれた時から家族という宗教に属していることをあまり一般の人は深く認識していません。山田陽翔はこの気づきをきっかけに本格的に自分を見つめ直すようになります。
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