第52話:朝の瞑想
「コッケコッコーォォォォォォォォォ〜」
ニワトリの声が外から聞こえる。
璻が目を開けると見慣れない天井が見えた。
それを見て一瞬でここがどこか理解した。璻が起きたのがわかったのかニワトリがタイミングよく叫び出す。
「コッケコッコーォォォォォォォォォォォォ〜」
…ニワトリしつこい…
璻はゆっくり起き上がり、窓の外を見ると程よく晴れている。駐車場の近くにニワトリ小屋みたいな所が見えていた。あんなところにニワトリ小屋があることすら璻は気が付かなかった。
「ニワトリって朝からなんて自己主張が激しいのだろうか。」
部屋についている壁掛けの時計を見ると朝の6時半を回っていた。
璻は昨日の事を思い出していた。
結局、昨日は夕飯を食べた後に片付けをしその場を解散した。
ロビーに行くと何故か喜三郎さんが立って待っていた。
「あっ…璻さん、明日朝7時にロビー集合。動ける服でくることね。あとお風呂はロビーの先にあるんで22時までに入ってね。」
璻は頷くと返事をした。
「はい。わかりました。」
……そういえば喜三郎さんそんな事言ってたっけ……
璻はクローゼットを開け着る物を見ていた。基本的に2050年では男性も女性も体型が見えるぴちぴちの服が流行りだ。なので璻も首まであるタートルネックやノースリーブ、スキニージーンズなどしか着ない。あとはヨガウェアで一日過ごすなどが一般的に流行っている。
璻はゴソゴソとクローゼット中を探す。
持ってきた中で動ける服装といえばこれしかない。
「今日はヨガウェアでいいか……」
うす紫のタートルネックに短い白いTシャツと灰色のズボンのヨガウェアを取り出し部屋着からヨガウェアに着替え黒い白衣を羽織ると璻はボソッと呟く。
「結局…今日なにをやるんだろうか?」
部屋の鏡を確認し、寝癖がないのを確認する。
ここの部屋は洗面室は付いておらず、なぜかわざわざ部屋から出る必要がある。面倒だなと思ってもどうしても部屋から出ないと生活が成り立たない。璻は化粧ポーチを持ちドアノブに手をかけ部屋から出た。洗面台に向かうとまず顔を洗顔で洗い、日焼け止めを塗って化粧をする。
璻は鏡見ながらつくづく考える。
…女ってめんどくせぇ…
そんな事が頭をよぎりながら支度をする。化粧が終わると洗面室から出て部屋へ戻った。化粧ポーチを部屋に置くと壁掛けの時計に目を向ける。時間は6時50分あと10分で集合時間だった。
「あーあと10分か…そろそろ向かいますか」
そう呟きドアノブに手をかけて部屋から出る。
…こんな早い時間に何をやるんだろうか…
そんなことを思いつつ階段を下がるとロビーに向かった。するとなぜか10分前なのに喜三郎がソファに座っていた。喜三郎は璻に気がつくと声をかける。
「璻さん、おはようございます。」
璻は喜三郎に軽く頭を下げ挨拶をする。
「喜三郎さん、おはようございます。」
喜三郎の真向かいにあるソファに璻も座る。
「さて……今日は外で瞑想を朝先にやるから」
…聞き間違いじゃないよね?今瞑想って言った?…
璻は思わず喜三郎に聞き返す。
「えっ、瞑想ですか?」
喜三郎は頷きながら璻の疑問に答えた。
「そう。朝が一番冴えている時間だからさ。頭の中がうるさいと毎日の選択もミスしやすくなる。自分の思いが鮮明に聞こえる時間帯は朝しかないんだよ。それとここにいる間は朝の瞑想は必須さ。」
朝から大自然の中で瞑想なんて非常に贅沢な体験。SNSのオシャレインフルエンサーがやることをまさか自分がやるなんて思わなかった。そんな貴重な体験を今からやると思うと璻は少しワクワクしたが、実際瞑想を何回もやっているわけではない。璻は一瞬不安になり喜三郎に話しかける。
「喜三郎さん私瞑想なんてあんまりしてこなかったからできるか不安で…」
璻が不安気に話すと喜三郎は気楽に答える。
「瞑想は目を瞑って何も考えなきゃ瞑想になる。瞑想に厳格なルールはないから大丈夫だ。時間に追われて過ごしている社会人には苦痛かもしれんがな。」
喜三郎の最後の言葉は嫌味に聞こえてくるのは気のせいだろうか?そう璻は考えてしまった。
…喜三郎さんの言っていることは間違っていない…
資本主義社会だった人間社会には瞑想はつらいものに見えるだろう。毎日会議を入れられ、急に言われたことにも対応しないといけなかった時代を考えれば、何も考えない時間なんて無意味で非効率でお金にもならないんだろうと思う人が大半だ。そんな時間が無意味じゃないと言えるのは物質社会が崩壊してから数年経ったあとくらいだと聞かされている。
璻はふと疑問に思ったことを聞いた。
「あのっ…喜三郎さん我々2人だけですか?他の人は?」
喜三郎は淡々と璻の質問に答える。
「瞑想は別行動なんだよ。朝ごはん終わったらまたグループ行動だな」
璻は続けて質問をする。
「瞑想って何分ぐらいかかりますか?」
「朝飯もあるから25分くらいだな。けど、璻さんができなきゃ15分で終了」
…25分????何も考えずに瞑想…
「なっ…長いですね」
喜三郎はニヤッと笑って答えた。
「まぁ朝って忙しいイメージがあるけど、働かなきゃ、学校行かなきゃという考えがあると瞑想はできない。何も考えない時間が必要なんだ。ほら、早く行くよ。」
そういうと喜三郎はソファから立ち上がり後ろに置いてあるヨガマット2人分を取り出した。それを持って玄関まで歩き出した。喜三郎は少し嬉しそうに歩いていた。璻も喜三郎の後をついていくように歩く。靴を履き替えて外に出ると駐車場からすこし歩いた林に向かい中に入った。まだ桜が咲いていて少し肌寒く感じる。少し歩くと公園に入り芝生が見えた。
「よし、ここにするか…はい。璻さんヨガマット」
喜三郎は璻にヨガマットを渡す
「あっ、ありがとうございます。」
璻は受け取り地面にヨガマットを引く。璻は冷静にこの状況を考える。
…まさか自分がおじさまと業務で瞑想をやるなんて思いもしなかった…
喜三郎は璻に話しかける
「瞑想する前にこの一日過ごして何か質問はある?」
璻は必死になって質問を頭の中で巡らせる。
…質問か、質問……
璻はふと九鬼の事が頭に浮かんだので喜三郎に質問をすることにする
「九鬼さんってどういう人ですか?」
喜三郎はまさか九鬼の質問がくるなんて思わなかったので少し困惑しながら答える。
「朔?朔かぁ…どういう人って難しいな。朔は…優しいけど、女性に対してはあたりキツイかな。」
…ううううううんんん…それ、わかってる!その他のことを教えて欲しいっ!…
璻はがっかりしながら喜三郎に言葉を返す
「そっそうですよね…喜三郎さんならそれ以外何か知ってるかなって思って…」
喜三郎は意地悪そうに璻に応える。
「それを教えちゃ〜この研修の意味ないからなぁ。」
璻は顔を引きつりながら愛想笑いをして交渉をし始める。
「あはははははは〜そうですよね。でもせめてトラウマのヒントくらいは、教えてもらえませんか?」
喜三郎が少し考えて璻の質問に応える。
「ヒントねぇ……璻さんは両親は子供によって優劣はないって思っていない?」
璻は頷きながら喜三郎の会話に応えた。
「はい。ないって思ってます。」
喜三郎は璻に向かって指差す
「そこ、だよ。そこ!」
璻はなんのことかわからず困惑しながら応える。
「えっ……」
喜三郎は璻に諭すように応えた。
「幼少期のトラウマは様々。父や母は兄弟や姉妹から嫌な思い出があった場合、子供ができた時に親は無意識に昔を再現し子供に投影するんだ。これ気づかない人多いけど」
璻はそれを聞いてなんとなく理解した。
「投影って…まさか小さい頃の母親に弟とかがいた場合、弟ばっかりえこひいきして育てたおばあちゃんのことがトラウマになったりするという事ですか?」
喜三郎は頷きながら璻の質問に応える
「その考えもあるね。ケースバイケースだけど。そういう母親も世の中にまだまだ存在する。本人が気づかす18歳まで育ってその人が社会に出た時どうなると思う?」
喜三郎はわかりやすく璻に話す。璻はその立場に自分を置いて考えた時2つのトラウマがあることが認識できた。一つ目は母親のような年上のえこひいきする女性は許さない。二つ目はえこひいきされ、いい思いをしてきた年下の弟のような存在は許さない。
璻はそう考え、喜三郎の質問に応える。
「年下の男性や年上の女性に敵意を向けたくなる…」
喜三郎は拍手をして璻を誉めた。
「おおおっ!大当たり。まぁ、それと似たような経験を朔はしていることは言えるね。朔の母は男性が少し苦手でね。自分の子供でもえこひいきしてきたんだよ。多分昔、兄か弟か父に嫌な事をされ続けた結果だろうけどね。あっ…喋りすぎてしまったかな?」
喜三郎はニコッと璻に応えた。
璻は喜三郎の言葉はヒントではなく答えに近い話の内容だった。
喜三郎の優しさに気がつくと思わず頭を下げてお礼を言う。
「いえ!とんでもない。ヒントありがとうございます。」
「幼い頃に家族が増えると妹や弟や兄姉のトラウマが深く記憶に残るんだよ。自分が認識しないと記憶は変わらない。まずは朔が認識できるといいけどな」
喜三郎は全てを知っているかのように話していた。
璻も頷きながら喜三郎の話を返す
「親も自分のトラウマに気づかないとえこひいきしているって自覚がないんですね。そのまま子育てすると子供の才能を潰していることにすら気づかないのも…なんだかなって思っちゃいますね。」
喜三郎は頷きながら璻の意見に応える
「そうだね。せめて子供が親のトラウマに気づけたらね。だいぶ変わるよ。まぁ……そんな所か、さて瞑想やるから坐禅して。」
璻は「はい。」と返事をしヨガマットに座り始めた。
喜三郎は瞑想の説明を璻にする。
「まずゆっくり呼吸をするんだ、森林の匂いを感じながら今自分がここに生きている事に集中する。」
璻は息を吸って吐いてを繰り返すと頭の中で声が聞こえ始める。
『あーお腹すいた。あーじっとしているのソワソワする』
…頭の中がうるさい……
そんなことを考えていると喜三郎からアドバイスをもらう。
「別の事を考え始めてきたら何回も息を吐く事に集中する。そうすると頭の声はおとなしくなる。現代の人間は頭の声がうるさすぎて瞑想できない人間が多いな。原因は映像やメディアで見たものを記憶し頭の中で再生していることや過度なストレスで仕事や学校のことを思い出す事が大半だよ。瞑想をせず毎日繰り返していたら脳はストレスで疲弊しエゴの声だけ聞く事になる。本当の自分の声を聴くには1人になって考える時間が必要だ。俺はあと5分したらいなくなるから璻さんは少し考えるのがいいだろうね」
璻は目を開けて喜三郎に問いかける。
「いなくなるんですか?」
喜三郎は笑いながら応えた。
「何を心配してるのかわからんが…大丈夫だ。でもほんの10分くらいまた戻ってくる。1人で瞑想を続けるトレーニングが璻さんには必要だ。」
璻は少しホッとすると目を瞑り喜三郎に応えた。
「わかりました。」
璻はまたゆっくり深呼吸しながら瞑想を続けた。
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・両親のトラウマ
両親はただの人間なので普通に自分の子供に対してなんらかのえこひいきします。
例えば:母親のあたりが厳しかった。
この相談者が息子さんなら→母親が幼い頃に父、兄、弟に嫌なことをされていた。
この相談者が娘さんなら→母親が幼い頃に母、姉、妹に嫌なことをされていた。
幼い頃にえこひいきされた人間は深くトラウマが残り社会に出た時に不要に媚びるようになったり、無意味な争いを引き起こしたりします。最初からこういうことが理解できるとトラウマが少なくなり、やりたいことに全力になれたりします。これを知らない人が多い世の中ですが資本主義でできたビシネスの多くはトラウマが利用されていたりしますね。そこに気が付けるとまた視点が大きく変わります。
ちなみに九鬼もエコひいきされた生き方だというのは本人もまだ気づいていません。
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